彼女と僕は共に過ごす①
タクシーから降りると、僕達は二人でホテルに入った。受付で宿泊の手続きに、年齢や身分確認を強制される可能性にそこで初めて思い当たりドキドキしたが、幸いなことに何事もなくチェックインすることができた。金ならあるのだ。手続きさえできれば何も問題ない。
「疲れた」
部屋に入るなり、僕は思わずそう呟いた。さんな僕の後ろから、眞弓はずかずかと尊大に大股で歩き、ベッドの上にドスンと座る。
「して、どうするのだ」
「ちょっと、ちょっと待って」
僕は眞弓に向かい合うように床に座った。そんな僕を、眞弓は見下ろす。
先程まで、彼女も僕の横で疲れ果てて眠っていた筈なのだが、そんな様子は微塵も感じさせない。眞弓の顔を見て、僕は改めて自分達の現状を思い知らされる。眞弓は「この子の意識がもどらん」と言っていたが、よくよく考えれば、未来永劫そのままと決まったわけじゃない。今はたまたま、元の眞弓の意識が眠っているだけ。もしかしたら、ここで一夜明かしたらその時には何事もなかったかのように、元の眞弓が目覚めるかも──。
──だとしても、何も変わらない。
眞弓が己の手で両親を手にかけた事実も、そこから逃れる為に僕が手を貸していることも。眞弓の両親の遺体は、遅かれ早かれ警察に見つかるだろう。その遺体の様子を見れば、連続殺人犯の仕業だと思われる筈。眞弓と僕の失踪は不思議がられるだろうけれど、犯人と疑われることもない筈。今はそう思うしかない。
僕は自分のスマホを確認する。着信履歴を見て、僕の胸が痛んだ。両親から、何度も電話がかかって来ている。
『心配させてごめんなさい。僕は大丈夫。また連絡します』
僕はお母さんにそれだけメッセージを送って、スマホの電源を切る。それからホテルの部屋にあったシャープペンを使って、SIMカードを抜き取った。スマホにSIMカードを入れたままにしていると、位置情報がわかることもあると聞いたことがある。真偽は知らないけれど、少なくともしばらくの間は、家族や友達、知り合いとの連絡は絶った方が良いと思った。僕はSIMカードを見つめる。ブルブルと腕を震わせながら、そのまま親指と人差し指を使ってカードを折り曲げた。パキン、と小さな音が鳴り、カードが真っ二つになる。僕はそれを部屋のゴミ箱に捨てた。スマホをWi-Fiに繋げれば、まだ連絡はできるし、完全にスマホが使えなくなったわけじゃない。それでも、たったこれだけのことで何か一線を超えたような気持ちになり、僕の体はまた震えた。
「眞弓」
「……」
僕は眞弓の名を呼ぶ。眞弓は尊大に胸を張っている。だが同時に、自分がその名で呼ばれることに、彼女は居心地の悪さを感じてもいるようで、何度も脚を組み替えて、僕と部屋の天井とで何度も交互に視線を動かしていた。
「良いのか」
「何が」
「貴様は俺を眞弓と呼ぶが、俺は──俺は違う」
そして遂にそう口にした。彼女はそう言うや、口を固く閉じて床に座る僕を見下ろす。僕もそんな彼女を見つめ返す。
「何て呼んだら良い」
「俺は俺だ。呼び名は必要ない」
「……なら、眞弓で良い」
僕はそうボソリと返す。眞弓は尚も困惑する表情を隠し切れていない。たとえ尊大な吸血鬼の人格を模しているのだとしても、彼女の人格は眞弓の中から出てきたものだ。
「勝手にしろ」
眞弓はそう言うと、目を瞑って腕を組み僕を見つめ直した。その眼には、先程までの困惑は浮かんでいない。自分でも、さっきまでのはとんだ醜態だとでも思ったのかもしれない。
「ここまで貴様の言う通りに来たが、これからどうする気だ」
「そうだね」
眞弓に尋ねられ、僕は再度頭の中を整理する。やることは決まっている。自分でも思った以上にパニックになっていないのが不思議だ。
「あの人の家に行く」
僕は自分の首にかかるペンダントを持ち上げた。
「僕にこのペンダントをくれたあの人の家に」
「魔を狩る者か」
「うん」
彼の家に行けば、何か突破口が掴めるかもしれない。眞弓に人間を殺させないという約束を破ってしまったことは不安だ。あの人がまだ生きているのだとしたらもしかして、あの人は今度こそ眞弓を駆除対象として殺すかもしれない。けれど、今の僕にそれ以外の選択肢は思い浮かばなかったし、今の僕達には目的が必要だった。
「場所は分かるんだな?」
「分かる……いや、あの人と連絡は取れてないから、あの人が家にいるとも思えないんだけど」
少なくとも、何かあれば足を運べとは言われている。今は間違いなく、何かあればの何かだし。
「俺は構わん。貴様の思うようにしろ。だが、俺を少しでも傷つけようとでもしてみろ?」
眞弓はベッドから飛び降り、より高い位置から僕を見下ろした。僕も、彼女の目を見る為に、顔を上げる。
「その時は、貴様もただでは済まさん」
「そんなことしない」
「……ならば良い」
眞弓は大きく鼻息を吐いた。それからツカツカと部屋中を歩き回る。眞弓はシャワールームの存在に気がつくと、改めてくるりと僕の方を見た。
「血の匂いを洗い流す」
「うん。先に入ってて良いよ」
「……ふん」
眞弓はシャワールームの扉を勢い良く閉める。僕はそこで大きく溜め息をついた。
「あ、あれ?」
部屋の中で一人になったことで、何か緊張のタガが外れたのだろうか。僕の頬を、涙が伝った。
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