少女の行く末⑤

 ヒメちゃんが家を出てからあまり時間は経っていなかったようだけれど、流石に玄関から出てすぐにヒメちゃんの姿を捉えるのは無理だった。


「手分けして──」


 リコや眞弓を一人にして良いのか。またその疑問が頭を過ぎる。けれど、リコの言う通りにヒメちゃんにが関係していると言うのなら、真夜中に姿を消した彼女の方こそ一人にはしたくない。焦る中、眞弓が吸血鬼に襲われた時のことを思い出して、頭がズキンと痛んだ。

 助けを求める眞弓、それに何もできなかった自分。

 その時の後悔は、泥のように僕の心の深いところに溜まっている。

 

「こっちの方、うっすらとだけど、前にあの子から嗅いだのと同じ匂いがするんだよね」


 リコが別れ道の片方を指差す。


「そっちはリコに任せた」


 僕は咄嗟にそう言ってから、リコとお互いの連絡手段がないことを思い出す。今居る家を見つけようとした時もそうだったけど、スマホがないとこういう時に不便だ。


「ヒメちゃん見つけたら様子見て。あ、影に入るのは?」


 リコはフルフルと首を横に振った。


「あれは契約者か獲物の影じゃないと無理。あの子はどっちでもないから」

「じゃあ、えっと」

「そいつの匂いなら分かる」


 リコが今度は僕の隣にいた眞弓を指差した。眞弓はリコを睨み付けたが、僕が眞弓とリコの間に入る。


「わかった。じゃあ、何かあったら眞弓の匂いを追って合流、ヒメちゃんの場所を僕に知らせて」

「りょーかーい」


 リコは小さく敬礼の仕草をして、匂いのするという方向に走っていった。流石にフットワークが軽い。


「行こう」


 僕は眞弓の手を取って、リコとは別の方角に走り出した。リコが追っているのはヒメちゃん自身ではない。まずは彼女を見つけて様子が確認できるのが一番だ。リコか僕らのどちらかが、ヒメちゃんを見つけられたなら良し。もしも今夜見つけ出せなかったのなら、また彼女が外出する時にリコをつけるか、それとも──。


 ──ヒメちゃんが戻ってこなかったら。


 僕らのことに嫌気がさして出て行ったというなら、それで良い。けれど、ヒメちゃんが何らかの形での犠牲になる未来は考えたくない。やはり、今見つけ出さなくては。


 けれど僕も眞弓もヒメちゃんらしき人物を見つけられなかった。少し歩けば、夜も多くの人通りのある新宿の街真っ只中だ。時間が過ぎれば過ぎる程、今夜の追跡は困難──いや、不可能になる。僕がそんな風に焦りを感じていたその時だった。


「いたぞ」

「どこ!?」

「あそこだ。」


 眞弓が立ち止まり、目の前を指差して僕の手を引いた。確かに眞弓の指差す方向には、何人かの人影が見えた。けれど街灯に照らされる街中でも、遠くを歩いている人影は見えてもその顔までは僕には見えない。


「叶斗」

「うわ」


 背後から話しかけられ、大声を出しそうになった僕の口を、その背後にいた人物から咄嗟に塞がれた。


「静かに」


 僕が頷くと、拘束が解かれる。振り向くと、そこにいたのはリコだった。リコは小さく手を振り、僕にニコリと笑うと眞弓が指差したのと同じ方向を見る。


「リコがいるってことは」


 僕の言葉にリコが頷いた。


「匂いを追ってたら、見つけられた。あの子、匂いの中心のところにいる」


 僕も二人が見ている方向に目を凝らしたが、僕の目ではヒメちゃんを捉えられない。けれど、二人がそういうなら行こう。僕らはお互いに頷き合い、走り出した。眞弓とリコが二人同時に足を止めたところで僕も立ち止まる。


「ここに入って行ったな」


 眞弓が小路に立ち並ぶ小さなビルの一角を見上げる。僕はすぐさまそのビルの入り口に手を掛けたが、鍵が掛かっていた。


「リコ、お願い」

「おっけー」


 リコはとぷん、とビルの明かりに照らされてできていた僕の影の中に入る。それから以前、あの人の家に侵入した時と同じようにして、影伝いにビルの中に現れた。リコはガラス張りの扉を内側からガチャリと開ける。僕ら三人とも、出来るだけ静かにビルの階段を登っていく。僕にはヒメちゃんの居場所がわかりようもないので、二人に先導してもらってビルの五階まで登ってきたところで、リコと眞弓の二人とも僕の手を引いて、ビル内の一室の扉の前まで連れて来た。


「話が違います!」


 耳に届いたその声に、僕は思わず目を見開く。

 閉じられた扉の向こう側から聞こえたのは間違いなくヒメちゃんの声だった。ヒメちゃんの声と、その話し相手のボソボソとした声が聞こえるが、何を話しているのか分からない。このまま扉を開けてヒメちゃんを連れ出すべきか? ヒメちゃんが一体何の為にここに来て、話をしているのかがわからない今、迂闊に割って入るべきではない気もする。


「イヤッ!」


 けれど、そんな思惑はヒメちゃんの悲鳴を聞いて、すぐに掻き消えた。


「眞弓!」

「言われるまでもない」


 眞弓は乱暴にドアノブ部分を蹴り上げる。眞弓の力でドアノブがバキッと大きな音と共に外れ、金属の扉が歪む。僕とリコとで扉に体当たりをすると、ドアが勢い良く開いた。


「──叶斗さん?」


 扉を開けて現れた僕と眞弓を見て、ポカンとした顔でヒメちゃんが固まっていた。ドアの向こうには彼女以外に男が三人いた。そのうちの一人には見覚えがある。ヒメちゃんが路地裏で男二人に絡まれていた時に、眞弓がぶっ飛ばした方だ。


「お前ら……ッ!?」


 その男が驚いた顔で素っ頓狂な声を上げて、僕らの方に歩み寄る。けれど、そいつと一緒にいた男がその肩を掴んだ。


「よせ。手間が省けた」


 ボソボソと小さく、低い声。けれど、重厚な楽器のように部屋に響くその声に、僕は一瞬ぞくりと体を震わせた。この感覚には、何故だか覚えがある──。


「こいつだ」


 僕の隣で、眞弓が呟いた。リコも眞弓の言葉に頷いて、僕を庇うように、僕の目の前に手を広げた。


「こいつだ。間違いないよ。その子から匂っていた

「……え」


 強い口調で言うリコの言葉に戸惑う僕を見て、男はニヤリと口元を歪めた。

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