第5話

 ここに辿り着くまでも鳥や小動物は見かけた。羽虫が寄ってきては体に張り付いてもいた。

 しかし、目的地には明らかに二足歩行で生活している何者かの姿が見えているのだが、シルエットに違和感しかなかった。

 しばらく立ち止まって観察していると、少しずつわかってくる。

 

 まず、対象の住人(?)の背が低い。

 距離感がつかめなかったのも体型に合わせて建物が小さかったのも理由のひとつであったらしい。

 そして、どう見ても尻尾が生えている。

 頭の輪郭が人のそれではなく、犬や猫のそれとイメージが重なる。


「人間じゃないな。人間じゃなかったかぁー」


 彼の脳裏に浮かんだのはコボルトという単語。

 本来はゴブリンに近い妖精や精霊の類なのだが、日本おいては犬の獣人を指すことがほとんどであり、今回もそれが該当する。

 しかし、そうなると益々混乱してしまう。


「ここは……どこなんだ?」


 視線を右に向ければ雄大な桜島がどっしりと鎮座している。

 もしや、桜島と思い込んでいるだけで全く別の山なのであろうか? と、彼も疑念を抱かざるを得ない。

 そうなると距離感や景観、その他もろもろと合致し過ぎることの説明を求めたくなる。問い質す責任者は何処か。

 当然、そんな相手など近くに転がっているはずもなく、その場で思案に暮れることになる。

 このまま進むか、引き返すか。

 進んだとして受け入れてもらえる想像が彼にはできない。

 下手したら、切り刻まれて夕飯の食材にされてしまいかねない。

 かといって引き返したところで行くアテなどない。

 そうでなくともあちこちの骨が折れているのだ。こんな奇妙な体で何ができるというのか。

 行くも地獄、戻るも地獄。

 そんなことを考えながらもコボルトの集落らしき場所を眺めていたのだが、こちらから見えるということは向こうからも見えているということを失念していた。


「あ、え? ヤベ、見つかった!? ちょちょちょちょちょちょ……」


 クンカクンカと風に乗る匂いから異物を感じ取ったのか、コボルトのひとりがコチラに視線を向けてきたのと同時に騒ぎ出したのだ。

 そうかと思えばコチラが逃げ出すよりも早くワラワラとコボルト達が集まりだし、獲物を捕まえる(かどうかは定かではない)目つきで走り出した。

 食材にされちまうぅ~‼ とビビり倒し、走って逃げだそうにも歩くことすらままならないのだ。

 えっちらほっちら不格好な姿で逃げ出すも、追いつかれるのは時間の問題であることは考えるまでもない。

 後方からはコボルト達が駆り立てる怒号のような声が迫ってくる。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ! 何言ってるかわかんねえよ! 怖えよ! 許してぇええええ!」


 脱兎のごとく走り去りたいところだがアチコチに力が入らずに転倒しないように移動するだけでも至難の技であった。

 しかも、迫ってくるコボルトは身長こそ小学生と大差ないものだが肉食獣を思わせる見た目を裏切らぬしなやかな動きで大地を駆けるのだ。

 

 終わったわ……。


 何が何だかわからぬままゲームオーバーを迎えると悟った刹那のことだった。

 ドーンという爆発音が聞こえたかと思ったら、少し遅れて空振に襲われる。

 チラリと音のする方に目を向けてみたら、桜島から噴煙が立ち昇るのが見えた。

 変な話だが、これを見て「何だ。やっぱり桜島じゃん」と、安心してしまった。


 ……が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る