第2話
トラックにはねられ朦朧とする意識の中で「絶対にアレが原因だよな」と恨みがましく呻いてしまう。しかし、テストプレーヤーに応募する時に免責条項の中で一切の責任を負わないことを謳い、彼も同意してしまっている。
それに、アレが原因だったのなら、当選倍率3万倍が大嘘だったことになってしまう。少なくとも、地元の鹿児島会場で見かけた当選プレイヤーは10人にも満たなかったのだ。
対して、荒廃した世界のように徘徊していたゾンビの数は彼を含めて無数にいたはずだ。
「にしても、生きてるのか?」
意識が飛んだ気もするが、トラックに豪快に跳ね飛ばされた記憶は残っている。
不思議なことに痛みに襲われる感覚がないのだ。
痛みを感じないのはありがたいような気もするが、それはそれで気持ち悪い。痛覚が消失している可能性があるからだ。半身あるいは全身不随。そんな恐怖に襲われるも、事態はもっと難解な状況だった。
「体は……動く……」
横たわっている体を起こそうとするが、それは叶わない。
突っ伏していた体を仰向けに転がす程度だ。
それでも、体は動いた。
そして、自分の手を顔の前に持っていく。
「折れてるじゃねえか」
左手を持ち上げてみたのだが、目に入ったのは腕の半ばから自分の顔に向かって垂れ下がる自分の指先であった。
しかし、やはり痛みは感じない。
だというのに肌寒い。
「いや、寒すぎじゃね? っていうか、どこだ? ここ」
今日は6月30日の日曜日だったはずだ。
ウィンデーの試験運用開始日として年甲斐もなくカレンダーに印をつけて指折り数えて待ち望んだのだから間違えるはずもない。
梅雨真っ盛りで会場となっていた総合病院には熱中症と思われる患者が救急車で運び込まれるのも目撃した。
だというのに寒さを感じる。
それだけではない。
鹿児島市はイメージ的にも実際の感覚としても田舎だとはいえ、中核市のひとつだ。会場となった総合病院は海沿いの埋め立てエリアにあったが、周囲に商業施設が複数存在するような場所である。
住まいはバイクで1時間ほど南下したド田舎であったので頻繁に出向くことはなかったのだが、両親の通う病院も近くにあったので何度となく近くを通ってきた。
少なくとも、空をほとんど隠すように広葉樹の枝葉が埋め尽くすような所は限られていたはずで、映画館の周囲には近く公園を囲うように植えられた松の木が育っていた程度のものだったはずだ。
自分の知っている世界ではないのでは、という疑念も浮かぶが、情報が圧倒的に不足している。或いは知らぬ間にウインデーが起動して現実と区別がつかないゲームの世界に入り込んでしまっているのではあるまいか。
周囲を気にかけながら恥を忍んで定番のセリフを口にしてみることにした。
「す……ステータスオープン」
何も起こらない。
「メニューオープン。コンソールオープン。くそっ、何も起こらん。恥ずかしい思いしただけじゃねーか」
近くに尋ねられる誰かがいれば良いのだが、生物の気配すら感じられない。
いや、虫の喧騒と風のゆらめきだけは聞こえてくる。
「う……よ、と」
トラックに跳ね飛ばされたことで全身の骨もアチコチ折れてしまっているようだ。左腕で体を支えることもできずに体を左右にもぞもぞさせて、何とか立ち上がる。
「足もどこか折れてるなコリャ。それでも、何とか歩けそうだ」
近くに落ちていた丈夫そうな枝を拾い杖にすることで、片足を引きずり倒れないようにバランスをとりながらフラフラと移動する。
獣道すらない。
目的地があるわけではなかった。
ただ、かすかに耳に届く波の音に引き寄せられたというのが正直なところだ。
何分歩いただろうか。
200メートルと移動していないはずなのだが、ひどく時間がかかってしまった。
それでも、森を抜けて海岸沿いにたどり着いた先で目に入った景色に愕然となってしまう。
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