【09-2】訊き込み(2)

松木からの訊き込み捜査を終えた翌日、鏡堂達哉きょうどうたつや天宮於兎子てんきゅうおとこは次の訊き込み先に向かうため、刑事部を出たところを呼び止められた。

呼び止めたのは、鏡堂も顔を知っている公安部の村川伸介むらかわしんすけ川上道孝かわかみみちたかだった。


「鏡堂さん、ちょっといいかな?」

そう言って声を掛けてきた村川を一瞥した鏡堂に、警戒の表情が浮かぶ。

<西帝の佐事件>の際に殺害された谷幹夫たにみきお公安部長の時代から、公安とは折り合いが悪い。

それに加えて目の前の村川は、公安職員の中で最も信用出来ない相手だと、彼が思っていたからだ。


「これから訊き込みに出かけるところなんだがな」

「まあ、そう言わずに。時間は採らせないから」

村川はねちっこい笑いを湛えた顔で、鏡堂たちの行く手に回る。


「で、要件ていうのは?」

不愛想に訊く鏡堂に、背の低い村川は、長身の彼を見上げるようにして答えた。

「あんたたち、富〇町で占いをやってる、六壬桜子りくじんさくらこっていう女を知ってるだろう?

そいつの住んでる場所か、連絡先を知ってるんなら、教えて欲しいんだがな」


「六壬桜子?

確かに知ってるが、住んでる場所や連絡先は知らんな」

「そんな筈はないだろう。

結構あの女と絡んでるって聞いてるぞ」


その訊き方が癇に障った鏡堂は、村川を威圧するように見下ろしながら言った。

「誰に聞いたか知らんが、俺たちは彼女とせいぜい2、3回しか会ったことはないんだ。

つまり、それだけの繋がりってことだよ。

もういいか?」


しかし鏡堂に威圧されても、村川は怯まない。

「捜査一課の刑事が、町の占い師に何の用があったんだい?」

それに対して鏡堂も質問で返す。

「公安が町の占い師に何の用があるのか、こっちが訊きたいんだがな」


「それは捜査上の機密事項だから、漏らす訳にはいかないんだよ」

「こっちも同じだよ。

捜査上の機密事項なんでな。

どうしても聞きたかったら、高階部長を通してくれ」

その二人のやり取りを天宮はハラハラしながら見守っていたが、一方で公安の川上は無表情のままだ。


「いずれにせよ、俺たちは六壬桜子の住所も連絡先も知らんから、これ以上粘っても無駄だよ。

それに人探しは、公安の方が得意だろう。

じゃあ、急いでるんでな」


そう言い捨てると、鏡堂は村川を押しのけるようにして、エレベーターに向かった。

天宮も慌てて彼に続く。

後ろで村川が舌打ちする声が聞こえた。


鏡堂たちが向かった次の訊き込み先は、県会議員の黒部一くろべはじめの法律事務所だった。

そこに向かう車中、鏡堂は終始不機嫌な顔で黙り込んでいる。

村川たちの態度が、余程腹に据えかねたのだろうと思いながら、天宮は車を走らせた。


鏡堂たちを迎えた黒部は、不機嫌そのものだった。

「君たちねえ。

弁護士と面談したら、お金が発生することを知ってるだろ?

まして僕は県会議員でもあるんだ。


その貴重な僕の時間を、詰まらない質問で費やしたら、即刻面会は打ち切って帰ってもらうからね」


その高飛車な態度に鏡堂が切れないか、天宮はハラハラしたが、杞憂だったようだ。

その時彼は、既に冷静さを取り戻していた。


「そんなこと仰らずに、ご協力願えませんか?

秘書の出雲さんが殺害されていますので、嵯峨先生からも早急に犯人を検挙するよう、強い要請が来ているんですよ」


衆院議員の嵯峨利満さがとしみつの名前を聞いた途端、黒部の顔が一瞬引き攣るのが分かった。

――この人、こういうところ老獪なんだよね。

天宮はそんな風に感心しながら、鏡堂の顔を横目で見る。


「いや、何も協力しないと言ってる訳じゃないよ。

まあ時間もないことだし、早速始めたまえ」

黒部の態度が軟化したのを見て取った鏡堂は、内心苦笑を浮かべ、訊き込みを開始する。


先ず彼は、昨日松木から聞いた、実行委員会会議の目的や、委員ではない出雲健太郎いずもけんたろう日埜和昌ひのかずまさ、そして渡会恒わたらいひさしが出席していた理由について、黒部に確認する。

それを聞いた黒部は、

「まったく口の軽い奴だ」

と松木を罵りながらも、彼の証言が事実であることを認めた。


次に鏡堂が訊いたのは、公聴会当日の状況だった。

当日の席順や、聴衆の一人が騒ぎ出した状況については、松木と黒部の証言は一致した。

それを確認した鏡堂は、二酸化炭素中毒発生時の状況について、黒部に質した。


「松木さんによると、中毒が発生した時、まず会場から倒れる人が出て、続いて前の壇上に拡がったということだったんですが、間違いありませんか?」


「そうだね。僕の斜め前で騒いでいた連中が突然苦しみ出したので、何だろうと思ったんだよ。

そうしたら、次は隣の席の渡会君が苦しみ出して、僕も急に気分が悪くなったんだよ。

それから松木君、反対派の二人の順に、広がっていったんじゃなかったかなあ」


「その時同じ壇上にいた司会者の方は、被害に遭わなかったそうなんですが、間違いありませんか?」

「そう言えばそうだったなあ。

どうしてあの人だけ、無事だったんだろう?」


「その司会者は、ご存じの方でしたか?」

その質問に黒部から返ってきたのは、意外な答えだった。

「あれは確か、靜〇川弥生遺跡の発掘をしている、〇〇大学の学生さんじゃないかなあ」

それを聞いた鏡堂は、思わず身を乗り出す。

「それは間違いありませんか?」


「間違いないよ。

以前、澤村とかいう発掘の責任者と一緒に、僕のところに陳情に来てたからね。

公聴会の時も挨拶してるしね。

そう言えばあの澤村っていう大学の先生、遺跡で亡くなったんだってね。

本人にしてみれば、本望だったかもね」


最後の部分は聞き流しながら、鏡堂はさらに突っ込んだ質問を投げる。

「その方の名前を憶えていらっしゃいますか?

それから、何故その方が司会をしていたかご存じですか?」


立て続けに訊かれた黒部は、少し鼻白んだ様子で答えた。

「名前までは憶えてないなあ。

司会者になった理由もちょっとね。

県に訊いてみたら分かるんじゃないかな」


その答えに鏡堂は、「承知しました」と頷く。

それを見た黒部は、鏡堂の背後に掛けた壁時計に眼を遣りながら言った。

「もうそろそろいいかな?」

その言葉に鏡堂は、

「先生、後二点だけ教えて下さい。

すぐに済みますから」

と返した。


そして渋々頷く黒部を見て、鏡堂は素早く次の質問を投げる。

「爆発があった瞬間、先生は後ろを振り向かれたとお聞きしたんですが、その時その場にしゃがみ込んだ方がいらっしゃいませんでしたか?」


「ああ、それは渡会君だね。

彼、臆病だから。

僕が振り向いた時には、頭を抱えてしゃがみ込んでいたよ」

そう言って黒場は笑った。


「では最後の質問です。

先生は、嵯峨議員の事務所にある、変わった形の像をご存じですか?」

「あの翼の生えた虎の像のことかい?

あれは僕が中国に行った時の土産だよ。

幾つか変わった像を手に入れた中の一つさ。

嵯峨先生は、ああいう変わった物がお好きだから、差し上げたんだよ」


「先生のお土産だったんですか?

松木さんはご存じなかったようなんですが」

鏡堂はその答えに驚いて訊き返した。


すると黒部からは、また意外な答えが返って来る。

「そんな筈はないよ。

あれを先生に贈った時、彼もその場にいたからね。

何を惚けたことを言ってるんだろう?」


「そうだったんですね。

ちなみにその時、他にどなたかいらっしゃいましたか?」

「そうだなあ。

確か出雲さんと、日埜さん、それから渡会君もいたんじゃないかなあ」


その答えを最後に、鏡堂は黒部に礼を言うと、彼の事務所を辞した。

その足で二人は県の庁舎に向かう。

受付で身分を名乗り、担当者への取次ぎを依頼すると、すぐに案内してくれた。


鏡堂たちを応対してくれたのは、高田という温厚そうな女性だった。

「先日中毒事故があった、公聴会の司会者の方についてお伺いしたいんですが」

刑事の来訪ということで少し緊張気味だった高田は、彼の質問を聞いてホッとした様子で、すぐに調べてくれる。


「あの方は清宮沙耶香せいみやさやかさんという、〇〇大学の大学院生ですね」

「その清宮さんが、聴聞会の司会に選ばれたのは、何か理由があったのでしょうか?」

その質問に田中は、少し困った表情を浮かべながら答えた。


「実はリゾート開発の、反対派の方からの要望だったんですよ。

県はリゾート開発を推進する側だから、司会がこちら側だと、不当な会議進行になるんじゃないかって。


そんなつもりはないんですけどねえ。

それで反対派から司会進行を出すということで、合意したんです。


本来であれば、大学の澤村先生という方が司会をされる予定だったんですが、急に亡くなられたので、代わりに清宮さんが抜擢されたんですよ」


それを聞いた鏡堂は、

「清宮さんの連絡先を教えて頂けませんか?

直接会ってお訊きしたいことがあるので」

と、高田に向かって頭を下げた。


すると高田は、

「個人の連絡先は教えられませんが、大学の方であれば」

と言って、連絡先をメモしてくれた。


彼女に礼を述べて県庁を辞した二人は、一旦県警本部に戻ることにした。

黒部や高田から得た情報を整理するためだった。

帰庁する車中で、天宮は難しい顔の鏡堂に話し掛けた。

「かなり情報が錯綜してきましたね」


「確かにな。

しかし色んな事が分かってきたのも事実だ」

そう答える彼の脳裏に、徐々に事件解決への道筋が見え始めていた。

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