第4話
「橋……、どこだよ?」
障害物の少ない海岸沿いを進んでいたのだが、百メートルと進まない内に川に行く手を阻まれたのだ。
自分が映画を観ていた位置から北上してすぐにあるのは甲突川だったと記憶する。
鹿児島市の中心地を流れる比較的大きな河川で、水害が発生した時には大きな被害をもたらす。
当然、そんな河川であるので橋がいくつも設置されており、河口付近にも立派な橋がかかっているはずだった。というか、埋め立て地と埋め立て地をつなぐように海岸線に沿って掛かっていたはずだ。
しかし、記憶にあるよりも川幅が広く、河口付近に大きな三角州ができているものの見える範囲で橋は見当たらなかった。
他に建造物がそもそも見当たらないのだから、ないことを予想していない方がおかしいのだが、そんな余裕があるはずもなかった。
「渡れるか?」
他に行く当てもないのだ。
自分の体が万全であったなら川を遡るという判断もできたかもしれないが、どこまで遡れば良いのか判然としない。
幸い潮の引いている時間帯らしく、水深は浅い。
梅雨の長雨で水量は増えていたはずだが、そんな気配もなく流れも緩やかだ。
「いや、待てよ? この体だったら水の中の方が移動しやすい……ってことは、さすがにないか」
プールの中のように波がなければいけたかもしれないが、穏やかとはいえ波の影響は無視できない。
「うー……。そんなに冷たさは気にならないか?」
夏とは思えない冷たい風だったのだが、水温は耐えられないほどではなかった。それとも、自分の感覚の方がおかしくなっているのだろかと自問自答するも答えは彼の中からは見つかりそうもない。
周囲に人がいる気配はないが、下半身を丸出しにするのは憚られたので靴を脱ぎ、膝下まで袖をたくし上げるに留めたが、何とかなりそうだ。
何度か倒れ込みそうになり、数十分経っても中洲にまでしか到達できておらずに途中で後悔したりしながらも何とか渡り切る。
やはり、精神的に疲れたものの肉体的な疲労感はない。
知らぬ間にバーチャル世界に潜り込んでいるのだとしたら、むしろ納得してしまいそうだ。
「これ、日が暮れるまでに辿り着けるか?」
川を渡り切ったとはいえ、出発地点から直線距離で1㎞進んだかどうかといったところである。
ここから先も道らしき道はない。
海岸沿いは起伏はないが砂浜と化している。
自分の歩みの遅さを考慮すると、日が暮れるまでに目的地に辿り着けるか怪しいと言わざるを得ない。
しかし、今更ながら時間が記憶と一致しないことに気づく。
何しろ、ウィンデーを注入するための受付を済ませたの11時で、諸々の手続きを終わらせ実際に注入したのが14時前だったはずだ。
その経過観察で病院の近くに5時間は待機しているように指示されていたこともあって近くの映画館で時間を潰していたのだ。
時間の合う映画がB級パニック映画しかなかったのだが、上映時間は100分ほどだった。ただ、それでも館内で2時間ちょっとは過ごしていたことになる。
そこから少なくとも1時間以上は経っていると思われる。つまりは17時から18時の間といった感覚だったのだ。
いかに夏至を過ぎたばかりとは言え西日になっている頃合いであるはずなのだが、太陽はほぼ真上から照らしている。
このズレが何なのかもサッパリわからない。
ズルズル、ゆらゆら、ふらふら。
スマホもトラックに跳ね飛ばされた時に停止してしまっているらしく役に立たない。他にポケットに入っている物は映画のチケットとバイクのカギ、あとはハンカチくらいのものだった。
映画を観るのに荷物は邪魔だろうからとカバンはバイクに置いてきたのがまずかったが、あったところで役に立ちそうな物が入っていたかというと微妙なところであるのだが……。
とにかく歩く。進む。考える。
何度かバランスを崩して転びながらも歩き続ける。
そうやって目的地をはっきりと捉えることができる位置まで辿り着く。
「誰か……何かいる?」
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