夢魔の搾精、彼女の吸血
朝起きて、三人でラブホの部屋を出た後、僕らは周辺での聞き込みを始めた。
期待はしていなかったけれど、眞弓の元の人格は結局表には現れず、僕は少しだけ肩を落とした。
昨日の眞弓とリコの様子を見ていて、眞弓もリコもそこまで遠くに行かなければ、単独で行動させても良いのかもしれないと思ったが、今の僕らにはお互いの居場所を伝える通信手段がない。手分けできればそれが一番ではあったが、土地勘のない街で迷って合流できなくなるのは避けたかった。仕方なく今日も三人一緒に行動だ。
真上忠次という名前を聞いたことがないか。最近ここいらで悪魔祓いや除霊師を名乗る商売を始めた人間はいないか。尋ねたのはその辺りだ。最初のうちはあまり手掛かりが得られなかったが、リコが当たりをつけた通りにあった焼き鳥屋の店主が「近所への挨拶」ということでその名前の人物から渡されたという名刺を持っていた為、あの人の引越し先は案外、あっさりと見つかった。焼き鳥屋から歩いて3分程の場所にある一戸建てだった。しっかりと玄関に真上の表札と“真上事務所”の看板が掲げられていた。玄関のインターホンを鳴らすが、返事はない。
「失礼します。僕です。叶斗です」
せっかくあの人の新居を見つけたものの、返事はなく、ここもまた留守番にしていた。
「どうしたらいいかな」
「どうもこうもあったものではない。奴が今いないというのであれば、また日を改める他あるまいよ」
それはその通りだ。僕は眞弓の言うことに頷き、その日は一度あのホテルへと戻った。ホテルの部屋に改めてチェックインするや否や、それまで静かにしていたリコが無言で僕のズボンをずり下ろしてきたのを見て、眞弓がリコの腕を掴んで暫く睨み合いの状態になった。最終的にリコの方が眞弓から目を逸らし、溜息をついた。
「あんたもあたしも食事は必要。お互いに譲り合うこともない。それぞれ好きにしたら良い」
リコはそう言って、僕の股間に顔を近付けて、もう慣れた様子で僕の性器を咥えた。リコがそうすると、体全身に電撃が走り、どれだけ疲れていようが、どれだけ他のことに気を取られていようが、咥えられた性器は勃起する。改めてサキュバスの力の馬鹿馬鹿しい出鱈目さを感じる。眞弓はそんなリコに舌打ちをした後、僕の背後に回った。
「眞弓?」
「黙れ。貴様に拒否権はない」
言って眞弓は立ったままの僕の脇の間に腕を通し、羽交締めの形にしながら、首筋に歯を当てた。背後からの吸血は初めてだったせいか、妙にぞわぞわとした感覚に襲われる。
「……あれ?」
眞弓が僕の首筋に歯を当て、血を吸い始めるが、どういうわけか、普段よりも痛みがなかった。
──リコが僕に触れることによる体の痺れが、一種の痛み止めのようなものになっていたようで、血と精を同時に奪われる疲労を心配していた僕としては少しだけ助かる発見だった。首筋にちょうど良い痛みを感じながら、僕は体を震わせて絶頂する。
「んま」
「ぷはぁ」
眞弓とリコが、ほぼ同時に口を僕から離す。首元の唾液と、下半身から垂れる自身の体液を僕はハンカチとティッシュで拭う。吸血と射精とが、同時に行われたことで僕は流石にふらついた。一瞬、ふっと意識が飛ぶ。そのまま僕は床に寝転んで、呆然としたまま目を瞑った。
🌒
次の日、また次の日とあの人の家を訪ねたが、反応はなかった。僕達は改めて近所に聞き込みをしたが、この家の住人を最近見かけているという人は一人もいなかった。もしかしたら、こちらの家も長い間、留守にしているのかもしれない。一週間程、あの人の家を訪ねても返事がなかった。
それで僕と眞弓、それにリコの三人で真夜中にあの人の家に行き、こっそりと忍び込むことにした。玄関の鍵は締まっていたが、リコから提案があった。
「中に人、いないんでしょ? だったらあたし、多分中入れるよ」
リコが何を根拠にそんなことを言っているのかわからず、僕と眞弓はお互いの顔を見合わせた。リコはそんな僕らを見て、嘲笑うように鼻を鳴らした後、その言葉の意味を端的に示してくれた。
「うわっ」
リコが目の前でやってみせたことに、思わず僕は声を出してしまい、慌てて口をつぐんだ。
──今、リコは僕の目の前で、僕の影の中に入っていなくなったのだった。
僕が目の前で行われた不可思議な現象に、何度も瞬きをしていると、今度は反対に僕の影の中からズズズ、とリコが再び姿を現す。
「そ、そんなことまで出来るの?」
「吸血鬼……魔の名は伊達じゃない。ただの血を吸う蚊じゃないのは、君も重々わかってる、でしょ?」
それは確かにリコの言う通りなのだが、だとしてもやはり普通では考えられない現象を目の当たりにしてしまえば面食らうのは当然だ。
僕は深呼吸をして気持ちを落ち着け直した後に、リコに改めて向き合った。
「わかった。リコ、お願い」
「もっちー」
リコが僕の影の中に潜んだ後、僕があの人の家の玄関の前に立つ。すると、リコは影を伝って玄関の向こう側から姿を現すことができ、リコが内側から鍵を開けて僕らを招き入れる、という寸法だ。人が立ち入っただけで作動するようなセキュリティがないとも限らないが、そういくのはあった時に考えることにした。
手筈通り、僕はあの人の家の玄関の前に立つ。すると、すぐにガチャリと扉の鍵が開く音がして、玄関の戸が開いた。
「問題なし。成功ー」
扉の向こうに、リコがいた。こうして実際に目にしても信じられないイリュージョンに、僕は少しだけ呆けてリコの顔を見つめた。リコはそんな僕の顔を見て、くすりと笑うと、両手で僕の頬を挟み、口付けをした。これが初めてでないのに、またも一瞬の出来事に反応し切れず、気付けばリコの舌が僕の口内に侵入する。ビリビリと痺れが来てすぐにリコは僕の口から唇を離す。唖然とする僕の口元に垂れる涎をリコは指で拭き取って、そのままパクリとその指を咥えた。
「君の為にやったんだから、そういう時はちゃんとご褒美が欲しいなあ?」
そんな風に悪戯っぽく笑うリコに、僕は多分、間抜け面を晒しながら小さく首肯した。
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