第3話
「桜島じゃんね?」
ホッとした。
薄っすらと異世界にでも放り出されてしまったのではないかと不安に思っていたのだが、親の顔よりも見慣れた景色を目にして鹿児島から遠く離れた世界どころか鹿児島の中心地からも離れていないことが明確になったのだ。
ほんの数キロ先に浮かぶ活火山。多い時で年間1000回以上も噴火する鹿児島のシンボル。
違和感があるとしたら、知っている桜島よりも緑が多いくらいだが、そのシルエットを見間違えるはずもない。
しかし、それ以外の景観がおかしい。
「人工物が見当たらんのだが?」
錦江湾を囲むように建造物が立ち並んでいるはずなのだが、まっさらだ。
この位置からなら桜島の中腹に見えるはずの湯之平展望所の影もない。
薩摩半島と大隅半島を往来するフェリーも見当たらない。それどころか港も見当たらないのだからこれ如何に?
呆然となりながら観察を続ける。
太陽に照らされた波がたゆたい、冷たい海風が吹きつけてくる。他に動くのは海鳥くらいのものだろうか。
「ん? んんん?」
混乱する頭であったが、海岸沿いに人工物らしき建物を見つけたのだ。
ただ、あまりに質素で現代的な雰囲気ではない。無人島に流れ着いた素人がその場しのぎで建てたような雰囲気すらあった。
「磯庭園の辺りか? もっと近いかな?」
磯庭園は別名で、正式には仙厳園。薩摩藩主島津氏の別邸で園内にある反射炉が2015年には明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業の一部として世界文化遺産となっている。
つまりは、世界的に保護されるべき場所のひとつということだ。
「歩いていけないこともない距離だけど……」
直線距離だと5㎞くらいのものだろうが、道らしき道が見当たらない。その上、彼の体も腐敗していないだけでゾンビと大差ない状態だ。杖を頼りにしてもまともに歩ける自信なんぞあるはずもない。
それでも、他にアテがあるわけでもないのだから行くという選択肢しかなさそうではある。
ズルズル、ゆらゆら、ふらふら。
足を引きずり、体を不自然に揺らし杖を頼りに何とかバランスをとりながら北上していく。
歩みは、当然遅い。
それでも体が痛みを感じないのと同じく、不思議と疲労感がない。
益々、自分の体が怖くなっていくのだが、考えることが多すぎて意識が一か所に留まる暇がなかったのが幸いした。
ズルズル、ゆらゆら、ふらふら。
目的地までは遠い。
しかも、さほど進まないうちに新たな問題が発生した。
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