第3話 冷血宰相とベアトリーチェ姫
「貴女がデイジー・スミシー伯爵令嬢ね。
私が侍女長のメアリー・アダムスです。
……スミシー家については、多少は聞き及んでるわ。
王都はお住まいの田舎とは大分勝手が違うと思けれど、今はとにかく辞めずに続けてくれる人が欲しいの。
貴女には期待しているわ」
厳格そうな人だ。
この人は侯爵夫人で、王宮勤めはかなり長かったはず。
背筋がスッと伸びていて、少し目つきが険しく、眉根を寄せる癖があるのか、少し眉間に跡が付いている。
今、デイジー達がいるのは王女の宮殿だ。
内部をこれから案内してもらえる予定になっている。
侍女長は優雅だが足早に廊下を歩きながら、デイジーに仕事の説明をしてくれている。
「それで……早速だけれど、あら?」
メアリー侍女長がサッと廊下の隅に寄りながら頭を下げる。
デイジーも侍女長に倣い頭を下げた。
「お久しぶりにございます、宰相様」
デイジーの視界の端に男性の足が見える。
綺麗に磨かれた靴。
「お久しぶりですね、侯爵夫人。
そちらが……」
低く落ち着いた美声。
「ええ、こちらが今日から侍女として働く、スミシー伯爵家のデイジーです」
「デイジー・スミシーと申します」
頭をゆっくりと上げて相手を見る。
ハッとする程の美形だった。
スラリとした長身に、長い銀髪を一つに括っている。灰色の瞳には刃物のようなヒヤリとする鋭さがあった。
デイジーは曖昧な笑顔で対応する。
感情の読めない、印象に残らない表情を作るのが得意だ……というよりも癖なのだ。
「はじめまして。
私はエヴァン・アラバスターです。
どうです?ベアトリーチェ様にはもうお会いになりましたか?」
「いいえ……これからです」
デイジーは内心かすかな驚きを覚えていた。
挨拶した後も自分と会話を続けようとするなんて。
多くの人は複数人がその場にいると、何故かデイジーは放置して他の人と会話を始めるのが常だったからだ。
「ベアトリーチェ様は――理解出来ない痴れ者が多いようですが――とても、聡明な方です。
今は一人でも多くの理解者を必要とされています。
貴女には期待していますよ」
「ご期待に沿えるよう誠意を尽くします」
銀髪の美丈夫は一つ頷くと、サッと身を翻して立ち去った。
デイジーは緊張が解けて、小さく息を吐く。
あれが田舎にすら名を轟かす冷血宰相。
言葉自体は優しいが淡々とした声色で、表情は目が合ってから立ち去るまでひとつも変えずにいた。
(でも……ベアトリーチェ姫を心配なさっている様子だった。
本当に冷たいばかりの人だろうか?)
「さあ、行きますよ」
メアリー侍女長に促されて、後ろについていく。
ついに、これから自分が仕えることになる主人と対面するのだ。
緊張で口の中がカラカラになってもデイジーの表情は変わらない。
この様に感情があまり表情に出ない事も、デイジーの存在感低下に拍車を掛けている事は、自覚がない。
デイジーが決して愛想が無かったり、無表情だったりする訳ではないが、その場の他の人が合わせ過ぎる表情は没個性に繋がるものだ。
王女の部屋。
侍女長がノックする。
「アダムスでございます。新人の侍女を連れて参りました」
「入りなさい」
鈴を転がすような澄んだ声が中から聞こえた。
中にいたのは精巧に出来た芸術品の様な美しい人形の様な容姿の少女。
豪奢な赤いドレスに身を包んだ幼い王国の秘宝。
その姿はひと目で鮮烈に人々の心に強く印象を残すだろう。
プラチナブランドの艶めく豊かな髪とエメラルドそのものの輝く大きな瞳は正に生きた宝石。
「少し地味ね。
まあ良いわ。今度はひと月で辞める様な無様な事は無いのでしょうね?」
12歳の麗しの主人(あるじ)ベアトリーチェ・エルミア・グランディアが、デイジーを頭の先から足の先までジロジロと不躾に見てから、ニヤリと口の端を持ち上げた。
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