こうしてアルバートは、無事、ナツメ事務所への帰還を果たした。

 

 その際、心配して鍵穴を覗き込んでいたユースケの顔に、実体化したアルバートがちょうど頭突きを食らわせる形になったなどというお約束の事件があったが、あまりにくだらないので描写は省く。


 ――時刻は既に午後10時を回っていた。

 再会の喜びが満ちた部屋の中に、誰かの腹の虫が鳴り響く。

 

 アルバートが恥ずかしそうに

「こりゃ失礼、一息ついたら急に腹が空いてきたのう」

 と言うと、ユースケは気を利かせ

「もうこんな時間ですからね。何か軽いものでも作りましょうか?」

 と提案したが、さすが未来の億万長者は太っ腹であった。

「……いや、新東京ホテルに24時間営業のレストランがあったじゃろう。

儂の奢りじゃ、そこにしよう」


 ナツメとユースケは顔を見合わせる。  

 新東京ホテルは、この国で一番の格式を誇る宿泊施設であったからだ。

 そんなホテルのレストランであるから、もちろんお値段は天井知らずである。

 現在地から歩いて30分程度のところにあるが、清貧を旨とするナツメ事務所の二人はその入口をくぐったこともなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 一行がレストランに到着すると、遅い時刻であったためか、特に待たされることもなく席に案内された。


 ちなみに、新大陸連邦政府(通称「龍国」)は、歴史の若い国であり、その住民の多くが世界各地からの移民である。さらに、旧大陸であれば世俗を避ける傾向にある魔道士たちも、ここでは俗塵に紛れて暮らしていることが多い。 

 そうした事情から、このレストランには服装規定ドレスコードが存在しない。

 だから、魔道士の道衣を着ていようが、両肩に鳥が留まっていようが、入場を妨げられることはないことを申し添える。


 それはさておき――


 フルコースの提供時間はすでに終了していたが、四人にとってはその方が都合が

良かった。

 各自、食べたいものだけを注文できるからだ。


 アガクは、食前酒にだけ付き合うと、ナツメと次回のメンテンナンスの日程調整を済ませ、一足先に店を出た。

 きっと、自分がいてはアルバートが恐縮するだろうという気遣いだったのだろう。


 料理が出てから15分もしないうちに、腹ぺこ三人衆はその大半を胃袋の中に

放り込み終えていた。


 一流の料理人が作った絶品料理に、空腹と言う最高のスパイスが効いていたから、テンションが上がってしまうのは当然の成り行きであったと言えよう。




「それじゃ改めて、箱から無事に仮出所を果たしたとっつぁんに乾杯!」


 ナツメの大声(正確には魔道具【ムゥ】の大声だが)に、周りのハイソな客たちがチラッチラッとこちらの様子を窺う。


 アルバートは、いたたまれずに小さな声で、

「ちょっと、やめてくれんか。こんなところで誤解を招かれるような言い方は……」

「あらま、これは失礼、おほほ――それにしてもさ、キタブ=アッカ大先生が箱の中で生きていたって本当なの?さっきの話によれば、200年前の人なんでしょ」

「魔道を極めれば、常人より遙かに長い寿命を得ることも不可能ではないからの」

 アルバートは、厳かに頷いてそう言った。

 

 すると、ユースケがその言葉を拾って、

「アガクなんて、記録が正しければ2000年は生きている計算になるもんね。

 さっきだって、『自分は年長者だから』って言って、ここのお代、ぜ~んぶ払って帰って行ったよ。

 傍から見たら、ウチら未成年にタカって飲み食いする人間の屑だね、げへへ……」


「そうではあるがの、そこで『いやいや、ここは儂が』とは立場的に言えんじゃろ」

 見た目が最年長のアルバートはに抗議するが、

「財宝を掘り当てた億万長者様が謙遜しなさんな!よっ、おだいじん!」

 ユースケは、わざわざ手でメガホンを作って囃し立てる。


 この男、下戸のクセに絡み酒という、絶対に上司にしたくないタイプであった。


 前にもまして周囲の視線を感じたアルバートは、必死にユースケをなだめる。

「ちょ、ユースケ!声が大きい、抑えて抑えて!」

 だが、ユースケの暴走はとどまるところを知らない。

「まあね、それはそれでいいんですよ!その分、われらがナツメ事務所にも見入りがありますしね!でもね……僕は悔しいんです!悔しいんですよぉ……」

「何じゃ、何が悔しいのかなユースケ氏?ほらほら、お水を飲もうな――」

 ユースケは、差し出された水をなぜか鼻から飲み干すと、

「あのねっ!図書館を内蔵している箱とか、それ自体が至宝じゃないですか!

 僕だったらもうそこで朝から晩まで読書三昧ですよッ!

 おまけに仮想空間シミュレーターまで併設されているとか、

 それ、 何て言うジャスライパ~ラダ~イス♪ですかっっっ!?

 ……なのに、なのにっ!僕は決してその箱の中に入ることはできないっ!

 僕、生きていて今日ほど悔しい日は無いよ!おおおん――」

 そう咆哮して、しまいにはさめざめ泣き出したのであった。




 その様子を見たナツメは、席を立つと音もなくユースケの後ろに回りこんだ。

 そして、両手をと彼の肩に置く。

 その途端、ユースケの瞳がぐるりと白転し、そのままピクリとも動かなくなった。


「ユウちゃん、酔いつぶれちゃったみたい。そろそろお開きにしようか」


 あまりに躊躇ない手練に若干 きつつも、

「お、おう、あまり無茶はするなよ……」

 とアルバートが声をかければ、ナツメはふと真面目な顔で、

「それと、提案なんだけど」

 と切り出すのであった。


「なんじゃ?」

「なんとかの試練に挑戦している間は、ウチの事務所を拠点にしない?

 客間が開いているから、そこで寝泊まりするといいよ」

「それはありがたい申し出じゃが、よいのか?」

「問題なーし。開店休業状態で、見られて困るようなものも置いてないからさ。

この分だと、ウチへの報酬も結構な額になりそうだから、家賃だの光熱水費は

サービスしてあげよう」

「おお、せいぜい期待していてくれ」


「――あと、できれば一日に一回は戻ってきて、生存報告をしてほしい」


「……ふむ?」

「今回の提案もね、実はそれが本意なんだ。アルバートのとっつぁんは一人暮らし

だったでしょ。それだと、万が一箱の中で何かあったとき、気付くのが遅れて

取り返しがつかないことになるんじゃないかなあって」


「……かたじけない」

 アルバートは、心の奥底からそう告げた。


「ユウちゃんはね、身内が傷つくのに弱いんだ。

 そういうことになったら、きっと酷く自分を責めると思う」

 ナツメは、正体を失って新巻鮭のように横たわるユースケに目をやって、

「ユウちゃんもそのことは自覚しているみたいで、あえて親しい人を作らないようにしているフシがあるんだよね。――そんなユウちゃんが、酔っぱらって絡むくらい

には懐かれているんだから、つまらないところで怪我なんかはしないでくれると

ありがたい」


 アルバートは、懐から取り出した巻煙草に火をつける。

「……責任重大じゃのう」

「ごめん、あたしも飲みすぎたかもしれない、いま言ったことは忘れて。

ただ、これから大金が手に入るってことで気分が浮ついているだろうから、

そういうときこそ足元に気を付けてね、それだけ」

「ふふ、簡単なことではないが、肝に銘じておくよ」


 ナツメは、「よいしょ」とユースケを担ぎ上げると、

「私たちはもう帰るけど、アルバートのとっつぁんはどうする?」

「この一服が済んだら儂も帰る――あ、そうじゃ、明日は朝一で『グアン兄弟社』に

出て、休暇を取る手続きをしてくるから、また昼過ぎくらいにそちらに顔を出すと

思う」


「わかった。それじゃおやすみ」

「おやすみナツメ。ユースケにもよろしく」

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