キタブ=アッカは、紅茶を一口啜ると、アガクを見据えて言った。

「なるほど、今回の件にはアガク大師が一枚噛んでおいででしたか。

 それならば我が眩術が看破されたのにも納得がゆく」


「偶然に偶然が重なったのだ、キタブ=アッカ。

 それが無ければ、私とてこの場に至る手段を見出すことはできなかっただろう。

 ――それに、『本鍵』は未だ破られていないのだろう」


「いかにも、『本鍵』を解いたものだけが、宝を得ることができるのです」


「宝とは何を指している」


「開けてみるまで中身はわからない、それが『箱』でございます」


「私が『本鍵』を開ければ、宝は私のものになるということだな」


「左様でございます。左様ではございますが……」


 アルバートは、キタブ=アッカがわずかながら狼狽したように感じた。


「その、なんと申し上げますか、そういたしますと、箱を開けた時の喜びが失われてしまうと私は思うのです」


「なぜだ」


 キタブ=アッカは沈思の後、意を決したように口を開いた。

「……これは『箱』としての領分を超えたことなので、あまりお伝えしたくは

なかったのですが、この箱には、かつてアガク大師が、チネモカ大師や

アダヴァナ大師とともに錬り上げた宝が納められているからです」

 

 それを聞いたアルバートは、心中ひそかに仰天した。

(伝説の外道三師が錬り上げた宝じゃと!?途方も無い話になってきおった……)


「――キタブ=アッカよ、随分と苦しい思いをさせてしまったことを詫びよう。

 興を削ぐような真似はしない。約束する」

 アガクは、そう言って小さく頭を下げる。


 それを見たキタブ=アッカは慌てた様子で、

「こちらこそ出過ぎた真似を――」

「しかしだ、この箱を開けるべき者ドライアンは、すでにこの世におるまい」

「……然り、この箱の作成依頼があってから200年近く経っておりますからなぁ。

 まさか外界でそんなにも時が経っていようとは、思いもいたしませんでした。

 開けるべき者が失われた『箱』――それは悲劇を通り越し、滑稽ですらあります」

「ならば、このアルバートが開けたならばどうだ」


 そのアガクの言葉で、消えかけたアルバートの希望の蝋燭は再点灯した。

(おおお!?ナイス、ナイスアシストじゃアガク大師!)


 キタブ=アッカは、顎に手を当てて考え込む。

「依頼主は、ドライアン殿以外が箱に挑む状況を全く想定しておりませんでした。

それゆえ、ドライアン殿以外が箱に挑むことを敢えて禁じはしなかったのです。

 すると、この箱に定められた決まりごとは、『我を開きし者に、尽くることなき富を授けん。追求者よ、二の指を鍵とし、富貴公の名を三度唱ふべし』

――これが全てでございます」


 アガクは、その言葉に畳みかけるように言った。

「紆余曲折はあったが、アルバートは富貴公マンモンの名を三度唱え、

『追求者』として名乗りを上げたのだ。問題はあるまい」

 

「……よろしいでしょう。

 ただし、『本鍵の試練』が未だ手つかずのまま残っていることをお忘れなく」

 

 アガクは、興奮を必死に押し隠しているアルバートの方に向き直ると言った。

「ということになったが、どうする。『本鍵の試練』を受けてみるか」


「もちろん、もちろんですとも!是非にでもお願いいたします!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 黒い石柱があった部屋に、キタブ=アッカの声が響き渡る。


「それでは、『本鍵の試練』について説明申し上げる。

 この試練は、『追求者』として名乗りをあげたアルバート殿を対象として、

『箱の中身を手にするにふさわしい魔道的素養を備えているかどうか』

 このことを把握するために実施されるものである。

 また、その判定基準は、知識・技能のみならず、思考力・判断力・表現力の

総合評価に基づくものとする――ここまではよろしいか」


(なるほど、宝とはどうやら高位の魔道具らしいの)

 

 アルバートが無言でひとつ頷いたのを見て、キタブ=アッカは話を続ける。

「試練は、この箱の【中枢】(即ち件の黒石柱である)を用いて行う。

 【中枢】は、おぬしの脳と魔道を介して接続し、仮想空間を展開する。

 ――その空間の中で、箱が出題する試練を乗り越えるのだ。

 ちなみに、その仮想空間で発生した事象は、夢の中と同じようなもの、

事故が起きたとしても現実に影響はないので安心するがよい」


「以前に魔道士組合で同じような試練を受けたことがあります」

「それならば話は早い」


 そこで、おずおずとアルバートが質問する。

「あの……試練に失敗したら場合はどうなるのでしょう。

『本鍵の試練』を受験する機会は一度きりなのですか?」

「いや、その様な条件は指定されておらぬ。何度でも再挑戦が可能だ」


といったような時間の制限があったりするのですか?」

「無し。強いて言うならば、おぬしの命数が尽きるまで」


「試練が終わるまではこの箱から出ることができない――という認識でよろしい

でしょうか?」

「否、ひとたび『追求者』と認定されれば、この箱にはいつでも自由に出入りが

できるぞ。ほれ、そこに鍵穴の形をした出入口があるだろうが。食事や睡眠、排泄といった俗事については、外に出て済ませてくれ」


「……出入りが自由ということは、例えば外から資料文献や魔道具を持ち込んで

試練を受けてもよろしいので?」

「かまわぬ。ただし、試練の内容にそぐわない魔道具については、【中枢】の判断で仮想空間に持ち込むことができないようになっておる。

あと、この箱には図書室が併設されておるので、自由に使ってもらってかまわんぞ」


 アルバートは、唖然とした表情で尋ねる。

「随分と優しくはないですか?」

「箱の中身を狙う卑しき盗賊ばらが相手ではないからの」

 キタブ=アッカは、穏やか表情で問いにそう答えたが、ふと真顔に戻って、

 「……おや、追求者どのはもっと厳しい条件がお好みかな?

 わかる、わかるぞ!箱が厳しければ厳しいほど、中の宝は輝くものよ!」

 そんなことを言い出したものだから、アルバートは焦った。

「めっそうもない!なんですってアガク大師?

 ユースケとナツメも心配しておりましたか!

 そうでしょうとも、そうでしょうとも!

 いったん戻るといたしましょう!ささ、早く早く……」

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