【11】渡会恒
彼は〇〇県外から来ているらしく、日埜建設の持ちビルの一室を事務所として提供されているとのことだった。
鏡堂たちが事務所を訪れると、渡会は松木や黒部と違って、愛想の好い態度で二人を迎えてくれた。
鏡堂たちが身分を名乗って来意を告げると、
「刑事さんたちも大変ですね」
と甲高い特徴のある声で言いながら、渡会は二人に席を勧め、自分も正面のソファに腰を下ろす。
「早速ですが、渡会さんが<靜〇川リゾート>のデザインを担当されることになったのは、日埜建設からの推薦だとお伺いしていますが、間違いありませんか?」
「正確には<靜〇川南岸地域リゾート>ですけどね」
鏡堂の質問に頷きながら、渡会は彼の言葉を訂正する。
――かなり几帳面で神経質な性格だな。
彼の言葉を聞きながら鏡堂は思った。
「私を推薦して下さったのは、
彼は大学の研究室の後輩なんですが、学生時代から付き合いが続いていたんですよ。
そのご縁で、今回の計画が持ち上がった時に、真っ先に私に声を掛けてくれたんです。
それがあんなことになってしまって、本当に残念です」
そう言いながら渡会は、少し顔を歪めて刑事たちを交互に見た。
「もし差し支えなければ、今回の計画についてお聞かせ願えませんか。
何か事件との関連性が見つかるかも知れませんので」
鏡堂の要望に、渡会は嬉しそうな顔をする。
表情が豊かな男だな――と鏡堂は思った。
「今回のリゾートのテーマは、<未来と自然の調和>なんです。
近代的な娯楽施設をただ集めただけのものでもなく、かと言って自然の中に客を放り込んで、後は勝手に楽しんで下さいというようなものでもない、両方の特徴を兼ね備えた画期的なプランなんですよ」
渡会が熱弁し始めたのを見て、鏡堂たちは彼の言葉を遮らないよう沈黙した。
「幸い候補地となった靜〇川南岸地域は、豊かな自然に恵まれていますので、その中に近未来的で、様々な役割を持つ建築物を配置し、周囲の自然とシンクロさせながら、バランスの取れたリゾート空間を構築するというのがコンセプトです。
今回の計画に含まれるカジノ誘致が世間の脚光を浴びていますが、カジノもリゾート空間を構築する一つのパーツに過ぎないんです。
各パーツを繋ぐ導線も、空間を構成する要素に含まれます。
要は全体のバランスが重要なんですよ。
だから私は、個々の建築物のデザイン以上に、リゾート空間全体の中での配置に心血を注いでいるんです」
そこで渡会が言葉を切ったのを見計らって、鏡堂は質問を挟んだ。
「松木さんから伺ったのですが、渡会さんの設計の一部が、嵯峨議員からの指示で変更になるとか」
それを聞いた渡会の表情が、一瞬歪んだことを鏡堂は見逃さなかった。
「ええ、高遠さんという風水師の助言で、リゾートホテルの位置を、私の案から西南に移すことになりました」
「だとすると、渡会さんとしてはかなり不本意だったんじゃないですか?
今のお話を伺う限り、ご自身のプランに自信をお持ちのようにお見受けしますが」
鏡堂からの突っ込みに、渡会は卑屈な笑顔を浮かべた。
「もちろん私としては、自分のプランに自信はありますが、何と言っても嵯峨先生の指示を受けたクライアントからの要望ですから。
それに沿ってプランを再構築することに、何の拘りもありません」
鏡堂はその言葉を聞いて、嘘だな――と感じた。
渡会の言葉の中に、自分のプランに対する強い執着を感じていたからだ。
しかし彼はそのことは
公聴会で発生した、二酸化炭素中毒の状況に関する渡会の説明は、先に松木や黒部から聞いていた内容と合致するものだった。
「渡会さんも中毒を起こされたとお聞きしていますが、症状はいかがでした?
かなり酷かったんですか?」
「幸い私は軽傷で、すぐに回復しました。
軽い眩暈と吐き気を覚えたくらいで済んだんです。
でも亡くなったお二人は、お気の毒でしたね」
「そのことなのですが、亡くなったお二人はリゾート開発に反対の立場だったとか。
そのことで、渡会さんや開発推進派の方たちとの間で、軋轢はなかったんでしょうか?」
「そうですね。
全くないと言えば嘘になるんでしょうが。
あ、最初にお断りしておきますが、私は単なる建築デザイナーですので、直接反対派の方たちと接触があった訳じゃないですよ。
あの会場で、初めてお会いしたんですから。
それに亡くなったお二人は、リゾート開発自体に反対していたんじゃなくて、計画の修正を主張していたと、お聞きしています。
確か遺跡の候補地の保全と、カジノ導入の中止というのが、それぞれの主張だったんじゃないですかね。
こういう大掛かりな事業に反対運動は付きものなんですが、公聴会を開いてお互いの意見を聞こうというくらいでしたから、かなり穏健な方じゃないですかね。
少なくとも、あんな風に殺される理由には、ならないと思いますよ」
渡会の答えを聞いた鏡堂は、次の質問に移った。
「それでは爆発事件について、お伺いしたいと思います」
その後の爆発前後の状況についての質問についても、渡会が答えた内容は、松木や黒部の答えと一致していた。
「爆発があった瞬間、渡会さんは咄嗟にしゃがみ込んだそうですね。
ああいう状況での対応としては、かなり適切だと思うんですが、訓練のようなものを受けられたことがあるんですか?」
鏡堂の質問に対して、渡会は照れ笑いを浮かべる。
「いえ、単に臆病なだけです。
何しろ大きい音が苦手なもので。
お恥ずかしい限りです」
「いや、そのくらいの方が、何かあった時に身を守れていいと思いますよ。
それでは最後にもう一点だけお訊きします。
渡会さんは、嵯峨議員の事務所にある変わった形の像を憶えていらっしゃいますか?」
「ああ、黒部先生が中国のお土産で、嵯峨先生に贈られた物ですね。
よく憶えてますよ。
確か虎に翼が生えたものじゃなかったですかね。
それが何か?」
「黒部さんがその置物を贈られた時に、渡会さんもその場にいらっしゃったとお聞きしたものですから。
ただ、松木さんにお伺いしたら、憶えていないと仰ってたんですよ」
鏡堂の言葉に渡会は首を傾げた。
「おかしいですね。僕もですけど、松木さんも手に取って繁々と見ていましたよ」
「そうなんですね。
じゃあ、忙しくて忘れたのかも知れませんね。
さて、本日お訊きしたいことは以上です。
ご協力ありがとうございました」
そう言って鏡堂は席から立ち上がると、天宮を促して渡会の事務所を後にした。
「松木さんは何故、あの像のことを知らないと仰ったんでしょうか?」
運転席についてシートベルトを絞めながら、天宮は呟いた。
「お前もそのことが気になるか?」
鏡堂はそう言って少し考えたが、
相手は県商工会議所理事の
スピーカーモードにした電話から、数回の呼び出し音の後「もしもし」という、明らかに警戒するような声が聞こえてきた。
「県警捜査一課の鏡堂です。
お忙しいところ恐縮ですが、少しだけ電話のお時間いただけますか?」
「どんなご用でしょうか?
もうすぐ会議が始まるんですけど」
不機嫌さと警戒心が入り混じったような返事を聞いて、鏡堂はすかさず畳み込むように切り込んだ。
「お時間は採らせません。
先日お伺いした時に、嵯峨先生の事務所にある奇妙な像についてお訊きしたと思うんですが、あの時確か憶えていないと仰いましたよね。
ところがあの後、黒部議員と渡会さんから、松木さんがその像について知らない筈はないと伺ったんですよ」
その指摘に松木は沈黙する。
鏡堂は彼が再び言葉を発するのを待った。
やがて「ふー」という溜息が聞こえた後、松木の声がスピーカーから聞こえてきた。
「確かにあの時、憶えていないと言ったのは嘘です。
でも何であんなものに拘るんですか?」
しかし鏡堂はその質問には答えず、逆に質問を返した。
「何故、前回憶えていないと仰ったんでしょうか?」
その質問に一瞬間を置いた後、諦めたような松木の声が返ってきた。
「あの像を手に取った瞬間、物凄く嫌な感じがしたんですよ。
だからあれの話題には、出来るだけ触れたくないと思ったんです。
本当にそれだけの理由なんですよ」
「嫌な感じというのは、具体的にどのようなものだったんでしょう?」
「ちょっと表現しにくいんですけど、何か眼に見えないものに心を鷲掴みにされるような、そんな感じです。
違うかなあ。
でもそれが一番近いと思うなあ」
戸惑いながら話すその声には、真実味が籠っているように鏡堂は感じた。
「その時像を手に取って見たのは、松木さんだけでしたか?」
「いえ、嵯峨先生に勧められたんで、贈り主の黒部先生以外の、その場にいた全員が、手に取ったと思いますよ」
「これで最後です。
像を手に取った順序を憶えていらっしゃいますか?」
「何でそんなことを気にするのか分かりませんが、最初は私です。
次が渡会さんで、その次は日埜さんか出雲さんのどちらかですねえ」
「分かりました。
お時間頂いてありがとうございます」
電話を切った鏡堂は、運転席の天宮を見る。
「松木さんの話を鵜吞みには出来ませんが、像を手にした時に嫌な感じがしたという言葉には、何となく真実味を感じました。
それが嘘をつく正当な理由になるかどうかは微妙ですね」
その言葉に満足げに頷いた鏡堂は、彼女を促すように言った。
「さて、次は
時間も余りないから、出発しよう」
天宮はその言葉に頷くと、静かに車を発進させた。
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