④
ユースケの話が終わって、しばしの余韻を味わった後、アルバートからはささやかな拍手があった。
箱をしなやかな指でなぞりながら、ナツメがアルバートに問いかける。
「つまりとっつぁんは、この箱がキタブ=アッカの作品だって言いたいわけ?」
「左様、そう判ずる理由もそれなりに揃っておるのだよ。――まず第一の理由、
こうした箱には、大なり小なり【守護】の類の魔道が付与されておる。
素人目には同じ【守護】の魔道であっても、魔道士から見ればピンキリなわけだが、この箱に込められたそれは、常軌を逸しておるほど強力と言ってもよい」
「そこらへんはあたし達にはわからないけれど、
そうなんだろうね」
「続いて第二の理由、それはこの箱が備える高い芸術性にある。
先ほどこの箱を見せたとき、二人ともたいそう感じ入っておったではないか。
キタブ=アッカが若年の身で『名工』の称号を手にしたのは、魔道あってのことではなく、その卓越した表現力によるものであったことを忘れてはおるまい?
その彼の実力が、はるか遠くから来た異邦人の心にすら訴えかけたと考えるのは、
あながち的外れとは言えないと思うのだが、如何?」
ユースケが、その意見に素直に同意する。
「確かに、心にグッとくるものがあった!」
「さらに第三の理由、その蓋の部分を見ておくれ。『鍵を咥えた鹿』の紋章が見えるじゃろう。ざっと調べてみたのじゃが、これはウェスタンブルの大富豪であった
アタラヌ家の家紋であった。
アタラヌ家は断絶して今には伝わらぬが、キタブ=アッカがウェスタンブルに拠点を置いていたころには、彼の地における相当な有力者であったことがわかった。
つまりだ、アタラヌ家がキタブ=アッカのパトロンであった可能性も、決して低くはない――どうじゃ、なかなか説得力があると思わんか?」
「悔しいけど、なかなか説得力がある……」
ナツメが珍しく素直に肯定したので、アルバートは、我が意を得たりとばかりに
話を続ける。
「では、仮にこれがキタブ=アッカの箱だとして話を進めよう。すると、儂にとって嬉しいことが二つある。
一つ、この箱そのものがそれなりの財産的価値を持つということ。
二つ、キタブ=アッカの箱に入っているということは、中身もまた重要なもので
あるということ――お宝が眠っておるかもしれんということじゃよ!」
アルバートの口調には隠しきれぬ熱が籠もっていた。
ナツメもそれに当てられたか、少し興奮した様子で答える。
「OKOK、話は理解した。つまり、あたしとユウちゃんの力で、なんとかこの箱を無事に開けられないかってことだね!」
「そのとおりじゃ。箱が開けば中身の1割を報酬として支払おう。
もし箱が開かないということがあれば、箱そのものを競売に出そうと考えておる。
その場合は、箱を売って得た利益の1割を報酬として支払うつもりでおるが、その
条件でよいか?」
「あたしはそれでいいよ。ユウちゃんもそれでいい?」
ユースケは、顔を真っ赤にして手でOKのサインを出している。
アルバートの話に興奮しすぎて過呼吸をおこしているのだ。
「契約書は必要かの?」
「うーん、お互いメンドクサイからいいでしょ。それより、さっそくお宝拝見……」
ナツメはまず、箱に直接手を触れて、材質を確かめた。
それから、まるで内科医のように指でトントンと箱を打診する。
「……最悪、手段を選ばないならこの箱を開けることはできるよ」
「破壊は可能、ということか?」
アルバートの問いに、ナツメは頷く。
「それとね、空っぽではない。多分金属製の板か……棒みたいなのが入っている」
「なるほど。【守護】の魔道が強力すぎての、儂では中身が入っているかどうかも
分らんかった」
「あとは、ちょっと鍵穴をいじってみようかな」
「危なくはないか?」
「あたしとユウちゃんは大丈夫だけど、そうだね――大切な事務所が大丈夫じゃないかもしれないから、続きは外でやろうか」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
三人は箱を抱え事務所を出ると、近所の河原に向かった。
そして、周りに人がいないことを確認すると、ナツメは地面に腰かけ、事務所から持ってきた工具を辺りに並べた。
「ここなら、何があっても周りに迷惑をかけるようなことはないでしょ。
様子を見る程度だから問題ないと思うけど、アルバートはちょっと離れていてね。
もし罠が発動したら大声を上げるから、すぐに逃げること」
「わかった。無理はするなよ」
アルバートが十分な距離をとったのを見計らって、ナツメは鍵穴に錐のようなものを差し込んだ。
ようやく過呼吸から回復したユースケが、ナツメの背中に声をかける。
「手ごたえはどう?」
ナツメは、箱に向き合ったまま、
「ちょっと難しいかも。魔道抜きで、鍵それ自体が複雑な作りをしているから……」
ナツメは20分ほど鍵と格闘していたが、突然、天を仰いで大きな溜息をついた。
「だめだぁ。シリンダー錠のシンプルなやつなら開ける自信があったけど、これは
専用のピックじゃないととても歯が立ちそうにないや」
「専用のピックがあったら開錠可能なんだ……って、どこでそんな技術を勉強したのさ!?」
ナツメは、ユースケのその問いに肩を軽く
「表向きでない方の家伝に、こういうのもある」
ナツメの実家は「鉄輪流」と呼ばれる武道の宗家である。
彼女の言う「表向きの方」は、いわゆる護身術やサバイバル術として世間に認知
されているが、「表向きでない方」には、諜報や火薬の技術、挙句の果てには毒物の取り扱い方まで含まれているらしい。
「それにしても、この世界に来てから鉄輪流の裏技が大活躍だね。芸は身を助くとはよく言ったものだよ」
「こんな外道の技を褒められても嬉しくねえよぉ。それを言うならさ、ユウちゃんのオタクな知識だってなぜか役に立ってるじゃん」
「……確かに。元の世界じゃ馬鹿にされるだけだったのに、こっちだと意外と尊敬
されている気がする」
「……お互い、ままならないものだねえ」
そんな二人のもとに、アルバートが恐る恐る近づいてきた。
「どうじゃ?開きそうか?」
「ごめん、あたしじゃちょっと難しいみたい」
「いや、これでよかったのかもしれん。最悪、開錠に失敗して箱も中身も爆裂四散
なんて可能性もあったわけだからな」
「あとはどうしようか、力技を試してみる?」
「ハイリスク・ハイリターンの大博打よなぁ。それに、中身の方が二束三文で、
箱の値段のほうが高かったりしたら、精神的ダメージが大きくて立ち直れないかも
しれぬ……」
「まあ、最終的な判断は依頼主であるとっつぁんにお任せするけどね」
「悩むのぅ……」
そんな悩めるアルバートに、箱を見ていたユースケが声をかけた。
「アルバートさん、念のために聞くけど、ここに書いてある『開け方』では
箱は開かなかったってことでいいんだよね?」
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