彼女の安全、あの人の行方①
家の中にはやはり、誰もいなかった。三人とも玄関をくぐったのを確認すると鍵を閉めて、電気をつけた。仙台の家と同じで電気は通っている、ということは長く留守にしているだけで、戻ってくる可能性もある。
「眞弓、リコ。部屋を探るよ」
けれど、今の僕にあの人を待つ余裕はなかった。まだニュースはチェックしきれていないが、流石に眞弓の両親の死体だってもう見つかっておかしくないし、僕の母親だって捜索届や何かを警察に出しているだろう。たとえ眞弓が元の人格を戻しても、もうかつてのようにはいかない。であるならば、今の僕らに有用な術が少しでもあるなら、この家で見つけたい。
「ふつーに不法侵入だけど」
「そこは気にしなくて良い」
「ふーん」
リコは楽しそうに笑うと、手でおっけーマークを作った。
「じゃあ、あたしはリビングの辺り探る」
「わかった。僕と眞弓は二階に行く」
そうして僕と眞弓、リコで手分けをして家探しを始めた。二階に上がってすぐにある扉の向こうには寝室があった。寝室にはベッドが一つ。クローゼットの中にはスーツやコートなど、生活に必要なだけの服が入っているだけで、特に気になるようなものはなかった。けれど、寝室の隣の部屋の書斎は探りがいがありそうだった。三方が本棚に囲まれていてそのどれにも所狭しと本がある。手に取ってみると、その殆どが吸血鬼や妖精、狼男にゾンビと、怪物に関係する書籍だった。解説書や小説から、僕では一見しては何を書いているのか読み取れない論文まで、色々な本がある。今全てを確認するのは無理なので、まずは部屋の真ん中より少し奥にあった木製デスクの中を調べることにした。けれど、デスクの引き戸には全て鍵がかかっていて開けられない。眞弓と一緒に壊して中を見ることも考えたが、不法侵入の上に器物破損と一気に罪を重ねるのは流石に気が引けて、やるにしても他を見てからにしようと思った。
最後に階段を登ったところから一番奥にある部屋──おそらく本来は客間──は、一目見て感嘆の声をあげてしまった。部屋の中にはガラスケースがいくつか置かれており、ガラスケースの中に仕舞われているのは西洋の剣や盾といった武器。押入れを開けても、短剣やナイフがある。基本的には刃物ばかりで、銃のようなものはなかったが、弓矢やボウガンなどの飛び道具の類もあった。
「すごいな」
「全て我ら魔を狩る為のものか」
「ガラスケースにしまってある奴とかもあるし、これだけあるとコレクションの意味合いもあるとは思うけど……。あ」
押入れのナイフや短剣に並んで、一本の武器が目についた。僕はそれを手に取って、じっと見る。
「それは……」
眞弓も興味深そうに、僕の持つ物を見つめた。
「わかる?」
「俺を眷属にせんとした愚か者を貫いた杭だ」
眞弓の言葉に、僕は頷いた。
吸血鬼の心臓を穿つ為の、無骨な鉄杭。
今の眞弓はこの杭を直接見たことはない筈だが、元の眞弓とある程度記憶を共有しているところもある。ちょうど、この杭の記憶はそうだったのだろう。それに、今の彼女の人格はあの人が殺した吸血鬼のものを元にしている。あの日、少しだけ見た傲岸不遜な吸血鬼。人を人と思わない、化物のエミュレート。それこそが今の眞弓だった筈だが、ここ最近の大人しい彼女を見ていると、そんなことも忘れてしまいそうではある。
「これがその時と同じものかはわからないけど」
けれど、間違いなく同種の武器ではあると思う。僕は悩んだ末に、その鉄杭を部屋から持ち出した。リコをどうするか、というのもこの家に来た目的の一つだ。今、僕がリコと契約しているのは、彼女が他の人間を襲わない為の応急手段のようなもので、根本的な解決とは言い難い。今は気まぐれで僕らに協力してくれている彼女が、また気まぐれで人を襲うようになった時、対抗手段は必要だ。僕はその鉄杭を自分の鞄の中に入れて、部屋を出た。器物破損こそ免れたが、不法侵入に窃盗を重ねてしまった。
二階にあった部屋はその三つ。書斎はまた改めて調べるとして、一度リコと合流しようと僕は眞弓と一緒に階段を降りた。
「そっちはどう?」
リコは一階のキッチンで冷蔵庫を開けているところだった。リコの背中越しに見える冷蔵庫の中には、ビールやらの酒が入っていたが、それ以外には何もない。リコは冷蔵庫を閉めて、くるりと僕の方を振り返った。
「そうねー。なんというか普通の家って感じ。あ、でもパソコン見つけた」
「ホントに?」
もしもあの人の仕事用のパソコンなら、あの人が今どうしているのかの手がかりがそこから掴めるかもしれない。そう思い、リコに案内されるままにリビングに向かった。リビングには逆に対応する為なのだろうテーブルと、その両側に置かれたソファがあり、テーブルの上にノートパソコンが置かれていた。僕は早速パソコンを開いて、電源を立ち上げたが、パスワードを要求されてしまい、お手上げとなった。そりゃそうか。よく考えたら当たり前だ。
「ダメかー」
「そっちは何か良いのあった?」
パソコンから手がかりを探れなさそうなことにガックリと肩を落とした僕に、リコがそう尋ねた。
「書斎と武器の保管室みたいなところがあったよ」
「うわー、おっかない」
リコは大袈裟に自分の肩を抱き締めて、ブルブルと震える演技をした。
「書斎は本がいっぱいで、そこは探り甲斐がありそうだったけど、そうだな」
僕はリビングの窓から外を見る。真っ暗闇の中、星明かりと街灯の光が窓から漏れ入っている。
「ホテルも出払っちゃったし、今日はこの家に泊まらせてもらおうよ」
「あはっ」
僕の言葉に、リコは楽しげに笑った。
「君はあれだね、そういうとこ思い切りが良いよね? うん、嫌いじゃないよ」
「別に。ホテル代もかさむしさ。ただ、今の自分達に余裕がないだけ」
「ベッドは?」
「二階に寝室があったけど、ホテルのよりは流石に狭い」
「問題ないっしょ。ね、あんたもそう思うよね?」
リコに話しかけられて、眞弓は不機嫌そうに舌打ちする。
「俺は何でも構わん」
「じゃあホテルと一緒でいーじゃん。寝よ寝よ」
「言っとくけど、すぐ寝るからね」
僕はさっきのリコのことを思い出す。玄関の鍵を開けてすぐに僕に口付けして、力を吸っていった彼女のことだ。油断していれば、また何を要求されるか。それに、リコも眞弓ももう今夜の食事はホテルで済んでいた。夜も遅く、正直なところ、かなり眠い。そんな中でこれ以上、血と精を吸われては身が持たない。
「分かってるー」
リコはそう言って、僕と眞弓を置いて一人で階段を登っていった。眞弓はそんな彼女を見ながら鼻で笑った後、僕の顔を見上げた。
「何?」
「案ずるな。あの夢魔が貴様にまた何か不意を打とうものならば、俺がキツくお灸を据えてやるわ」
「……ありがとう」
眞弓の言葉に、僕は胸を撫で下ろした。彼女がリコから僕を守ってくれるという発言そのものよりも、彼女が今、思っていたよりも遥かに攻撃的でないその事実に。
──けれど、そうなると益々、元の眞弓に戻る必要が、彼女の中ではないんじゃないのか。そう思うと、複雑な心持ちになる。僕はぶんぶんと頭を振って、そんな気持ちと眠気をその時だけ吹き飛ばして、また眞弓と二人で、階段を登って二階へ向かった。
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