第1章 ここは夢か仮想か現実か
第1話
彼の父と母は他界していた。
ふたりとも大病を患いはしたが、大往生の部類と言えるだろう。介護は大変ではあったが、迷惑をかけっ放しで齧りつくして骨しか残っていないような両親の脛の分くらいは孝行ができたのではなかろうか。
肩の荷が下りたという感覚もあった。
しかし、甘く見積もっても己の人生はすでに折り返しに差し掛かっているとはいえ、これといってやり残したこともない。
嫁も子供もいない。
親族はいるにはいるが、特に興味を持っていない。
興味がないと言ってしまうと語弊があるが、両親が間に挟まらない限り交流もなく過ごしてきたのだ。この先の人生でかかわりを持つことがあったとしても互いの葬式の時くらいのものであろうというくらいには希薄な関係だ。
ひとりの人間として彼の生活にあったのは職業にはならなかったが趣味として続けてきた小説の執筆。ネットで公開することで辛うじてささやかな自尊心を失わずに済む程度の読者しかいないので、収入を得るためには真面目に働きに出なければならなかった。
それでも、推し活をささやかに楽しめる程度の余裕はある。
折角自分のためだけに時間を使えるようになったというのに、小説家として芽が出る気配もないことから細々と長年続けている推し活以外にこれといった楽しみもなくなってきていた。
枯れた、枯れ始めた人生。
そんな感じでどーしたもんかなぁと思っている時だった。
革新的なゲーム機が登場するというニュースが世界を駆け巡ったのだ。
何が革新的だよ。騙されんぞ。
そう思いながらネットニュースの見出しをタップして中身を確認してみたら、本当に革新的なシステムだった。
いや、革新的過ぎて完全には理解することができなかったものである。
何しろ、ナノマシンよりも極小のAI搭載マシンを体内に取り入れることで睡眠中の夢の世界を活用して遊ぶことができるというものだからだ。もちろん、マシン単体で仕事ができるわけではないので、それなりの量を体内に取り入れないといけないらしい。
要は、人間の脳もハードの一部として活用するというものでネットに接続することで他人の夢ともリンクさせることが可能であるらしく、VRなんぞ駄菓子屋の玩具レベルに感じるほどの没入感を得ることができるのだとか。
胡散臭い話だと思いながらも、開発元は日本の誇る玩具メーカーの老舗にして最大手の信頼と実績が踊り狂う。
結果、テストプレーに応募していた。
そして、当選した。
後日。鹿児島市の市街地に立つ病院に集まるように指定された。
そこで関係者から最終的な説明を受けた上で諸々の手続きを済ませ、献血できるかの可否を調べるために行う採血と同じように米粒サイズの血液を指先から採取された上で問題なしと認定されると体内に新型ゲーム機である仮称W-in-D、通称ウィンデーを注入された。
後はこれが体に馴染み、スマホを通じて運営から送られてくる信号を受け取ることでフルダイブの感覚でいくつかのゲームを体験できるはずであった。
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