「なあ、ナツメ殿、アガク大師はな、それはそれは貴いお方でな。

 そんなお方を捕まえてアイツとはいささか——」


 そんなアルバートの抗議を気にも留めず、ナツメは続ける。

「でもさあ、アイツ、ちょっとこだわりが強すぎる!」

「なんと……!」

「だってね、この魔道具を作ってから、3日にいっぺんは呼び出されて質問攻めに

されるんだよ。『バージョンアップのためだ』とか言ってたけど、あれは作っているうちに楽しくなってきちゃった顔だね。オタクな趣味に夢中なときのユウちゃんと

同じような顔をしているんだもん」

「さ、さようで……」


 そこでナツメは、ぐっと身を乗り出し、

「ちょっと聞いてほしい!さっき、【ムゥ】が野郎の声だと違和感ありすぎるって

言ったよね。そのことをアガクに伝えたわけさ。そうしたら、

 『分かった、ならば君の声音で再生されるように改良しよう』

って言いだして、そのためにわざわざ私の声を録音することになってさ」

「ふむ……」

「それで、まずは共通語のそれぞれの音、私たちの世界で言うところの

『あいうえお』を一音一音録音していったんだけど……」

「なるほど、それを組み合わせて単語にしているわけじゃな」

「だけど、だけどね、日本語には、『じゅ』と『ぢゅ』の音の違いなんか無いわけ!

 それを何度も何度もリテイク出しやがって!そんなこだわりは要らないから!」


 アルバートは、ナツメの熱気を受け流しつつ、

「……だがのう、『じゅ』と『ぢゅ』の音の違いで、意味が全く別の単語になるからなぁ」

「そんなの、話の流れで理解すればいいじゃない」

「それは儂の美学的にはアウトじゃな」

「アルバートのとっつぁんまでそういうこと言うわけ!?

 じゃあ『もょ』はどうよ!?あんな珍妙な音、耳の方がおかしくなりそう」

「もょ。そんなに難しいかのう?もょ、もょ、もょ。

 それに、正しく意味が伝わらなければ困るのはお前さん自身だろうが」

「うーん、まあね、そりゃそうなんだけどさ。結局、何度やっても『もょ』が

出来なくて、また後日に収録ってことになったのよ」

「ああ、それは大変だったのう」

「でね、メンドクサイから、バックレたわけよ」

「ちょ!?」

「そしたらさ、アガクがここまで迎えに来るわけ。

 小学校の先生センコーかよ、まったく……」


「あぁぁあン!?アンタ、大師様に何をさせておるんじゃ!?」

 

 とうとう大声を上げたアルバートを、ナツメは手のひらを振って制しつつ、

「どうどうどう、そんなに怒らないでよ。私だって珍しく反省したんだから。

 それに、アガクの個人レッスンを真面目に受けて発音できるようになったんだし、

 勘弁してもょ。もょ~」

「そ、そんなに軽々しく……伝説の魔道士の個人授業じゃぞ!?

 そんなもの、儂だって受けられるものだったら受けたかったもょ!」

 そこまで言って、アルバートはようやく冷静になり、

「――それにしても、アガク大師はお前さんたちに甘すぎやしないか?

 この【フゥ】と【ムゥ】にだって、一体どれほどのリソースがつぎ込まれている

ことやら」


「連邦政府の年間予算と同じくらいの額が掛かっているそうですもょ」

 いつのまにかユースケが、3人分のティーセットを手に部屋に入ってきた。


「値が張るだろうなあとは思っておったが、それほどか……」

 アルバートとナツメにお茶と茶菓子を出したユースケは、自分の分の茶菓子を多めに取って「助手」と記された自らのデスクに着席する。


 そして、小学生が「猫ふんじゃった」を速弾きするような勢いで語り始めた。

 こうなると、ユースケはなかなか止まらない。


「まず、僕たちのような【絶対零魔力】の人間でも使えるようにマイクとスピーカーを魔力ではなく空気の振動で受信送信するように設計するのが思ったよりも大変で従来の技術を一から見直し(中略)なんでも動力源に【賢者の石】を搭載しているそうでその力により半永久機関と自己修復機能を実現(中略)その骨格には真銀と昴宿銅の合金を用いることにより強度と軽さを両立させ(中略)さらには学習機能を備え(中略)このあとさらに各種機能を追加拡張していくつもりで(中略)今はとりあえず疑似人格の付与を優先的に開発中だそうです!」

「へ?疑似人格?それは絶対に必要な機能なのか?」

「逆に、どうして不要だと思うのか、僕にはまったく理解ができない!

 主人のボケにツッコミを入れてくれる使い魔とか、ロマンじゃないですか!」

「あ、うん……ロマンだね……」

 アルバートは、ユースケが淹れてくれたお茶をすすった。

(すっかりさめてしまっておる……せっかくの良い茶葉が台無しじゃわい……)


 ちょうどそのタイミングで、窓の外を眺めていたナツメが口を開いた。

「ユウちゃん、お喋りはほどほどにしたまえよ。アルバートは何か相談があって

来たんじゃないの?」

「おっと、そうじゃった、そうじゃった」

 アルバートは大げさに膝を叩くと、目の前の卓上に、自らが持ってきた包みを

置いた。


 ドン、と重量感のある音がした。


「ちと、こいつを見てほしかったのじゃ」


 アルバートが包みを開くと、そこには金属製の箱が鎮座していた。

 よくあるくらいの大きさで、赤地に金縁、その武骨なフォルムが、

「拙者、宝箱にて御座候ござそうろう」と全身を使って自己主張しているのであった。


 ナツメがユースケにささやく。

「すげえ……何か、海賊が出てくる映画にありがちな宝箱だぁ。

 ふふ、なんかいいね、これ」

 ユースケは、目を輝かせて見入っている。

「素晴らしい……素晴らしいんだよ……こういうのがいいんだよ……

 あ、でもこの大きさじゃ『しゅりけん』は入っても、

 『むらまさ』と『せいなるよろい』はどう考えても入らないよなあ……

 そこだけは減点だね……」

 

 ナツメが、この上なくうんざりとした顔で応じる。

「またゲームの話かよ」

「もちろん」

「何だっけ?『うぃざーどりぃ』とか言うゲームだっけ?」


 途端、ユースケが稲妻に打たれたような目をしてナツメを見つめる。

「お?おお!おおお!?とうとう、とうとうナツメさんから『ウィザードリィ』

 という単語を耳にするとは、僕、生きていて今日ほどうれしい日は無いよ!

 そう、そうなんだ!ウィザードリィの素晴らしさはね——」

 話を続けようとしたユースケをぴしゃりと制し、ナツメは冷たく言い放つ。

「ユウちゃん、その話は100回以上聞いた。ウサギに首をはねられることも、

 忍者が全裸であることも、A社のアレンジが素晴らしいことも、地下5階から

 地下8階はクリアするだけなら探索する必要がないことも、何度も何度も何度も

 何度も何度も何度も聞いたから、今はアルバートの話を聞こう、いいね」

「あっ……はい……」

 アルバートは、二人の間に横たわる深く暗い溝を垣間見た気がした。

「えー、ゴホン、話をつづけるぞ」


「先日、建国記念の日に、近所の公園で骨董市が開かれておった。

 儂は骨董品が好きでな、特に目当てのものはないが、ぶらぶらと見て回っておったわけよ。

 そんな中、ちょいと珍しい店を見つけた。

 なんでも『曰く付き』の品を専門に扱っているという。

 例えばな、どうみても酸化鉄の塊にしか見えぬものが、店主曰く

 『それは、聖騎士ベニーの剣のなれの果てにごじゃるぅぅぅ』

 であったり、どう見てもただの骨の切れ端にしか見えぬものが、店主曰く

 『それは、世界制覇を目論んだ凶王ロバートの尾骶骨にごじゃるぅぅぅ』

 であったりするような、そういう店なわけよ。

 どれもこれも、魔道士の儂から見てみればものばかりであったが、

その中に一つだけどうにも気になる品があってな。店主曰く

 『それは、決して開かずの宝箱にごじゃるぅぅぅ』

 ——とどのつまり、単に鍵が失われただけの保管箱なのだが、

 これがどうにもひっかかる」

 アルバートは、そこまで話し終わると、

「ところでユースケ、おぬし『キタブ=アッカ』と言う名に聞き憶えはないか?」

 そう問われたユースケは、目を閉じ、頭をコンコンと指でノックする。

「……んん、もしかして『箱御殿の一夜』のモデルになった魔道士のことかな?」

「お見事!大した記憶力よ。他に知っていることがあれば教えてはくれないか」

「了解です。でも、僕の知識は『魔道奇人列伝』って言う下世話な本が元になって

いるから、根も葉も無い噂話だとか、後世の創り話だとかも多分に含まれていると

思うけど、そこは勘弁してね」

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