【10】ブリーフィング
県警本部刑事部にある自席に戻った
彼らは事件捜査の合間に、度々二人でそういうブリーフィングを行う。
一つは天宮のトレーニングという意味合いがあり、また鏡堂が自分の考えを整理して再構築するということも目的だった。
通常二人の間のブリーフィングは、天宮が捜査の結果浮かび上がった事実に対する自分の考えを述べ、それに鏡堂がコメントする方法で行われる。
「先ず、
鏡堂の言葉に天宮は頷いた。
「では先ず、犯行方法という観点から見ていきたいと思います。
通常の環境では酸素中毒は起こり得ないという点で、澤村さんの事件は殺人事件と考えられます。
そして犯人は超常的な手段で、空気中の成分を操作することが出来る人物ということになります」
そう言って鏡堂を見ると、彼は肯いた。
「俺たちの間では、その前提で話を進めよう。
続けてくれ」
「その前提に立つと、公聴会の事件と爆破事件は、澤村さんの事件と同一犯による犯行と見なせると思います」
「
「死因がヒ素中毒だからです。
ヒ素は空気中に存在しないことを、〇〇大学の先生方から聴取していますので、犯行方法という観点では、連続事件からは除外されるのではないかと思います」
その意見を聞いた鏡堂は、「分かった」と言って先を促した。
「次に公聴会の事件ですが、澤村さんの事件と同様に、空気中の二酸化炭素を操作して、被害者周辺の濃度を上昇させるという方法を採ったと見られます。
当日は密閉された会議室内に、400人以上の人が密集していましたので、参加者の呼吸によって出る二酸化炭素濃度が、通常よりも高かったことも考えられます。
その結果、偶発的に中毒が起こったという意味です。
しかし過去の例を調べてみましたが、似た状況で中毒症状が起きたとしても、症状は軽く死亡に至る事例は見当たりませんでした。
やはり犯人が意図的に、被害者周辺の二酸化炭素濃度を急激に上昇させた可能性が高いと思われます」
「聴衆が興奮状態になったのはどう見る?
蘭花は<窒素酔い>とか言っていたが」
「酸素同様に窒素の分圧が高くなると、お酒に酔ったような症状が出ると仰っていましたが、それが偶然だったのか、犯人の意図したものだったのかは分かりません」
「分かった。
それで商工会議所の爆発事件も、同じ手口だとお前は考えているんだな?
根拠はあるのか?」
そう問われた天宮は一瞬躊躇したが、覚悟を決めたように口を開いた。
「その点についても、一昨日の夜、蘭花先生からお話を聞きました」
それを聞いた鏡堂は、一瞬顔を引き攣らせたが、すぐに諦めたように溜息をつくと、「続けろ」と彼女を促した。
「蘭花先生によると、空気中には微量のメタンと水素があって、それを大量に集めると、爆発させることが出来るそうです。
特に酸素の濃度も一緒に上げることで、引火性と爆発力が増すと言っておられました。
そしてメタン、水素、酸素に共通の特徴は、どれも無色無臭であることだそうです。
ですから、室内の濃度が上がっても、誰も気づかないと。
さらにメタンと水素が爆発燃焼した後は、すべて水と二酸化炭素になるので、痕跡は一切残らないとのことでした」
「なるほど、それで三つの事件は犯行方法という観点で繋がる訳だな。
その仮定が正しいとすると、犯人は三つの現場のいずれにもいたことになるな」
鏡堂の言葉に天宮は肯いた。
「はい、次に犯行現場にいた共通の人物について、考えたいと思います。
まず澤村さんの事件現場については不明です。
強いて言えば
「動機については後で考えよう。
ただ澤村の殺害現場には、遺跡の見学者もいたそうだから、事件の関係者が紛れていた可能性も考えられるだろう。
そういう意味では、清宮一人に絞るのは危険だな」
「そうですね。
では次に公聴会ですが、県会議員の
「一応嵯峨議員秘書の
爆発事件の被害者とはいえ、関係者であることには変わりないからな」
「分かりました。
そして最後の爆発事件ですが、黒部、松木、渡会、出雲、日埜の5人ということになります。
尤も、当日清宮さんがあの場所にいた可能性も、完全に否定出来ませんが」
「あのフロアは商工会議所が占有している訳じゃないから、他のテナントの関係者を装えば、入り込むことも可能だな」
鏡堂はそう独り言ちた後、「動機という点ではどうだ?」と天宮を促す。
「動機については、まったく不明です。
仮にリゾート開発を巡る対立が原因だとしても、賛成派、反対派の双方から被害者が出ていますので、お互いが殺し合ったという構図になってしまいます。
その場合、空気成分を操作できる人物が、両方にいたことになりますが、それはちょっと考え難いのではないでしょうか」
「例えば、出雲か日埜が犯人で、反対派を粛正した後、商工会議所で自殺したということは考えられないか?
或いは、黒部、松木、渡会のいずれかが犯人で、出雲や日埜を別の理由で殺害したということも。
そういうケースも考えられるんじゃないか?」
「確かにそうですが、リゾート開発以外の理由で考えるなら、清宮さんが何らかの理由で、5人を殺害した可能性もあり得ます。
やはり動機には、あまり拘らない方がいいんじゃないでしょうか?」
天宮のその言葉に、鏡堂は肯く。
「その通りだ。
現状では、事実関係を積み上げていくのが正道だろう。
そろそろ時間だ。
そう言って立ち上がる鏡堂に、天宮がぽつりと呟く。
「今回の事件に、六壬さんは絡んでいないのでしょうか?」
その言葉を聞いて、鏡堂は少し考える仕草をした。
「今のところ、
どうした。公安が気になるのか?」
その言葉に頷く天宮を見て、彼は続けた。
「公安が何を考えて、
だから奴らのことは、あまり気にするな」
「わかりました。
ただ、公安のこともそうなんですが、六壬さんが仰っていた<
鏡堂さんも気にしておられましたよね」
「そうだな。
新藤さんの事件の時の、銅鐸の例もあるからな」
そう言いながら鏡堂は、少し遠い眼をする。
しかしすぐに我に返ると、天宮を叱咤した。
「先ずは、出来ることからだ。
訊き込みに行くぞ」
その言葉に頷いて、天宮も「はい」と頷き、席から立ち上がった。
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