第8話 デイジーのお仕事

 デイジーはエヴァンの執務室をノックする。


「デイジー・スミシーです」


「どうぞ。入って」


 美貌の宰相が感情の読めないアルカイックスマイルで出迎えてくれた。


「秘書として本日から務めさせていただきます。

 よろしくお願いします」


 デイジーは膝を折り頭の位置を下げて礼をした。


「うん。じゃあ……とりあえずこれに着替えてもらうかな。

 あと、髪を三つ編みにしてきなさい」


「はい……?」


 エヴァンが指し示したのは、椅子の上に置かれた服だ。

 訳もわからないままにデイジーは服を手に取る。


「これって……」


 エヴァンがニヤリと口元を歪めた。

 鋼色の瞳は愉快そうだ。

 絶対に楽しんでいる。


 服を広げてみると、下男の着ている服のようだ。サイズは小柄なデイジーにピッタリ。


「着替えてからまたここに来て下さい」


 来て早々お土産付きで追い返された。

 酷い扱いだ。しかし、相手は宰相。偉い人だ。

 デイジーは逆らえない。


 仕方なく着替えてからまた戻ってきた。


「着替えてきました……」


「よし、入って…………ふ……くくく。これはまた凄いな。いや、私が悪かった。化粧も落とすように言っておくべきだったな」


(何が冷血宰相か。無表情の時に目つきが怖いだけの単なる笑上戸じゃ無いか)

 

 しかし、言われてみればその通り。

 男装しているのに女用の化粧をしているのはおかしいか。

 とは言え、笑われて多少は業腹ではある。


「落としてきます!」


 両手をグーにしてドスドスと立ち去るデイジーの後から、尚も笑いを堪える声が漏れ聞こえていた。


 そして、三度の訪問。


「失礼します!!」


 バーン!とドアを思いっきり開いてデイジーは返事も待たずに宰相の元へ。


「くくく……中々分かってるじゃないか。

 今の姿と扉を開ける様子を見て君を伯爵令嬢と見抜ける奴はいまい」


 宰相の言う通り。

 部屋に飾られた大きな鏡に映る自分を見て、デイジーはため息を吐く。

 

 一応……さほど必要無いかも知れないけど胸は晒しで巻いた。

 そして化粧を落として簡素な三つ編みを一本後ろに垂らせば、そこには声変わり前くらいに見える少年が眉を顰めて嫌そうな顔をしている。


「思った以上に完璧だ。

 それで君に頼みたいのは……他でも無い。侵入捜査という奴だよ」


 エヴァンはデイジーに背を向けた。

 窓辺にゆったりと歩いていく。

 エヴァンが金色の装飾の美しい両開きの窓を一気に開ける。涼やかな風が一つに括った長い銀髪を微かに揺らした。


「君があの夜に見た二人組の片方はアーガイル侯爵だろう。

 そして、もう一人を特定した。メイドのペネロペ・ガードナー。

 君の人相書き、そして花園の花粉がメイドの方の服に残っていた事が周囲の聞き取りで分かった。

 二人は愛人関係にある様だな。

 有名な話だったようで、調査はそんなに難しいものでは無かったよ。

 私の方でペネロペの動向を探らせていたが、どうやら明日にも毒を手に入れる予定だ」


「明日ですか!?ベアトリーチェ様が危ないのでは!?

 早く捕まえないと!」


 デイジーは慌てる。

 しかし、それをエヴァン宰相は片手で制す。


「証拠が無い。

 アーガイル侯爵は側妃ベリダ様の父親なのだ。

 だから国王の第一子であるベアトリーチェ姫が邪魔なのだろう。

 ベリダ様はレイ王子を産んだが、レイ王子は生まれ付き体が弱い。

 ベアトリーチェ姫を次期王位にと言う声もある。

 ……姫の気の強い性格が災いして多くは無いがな」


 窓の縁をグッと掴むエヴァンは、特に女王になる事を望んでいない姪が狙われていることに対する怒りが隠し切れていない。


 しかし、デイジーの方を振り向いた時には、何の表情も浮かんでいなかった。

 瞳も冷え切った鋼の色だ。

 

「毒を使用人の子供に渡すと言っていたのだろう?

 対象となりそうな子供たちは一旦仕事は休ませている。

 君がペネロペ・ガードナーから毒を受け取るんだ。

 そして、その後は毒を新人メイドに渡させる計画だったな……それも君に任せるぞ」


 サラサラととんでもない計画を説明された。

 

「待ってください!それも私に任せるとは!?」


 意味はわかったが、抗議のためにも聞き返す。


「無論、君が新人メイドになるんだ」


 やはり一人二役をしろと仰せだ。


「そんな!私の負担が大きく無いですか!?それに危険では!?」


「ベアトリーチェ姫の安全の為だ。

 それに君は有能だし腕が立つと聞いた。

 いざという時にはこのナイフで身を守ってくれ」


 細く小さめのナイフとそれを横向きにベルトに固定できるケースも付けてくれた。

 背中側につけて上着で隠せば早々バレないだろう。

 渡された上着の丈が長めなのはその為か。

 確かに武芸は小柄な女の割には得意だが、ナイフ一本で命懸けで王女暗殺の犯人たちと渡り合えとは。

 確かにこの男は冷血なのは間違いない。


「それで、ベアトリーチェ様にはこの事は……?」


 ナイフを装着しながらデイジーが気になっていた事を質問する。


「無論、余計な精神的負担を掛ける訳にはいかないだろう。

 この事は黙って……」


「――話は聞かせて貰ったわ!!」


 鈴を転がす良く通る声。

 バーン!と両手で力強く扉を開いて現れたのは、もちろんベアトリーチェ姫。

 扉の開き方は先ほどのデイジーよりも豪快だ。

 スカートを託し上げてズカズカと部屋に入ってくる。


「姫……人を連れずに王宮を歩き回るのはやめて下さい」


 エヴァンは姫を見て眉を顰めている。

 無論、お姫様らしくない登場に対してだけでは無く、話を聞かれた自分の失態に苛立っているのだ。

 それに、命を狙われている姫君が単独で行動するのはいただけない。


「ふふん……ワタクシの毒殺ね。面白いじゃない!

 ワタクシも一緒にやってやるわ!」


 ベアトリーチェ姫の楽しそうに輝く笑顔に、エヴァン宰相は頭痛を堪える表情をした。


「あら!………………デイジーで良いのよね?」


 ベアトリーチェ姫が男装のデイジーの姿に気が付いた。


「はい。この姿で潜入します」


 デイジーはやけっぱちだ。


「ふ……ふふふ。あはははは!貴女ってサイコーね!

 ワタクシの為にも頑張りなさいよ!」


 お姫様のお転婆とワガママっぷりをデイジーも宰相も舐めていた様だ。

 エヴァンと目が合うと、無言で目を伏せて首を振る。

 諦めの境地の様子だ。

 これではデイジーも諦めるしかない。


「仰せのままに」


 仕方なしにカテーシーで恭順を示す。

 少年の姿のデイジーが淑女の礼をとったことで、ベアトリーチェ姫はさらに笑い転げた。


 

 

 

 

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