僕は彼女に愛を望む
しっかりと三人で食事を摂った後、僕は眞弓に血を吸わせた。眞弓はゆっくりと僕の首筋に噛み付き、静かに血を吸った。昼間といい、今回といい、今日の眞弓は吸血衝動をある程度我慢できている様子だ。眞弓が両親の血を吸った後、僕は彼女の暴走を恐れたけれど、この分であれば、四六時中彼女の側についている必要もないのかもしれない、と思う。とは言え、油断は禁物だ。そうやって安心して眞弓と離れた時に限って、眞弓が誰かを襲わないとも限らない。僕がリコに気絶させられている間、眞弓が吸血衝動に耐えられたのは、奇跡だと思った方が良いだろう。
僕の血に既に混ざっているリコの血が、彼女にも影響を与えていたりするのだろうか?
それも分からない。リコの血の混ざった僕を吸血したのは、彼女が衝動を抑えていた後だ。関連性はあまりないようにも思うけれど、僕にはそれを判断できない。
各々の食事を終えて、僕達三人は同じ布団の上で横になった。僕を挟んで眞弓が左側、リコが右側に寝る。リコは布団の上で横になりながら、僕の腕に抱きつこうとして来たが、眞弓に一睨みされて、渋々その手を離した。
僕も彼女に心を許すのは危険だと頭では分かっている。ただ僕は契約に従ってとは言え、もう二度もリコに性器を咥えられ、精を搾り取られている。あまりに無防備な急所を、リコはいつでもどうにでも出来た。それにも関わらずにサキュバスとしての食事に専念していた彼女への警戒心が、僕の中で次第に薄れていることも確かだった。自分の中では否定しがたい、彼女に対して魅力を覚えている感情を、僕は眞弓のことを想うことで振り払うのがやっとだった。
眞弓からの吸血は大きな苦痛を伴う。けれどリコが僕にする行為は反対に、快楽を伴うものだ。それも否定できない事実であり、理性と感情の狭間で、僕は懊悩する。
眞弓の様子が安定してきているのは喜ぶべきことだが、元の眞弓が顔を出す気配はない。そのことをずっと気に病んでいたから、目を瞑ってしばらくして、目の前に現れた眞弓が、夢なのだということにはすぐ気付いた。
「叶斗……」
夢の中で、眞弓は僕に抱きつく。吸血とは関係なく僕にくっつく眞弓を、僕も抱き返した。夢なのだとしても、僕は彼女を無碍にはできない。
「ねえ、叶斗。私、君と一つになりたい」
眞弓の手が、すうっと僕の胸の辺りを撫でた。僕の体がゆっくりと押し倒されて、眞弓は服を脱ぐ。肉付きの良い、健康的な体躯が僕の目の前に現れた。すらりと細く白い指先と腕、それに柔らかく揺れる彼女の剥き出しの乳房。僕はそれを見て、唾を飲む。
「だから、ね?」
眞弓はじっと僕の目を見る。それからにこりと僕に笑いかけると、僕の腹に腰掛ける。眞弓は躊躇うことなく、僕に口付けをした。ピリピリとした痺れるような感覚と、お互いの舌が絡まり合って蕩けるような感覚が混ざり合って、夢の中だけれど更に意識が朦朧としてくるような気がした。そんな曖昧模糊や意識しかない夢の中で、僕は彼女を抗うことなく受け入れる──。
「──リコだろ」
眞弓と僕の腹が触れ合い、冷んやりとした心地の良い感覚を覚えたその時、僕の口からそんな風に言葉が出た。
「……わかっちゃった?」
「何となく」
僕の目の前から、眞弓が風に流される砂のように消えていく。その代わり、そこにはさっきまでの眞弓の幻と同じように、裸で僕に腰掛けるリコがいた。
「サキュバスってのはこういうこともできるの?」
僕の問い掛けに、リコはまた笑いかける。
「というかこっちが本懐? 人の望む姿で夢に現れて、精を搾り取る」
確かに、サキュバスと言えばそんなイメージはあるような気がする。思えば、最初にホテルでリコに襲われた時も、僕は眞弓の夢を見ていた。
「……これは必要なこと?」
後もう少しで、眞弓の姿を被ったリコと僕とが、完全に繋がるところだった。それは抗い難い誘惑かもしれないけれど、相手が本物の眞弓ではなく、別の誰かだというのなら、僕はそれを望まない。
「勿論──と言いたいところだけど……。あは! ここで嘘つくのも馬鹿馬鹿しいや。夢を魅せて、二人で一つになるのはサキュバスにとっては手段。既に君から食事はもらってる。これ以上のものは必要ない」
「そう」
僕は夢の中で、リコをどかして起き上がる。リコは裸のまま、残念そうにその場で仰向けに倒れた。
「別に良くない? 怠惰に淫らに交わって。なんなら、態度の大きいあいつも入れてさ。行くあてないんでしょ? なら、その方が楽しいよ、きっと」
「良くない」
ダメなものはダメだ。眞弓との関係も、リコとの関係も、ただでさえ常軌を逸しているものだ。だから、なし崩し的に何でも認めるわけにはいかない。それが僕以外には意味をなさない、僕の中で、僕の決めたルールに過ぎないとしても。
「今でも、ちんこを女の子に放り出して情けない姿を晒してるのに」
「リコ。ごめん。僕はあくまで、契約に従うだけだから」
「絶対に?」
僕は頷く。
僕達は罪を犯した。人を殺して、それを認めず、逃げている。あまりに愚かで、あまりに無責任な道を選んでいる。その自覚はある。それでも、自分にだけは嘘をつきたくない。それがどんなに滑稽な姿なのだとしても。
リコは眉間に皺を寄せて、仰向けのまま駄々っ子みたいに床に両拳を叩きつけた。僕はそんな彼女を見ながら立ち上がる。
気付けば、目の前は薄汚い安ラブホの宿泊室に戻っていた。僕は未だ、ベッドの上で横になっている。リコの見せていた夢から目覚めたらしい。リコは部屋の真ん中で裸になって、仁王立ちで僕を睨みつけていた。起き上がった僕を見て溜息をついた後、ベッドの上に落ちていた下着を乱暴に手に取ると、自身に身に付けた。ふと自分の下半身を見ると、ズボンがずり下げられていた。夢と現実は、完全に乖離していたものでもなかったらしい。僕は腰を少しだけ持ち上げて、ズボンを履き直した。僕の隣では、眞弓がまだ眠っている。上下共に下着を身につけた眞弓はベッドの上に飛び乗って、僕の隣に横になった。
「そのまま寝るの?」
夢の中ではああ言ったけれど、下着姿の女の子が隣にいるまま眠るのには抵抗がある。
「知らない」
リコはそれだけ言って、僕に背を向けた。僕は仕方なく、リコにも布団を掛け直して改めてベッドの中で天井を見つめる。
「さっきみたいのは、もうなしだよ?」
僕が言うと、リコは僕に背を向けたまま、コクリと首を縦に振った。僕もリコから背を向ける。必然、そこには眞弓の寝顔があった。以前のホテルでもそうだったけれど、もしかしてリコの方が魔としての力が強いのか、眞弓は起きることなく、ぐっすりと寝入ったままだ。小さく寝息も聞こえる。その寝顔を見て、少しだけ心拍数があがる。元の眞弓は戻ってこない。彼女と話したい。夢の中で、リコに見せられた偽物と話したせいで、そんな気持ちがふつふつと湧き上がった。彼女と話せない以上、眞弓との結びつきも契約による吸血だけだ。そうでないと、筋が通らない。
──けれど、これくらいは許されてくれ。
僕は眞弓の額に口付けをした。本当に、軽く唇を当てるだけのキス。本当なら、彼女に吸血される時のように強く彼女を抱き締めたい。僕はそんな気持ちを胸の内にしまって、ぎゅっと目を瞑ったが、当然すぐに寝ることはできず、背後から聞こえるモゾモゾと動く衣擦れの音と、眞弓の寝息を聞きながら、そのままひたすら静かに、自身の意識が溶けるのを待った。
彼女は僕の血を喰らう。 宮塚恵一 @miyaduka3rd
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