「【箱に憑かれた男】【罠師】——そんな二つ名を持つ魔道士キタブ=アッカは、

今から200年ほど前、旧大陸南部に存在した王朝『後アイシー朝』の人だね。

 彼は、物心ついたころから『箱』という概念に強く惹かれていたと言われている。そんな逸話の一つとして、彼は5歳から亡くなる前日まで、手製の箱の中でしか眠ることが無かったなんて話が伝えられている。どこかに出かけるときも、必ず背中に

そのための箱を背負って行ったっていうから、かなり変わった人ではある。

 ……彼が生まれた時のお産でお母さんが亡くなっているから、そのことが強く影響しているのではないかなんて説もあるけど、本当のことは分からない」


「……話を続けるね。キタブ=アッカは職人階級の身分として生まれたんだけど、

箱職人としてすぐに頭角を現し、成人してまもなく王国一等の勲章を授かると同時に、箱職人ギルドの名工として推挙された。

 これはかなりの大事件だったようで、当時の古文書にも記載があるから、まず実際にあった出来事として考えていいんじゃないかな。

 あ、ちなみに名工っていうのは、ギルド長選挙に参加する権利を持つとともに、

ギルド長の候補にもなれる身分のことなんだって」


「誰もが彼の栄光を羨み、また、さらなる活躍を疑わなかった。

 しかし、キタブ=アッカは、『箱』の以外のことにはまったく興味が無かった。

 そのうち彼は、『箱』を極めるには、魔道が不可欠だと考えるようになった。

 けれど、後アイシー朝では身分が固定されていたから、職人階級が魔道を学ぶことは禁じられている。そこで彼は、家族も名誉も富も何もかも放り投げ、箱一つだけを

背負って、旧大陸北部の自治都市ウェスタンブルへ出奔してしまった——。

 これ、当時の価値観からしたら、今よりずっと行為だったみたい。

 嘘か真かは定かでないけれど、キタブ=アッカの本意はまったく理解されず、

後アイシー朝はウェスタンブルによる拉致事件だと判断、国際問題にまで発展した

なんて話もある……本当かねえ?」


「それはさておき、その頃のウェスタンブルは、貿易で栄え、お金さえあれば何でも手に入ると言われた街だった。キタブ=アッカの作った箱は富裕層の間ですぐに人気となり、彼の懐には大金が転がり込むようになったんだけど、それは全て魔道の勉強のために費やされた。程なくして彼は名門中の名門であるナワール魔道大学に合格、驚異のスピードで魔道十三階梯を登り終えると、その後はウェスタンブルで箱作りに没頭した——」


 そこでナツメが「ユウちゃんセンセー、質問質問」と手を挙げた。

「ねえねえ、今出てきた、『魔道十三階梯』って何なのさ?」


「うーん、何と言うか、僕たちの世界で言うと、武道の『段』と『資格証書』を

合わせたみたいなものかな」

「それを取ると、具体的に何かいいことがあるのかい?」

「魔道士組合の施設が利用可能になるって話は聞いたことがあるけど……

 アルバートさん、それで間違いないですかね?」

 助言をもとめるユースケに、アルバートはひとつ頷き、

「うむ、ユースケの言うとおり、階梯の高さに応じた施設が利用可能になる。

あとは、魔道学校の講師に就くときにも必要じゃな。例えば、最高位の十三階梯まで修得していれば、魔道大学の教授になることもできるし、個人で『塔』や『工房』、つまりは魔道を研究する機関を所有することも認められる」

 そう言ってから、アルバートは皮肉っぽい笑みを浮かべると

「もちろん、高位を持っていると箔がつくっていうのも重要だろう。

 ……おおっと、俗物丸出しでこりゃ失礼」


 そんなアルバートの解説を聞いて、ナツメが尋ねる。

「ところで、アルバート先生はどれくらいのお階梯ザマスの?」

「なんじゃその口調は……儂は十一階梯まで到達しておる」

「十三階梯じゃないんだ」

「……いろいろあってな」

「いろいろって何さ」

 しばしの沈黙、そして、

「指導教授と合わなくて、そいつをぶん殴って大学を飛び出した。若気の至りじゃ」


 それを聞くと、ナツメは満面の笑みを浮かべてサムズアップする。

「とっつぁん……見かけだけじゃなくて人生も存外にロックンロールなんだね!

 あたしも高校中退だからさ。ふふ、お仲間、お仲間」

「ええい、儂はこう見えてちゃんと後悔も反省もしとるんじゃ。勝手に仲間にせんでくれ。それにな、十一階梯だって相対的に見たらけっこうすごいんじゃぞ……

ああ!もう!ユースケ、話はまだ途中であろう。はよう先を続けてくれ!」


 ユースケは、アルバートが本気で傷ついているのに気付き、慌てて、

「あーっ、あーっ、ナツメさん、ストップ!

 仲間を見つけて嬉しいのは分かるけどストップ!

 今日のアルバートさんはお客さんなんだからね!失礼なんだからね!

 いい加減そのネコバスみたいな笑顔をやめなさい!

 ほらっ、アルバートさんに謝んなさいよ、僕ぁ怒るよ!もう……」


 ユースケは、それでもなお「中退はロッケンローラーの勲章だ」と主張するナツメの口にクッキーをねじ込んで黙らすと、アルバートをさんざんなぐさめてから、

「えー、ごほん。それじゃあいいかな、キタブ=アッカの話の続きをするよ。

 そういうわけで、彼は魔道を修めると、それを箱作りに反映させていった。

 業火に放り込んでも深海に沈めても中身を守る頑丈な箱、どんなに物を詰めても

重さが変わらない箱、見た目の大きさよりずっと多くの品物が入る箱……

 まずは、箱の持つ『収納』という性質を強化するために魔道を利用したワケ」


「——当時のウェスタンブルはとても栄えた街だった。でも、その負の側面として、犯罪もすっごく多かった。そんな事情もあって、彼は箱の中身を守るための罠作りに凝り始めた。

 その多くは、正式な鍵を使わずに箱をこじ開けようとすると発動する仕組みなんだけど、その発想がこれまたファンキーでさ、

『吸い込むとよぼよぼの老人になってしまうガスを噴き出す』とか、

『30m上空に強制転移させる』とか、『高周波で体中の毛を永久脱毛する』とか……その他もっとエゲツないものも伝わっているけど……説明するのも気持ち悪いから詳細は割愛させてください……ううっぷ」


「——この件について、キタブ大先生は少しやりすぎた。これらの発明が魔道規範に違反しているという告発があって、魔道士組合から除名されそうになったんだ。

これはどうやら、仕事を邪魔された犯罪組織のタレコミだったみたい。しかし一方、治安維持に多大な貢献があったということで、市民から減刑の嘆願が集まり、

彼は最終的には無罪放免となった」


「……ただ、話はこれで終わらない。

 この結果が、暗黒街の巨頭のメンツを潰すことになったから。

 ある月の無い夜、はぐれ魔道士数名を含む暗殺者の小隊が、キタブ=アッカの

住処を襲撃した。


 なぜか、入り口には鍵がかかっていない。

 招かれざる客人たちは、飲み込まれるように邸内に突入していった——


 そして夜が明けると、キタブ=アッカの邸宅は煙のように消え去っていた。

まっさらになった土地の真ん中に、大きな箱がひとつが放置されていたという。

 ……中にはいったい何が入っていたのだろうねぇ? 」


「戯曲『箱御殿の一夜』じゃな」

 アルバートがつぶやく。


「そう、そう、怖いですよね、あれ!侵入者がそれぞれスプラッターなやり方で消されていくのだけれどどこかユーモアが感じられて(中略)特に3人目の魔道士が消されるシーンなんかは(中略)そしてラスト最後の一人が——」


「ユウちゃん、それ、ネタバレだからね」

 ナツメがそう鋭く言い放つと、未来永劫続くかと思われたユースケの言葉がピタリと止まった。


「あ、しまった!ナツメさん本当にごめん、僕はなんてことを……」

「ユウちゃん、済んだことは仕方ないよ」

「う、うん、ありがとう。そうだ、『箱御殿の一夜』は小説も出版されているから、それをプレゼントするね!戯曲とは結末が別になっていて——」

「興味いっさいナシ、ゆえに要らない。あと、話を本筋に戻してくれると嬉しいな」

「……むむ、わかったよ。無理な布教は逆に信者を減らす。ファンの鉄則だね」




「その事件の後、ウェスタンブルでキタブ=アッカを見た人はいなかった。

 彼はその後、箱一つを背負って世界を放浪したという。

 晩年、彼は何か悟ってしまったのか、

『いつまでも満杯にならない貯金箱』

『鶏肉を入れておくといつのまにか牛肉に変わっている箱』

 そんなシュールな箱を作り続けたんだって。

 そしてある日のこと、旅先でキタブ=アッカは宿を取り、いつものように背負った箱に入って眠りについた。けれども、いつになってもその箱から出てこない。

 心配になった宿の主人が箱を開けてみると、中はからっぽであったとさ。

 ——これが、記録に残るキタブ=アッカ最後の足跡。

 ちなみに、そのとき残された箱は今も『キタブ=アッカの棺桶』として、神聖帝国美術館に常設展示されているんだって。さあさ、話はこれでお終い、どんど晴れ」

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