第9話 デイジーの実力と有力なお婿さん候補

「それで君は戦えるのでしょう。

 一応いざという時の為に人は付かせるつもりですが、実力を知っておきたい。

 手合わせ願いましょうか」


 エヴァン宰相がとんでも無いことを言い出した。

 大昔に名を馳せた伝説的な傭兵に師事していたが、正直に言えばデイジーはその師匠以外とは戦った事はない。

 それに結局師匠に勝つ事は一度も無かった。


 ダスティン師匠はデイジーには才能があると誉めてくれたが、女性には礼儀正しい人だったので、気を遣ってくれていたのだろう……とデイジーは考えている。


「良いわね!ワタクシも見てみたいわ!叔父様なんてやっつけちゃいなさい!ワタシクが許可するから!」


 とんでも無い叔父と姪っ子だ。

 姫君の御前で刃物を抜けと言うのか?

 ……とは言え命令だ。


「では行きますね」


 デイジーは後ろに手を伸ばして宰相に渡されたナイフを手に、低い体勢から一気に襲いかかり……。


 手首を掴まれた。


「……いえ、私は」


 宰相が何か言い始めたが、無視してナイフは一旦手放す。

 逆に掴まれていない方の手で宰相の腕を取って距離を詰めつつ足を……。


「ストーップ!!止まりなさい!」


 姫様が叫んだ。

 やれと言ったり止まれと言ったり忙しない。どっちなのか。


「はい。やめます」


 デイジーは最初からやる気はないのだ。


「……驚きましたよ。まさかこの場ですぐに戦おうとするなんて」


 宰相が首を振ってる。

 何か行き違いがあったようだ。


「私はちゃんと騎士の練習場でも借りるか、外の開けた場所で模擬刀を使ってと思っていなのに……まさかこの場でナイフを向けてくるなんて。

 いや、貴女は本当に凄い女性です」


 宰相が感心したように言っている。

 一応褒めているようだが嬉しくない……褒めている認識で良いのだろうか?

 ダスティン師匠がやれ実践だの、常に備えよだのと言っていたから勘違いしたのだ。

 師匠もデイジー同様に田舎者なところがあるので仕方がない。

 王宮には王宮のルールや習慣があるのだろう。

 

「しかし、実力の一端は見て取れました。

 なるほど……強いようです。

 では、騎士達の練習場所の一部を借りましょうか。

 あまり人が使っていない場所を探しましょう」


 宰相に先導されてデイジーとベアトリーチェ姫は、廊下を進み、屋外に出て騎士の待機場所まで行く。

 途中で他の侍女やメイドとすれ違うと、颯爽と歩く宰相に目が釘付けになってるのがわかった。

 そして、その後ろに隠れていたベアトリーチェ姫に気がつくと慌てていた。

 続々と頭を下げるが姫は見向きもしてない。

 もちろん全員がデイジーにはチラリとも目線を向けない。

 目立つ二人と一緒なのもあって完全に背景に溶け込んでいる。


 騎士達が訓練している所まで来ると、騎士団長を筆頭に全員が慌ててやって来た。

 姫と宰相が揃って来てしまったのだから当たり前か。


「王国の輝く星にご挨拶申し上げます!

 宰相閣下におかれましても……」


 膝をついて恭しく挨拶し始めるのを、片手で宰相が制す。


「堅苦しいのはいい。訓練場を借り受けたい。普段あまり使ってない所で良いぞ」


「はっ!……ノエル!第三訓練場まで殿下と閣下をご案内しろ」


「はっ!……第一騎士団所属ノエル・ジョンソンです。

 どうぞこちらへ」


 優しげな顔立ちの若い騎士だ。

 年は二十歳前後か。

 薄茶の髪と瞳で実直そうに見える。


「ノエル・ジョンソンか……確か子爵家の三男坊だったか」


(三男坊!?詳しく話を聞きたいわ)


 デイジーはこっそり耳をそばだてる。

 どうやら独身で、少し前まで結婚を考えている恋人がいたが、今はフリーなようだ。


 ノエルは話し方は穏やかだが宰相相手にも物怖じせず、気が利くようだ。


(成る程成る程。どうにも前の恋人さんは性格がキツイ人だったようね。

 それなら慎ましやかで夫より目立とうとしない女性はどうかしら?私なんて年頃的にもオススメよね)


 宰相との世間話から必要情報を抜き出す。

 デイジーは恋愛結婚はもう望んでいない。

 出来れば互いに尊重し合える様な条件を照らし合わせた婚姻を望んでいる。


「こちらです」


「ノエル・ジョンソン……君は騎士であるならそれなりに腕が立つはずだよな。

 ここにいるデイジー嬢と戦ってみてくれ」


 ノエルは目を丸くした。


「え!?私が……いや、デイジー嬢!?この子男の子じゃ?え!?」


 デイジーは被っていたツバ付き帽子を軽く上げて淑女の挨拶をする。


「ごきげんよう、ノエル様。

 デイジー・スミシーと申し上げます」


 うーん……私に対する第一印象は悪くはないけど珍妙ではあるわよね。

 男の子の格好してる令嬢を結婚相手の候補に考えてくれるかしら。


 デイジーは半ば本気でノエルをターゲットにしている。

 勿論好きになったとかでは無いが、選択肢として残しておきたい。

 

「失礼いたしました。しかし……女性であるなら尚更戦うなんて出来ません。

 騎士道に反します」


 ノエルは宰相相手にもキッパリと断った。

 デイジーは好感をもった。

 恋愛感情では断じて無いが、上の者にもちゃんと意見をハッキリ言えるのは美徳だと思う。


「何言ってるのよ!ワタクシの命令よ!」


 ここでベアトリーチェ姫が参戦した。

 腰に手を当てて若い騎士を大きなエメラルドの瞳で睨み付けている。

 宰相はどうだか分からないが、ベアトリーチェ姫を説得するのは不可能だ。

 本人の気持ち一つで全ての意見を通して来た権力者である。


 ノエルは困った顔をした。


「しかし殿下……」


「ノエル様、手加減いただけると嬉しいです。

 護身用に何年か実家で習ってましたの」


 本気でやり合う訳ではないと強調する。


「それなら……」


「ちょっと!本気でやりなさいよ!」


 姫が文句を言ってくるのを何とか宥めて、練習用の模造刀を手に取る。

 うん……家で使っていたのと変わりない。


 僅かに重心を下げて模造刀を構える。

 その慣れた様子に戸惑いながらも構えをとっていたノエルが少し意外そうに目を見開いた。


「始め!」


 宰相の声に反応して低い姿勢から一息に距離を詰めた。

 身長の低さを活かして懐に飛び込む。

 それをノエルはギリギリで受ける。

 デイジーは半歩引いてからすぐにまた攻めの姿勢をとる。

 だが、ノエルはまたそれを受け止める。


(この人強い。流石に田舎者の女にあっさり負けてはくれないか)


 しかし、早めに勝負を仕掛けなければ男女の体力差で長期戦は不利。

 デイジーはまた距離を詰める。

 デイジー模造刀をノエルは難なく受けたが、そのまま更に踏み込んで靴ごと足を踏みつける。


「え!?」


 ノエルが姿勢を崩したところで頭突きを顎に入れる。

 ノエルの体が更にグラついた所で下段蹴りを入れて……。

 いや、模造刀を手放してその足を掴まれた。

 ならば……関節技を!


「そこまで!」


 そこで宰相の待ったが掛かってしまった。


「ちょっとなんでよ!デイジーが勝ちそうだったじゃない!」


「いや、実力が知りたかっただけだからこれで良いんです。

 それにノエル・ジョンソンはこれでも騎士団の中でも注目されている若手ですからデイジー嬢では勝てません。

 だだ、ジョンソンもあまり手加減をする余裕が無くなりそうですし、これ以上はお互いに怪我を免れないでしょう……。

 というよりお互いに素手でやり合おうとするのは想定外です。

 デイジー嬢にはやって欲しいこともあるので怪我をされては困るんです」


 残念だけど、ノエルの方が上手だというのは同意だ。

 それでも師匠程は強くないし、なんとか追い縋ってラッキーで勝てないかと思ったが……。


「……すみません。女性だというのを途中から忘れてしまって。

 素晴らしい技術です。良ければ握手して下さいますか」


 ノエルに褒められる。

 嬉しいので勿論握手には応じる。

 優しげな顔に似合わない剣ダコのできた逞しい手だ。

 これでは勝てないのも納得。


「こちらこそ、ノエル様にその様に言っていただいて光栄ですわ」


 今更だが清楚系の笑顔を作成する。

 ……戦える女は嫌いではないことを祈る。


「……確か君の実家のジョンソン家は王妃派だったな。

 少し仕事を手伝って貰おうかな」


 どうやら宰相は手下を増やすつもりらしい。

 デイジーはノエルに同情した。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る