【09-1】訊き込み(1)

「先ず公聴会についてお訊きします。

当日松木さんは、演者として前の席に座っておられたそうですが、席の並び順を教えて頂けますか?」


松木は、「何でそんなことを訊く?」という表情を浮かべながら、当日の席順を思い出すようにして答える。

「客席から見て、向かって左が演壇で、その隣の席に司会者がいて、渡会さん、黒部先生、私、その隣にリゾート反対派の二人でしたね。

確か一番端が弁護士の方でした」


「なるほど、椹木健作さわらぎけんさくと、弁護士の桐山隆司きりやまたかしの順ですね。

分かりました。

次に当日状況をお訊きしたいのですが、会場で騒ぎがあったそうですね?」


「ええ、演壇の真ん前に座っていた男の人が、突然立ち上がって騒ぎ出したんです。

リゾート開発を進めろ、みたいなことを言っていたと思います。

それに同調する人も何人か立ち上がって、ちょっと会場がざわついたんですよ」


「その後に皆さん、体調を崩されたんですよね」

「そうですね。

騒いでいた連中が、突然頭を抱えてうずくまってね。

何が起こったと思っていたら、私まで気分が悪くなったんですよ」


その答えを聞いた鏡堂は、一瞬考えた後、次の質問を投げ掛けた。

「その時の状況を、もう少し詳しく教えて頂けませんか。

まず傍聴席から始まって、その後演壇の方に拡がったんですね?」

その問いに、松木が「はい」と頷く。


「演壇の方には、一斉に広がったんでしょうか?」

訊かれた松木は、当時のことを思い出そうと考え込む。

そして徐に口を開いた。


「いや、最初に渡会さんが苦しみ出して、次に黒部先生、私と来て、反対派の二人の方に拡がったんじゃないですかね。

あ、そう言えば、司会の人って何ともなかったんじゃないかな」


「何ともなかったというのは?」

「彼女はあの時演壇に立って、騒いでる連中を止めようとしてたんですよ。

そのうち周りが苦しみ出したんで、びっくりしたんじゃないかな。


私も眩暈がして机に突っ伏したんで、はっきりとは憶えてないんですけど、多分彼女は驚いてこっちを見てたような気がしますね」


「その司会者の方が誰だったか、憶えてらっしゃいますか?」

「うーん、そこまでは。

公聴会は県主催だったから、県庁の職員なんじゃないですかね」


「なるほど、分かりました。

その女性のことは、県庁に問い合わせて見ます。

そして次は、昨日の件ですが、昨日の会議の目的は何だったのでしょうか?」


鏡堂の問いに、松木は少し困った表情を浮かべる。

その心中を察した鏡堂は、彼を宥めるように続ける。

「事件と直接関係ない限り、内容は公表しませんので、ご協力頂けませんか?」

すると松木は、仕方がないという表情で、渋々話し始めた。


「昨日の議題は、リゾート地の設計変更について協議したんですよ」

「設計変更ですか?

開発はまだ決定じゃない筈では?」


「まあ確かに、正式には決定していませんが、実際は既成事実になってるんですよ。

県議会の与党議員は、ほぼ全員賛成だし、野党の一部も賛成に回るらしいですから。


次の県議会で承認されるのは、決定的なんですよ。

ただ、このことは内密に願えませんかね」

松木の言葉に鏡堂は頷き、彼に先を促した。

「それで、既に設計も出来ているということですね。

それを変更するというのは、どのような理由があったんでしょうか?」


「それは、この前亡くなった風水師とやらの高遠さんでしたっけ?

あの人が嵯峨先生に、今の設計だと具合が悪いとか吹き込んだらしくて。

それを真に受けた嵯峨先生が、変更をねじ込んできたんですよね」


そう語る松木の顔が不快そうに歪むのを、鏡堂は見逃さなかった。

その辺りに、事件の根底が横たわっている予感がしたからだ。


「なるほど。それで昨日の会議に、嵯峨先生の秘書の方が出席されてたんですね?

ついでにと言っては何ですが、日埜建設の専務は、どのような立場で出席されていたんでしょうか?」

そう訊かれた松木の顔が険しさを増した。


「ああ、今回のリゾート開発は、日埜建設が受注することがほぼ確定的なので、設計段階から入って来てるんですよ。

建築デザイナーの渡会さんというのも、日埜建設からの紹介なんです」

そう言った後、松木は感情の堰が切れたように話し始めた。


「まったく巫山戯ふざけた連中ですよ。

今回のリゾート開発は、朝田先生の肝入りで始まったんだ。


それが、朝田先生があんな状況になった途端、嵯峨が割り込んできて。

朝田先生が健在の頃は、口答え一つ出来なかったくせに。


開発事業も本来なら、朝田建設が受注する運びだったんだ。

それを嵯峨の奴が、横から日埜建設なんて二流企業を引っ張り込んで来やがった。


この県が、朝田先生からどれ程ご恩を被ってきたか。

それを手の平返すように、裏切りやがって。


恩知らずも甚だしい連中だ。

そう思いませんか?」


憤慨する松木の問いかけを、鏡堂たちは無表情で返した。

朝田正義絡みの事件で、これまで数え切れない悲惨な出来事を見て来たからだ。

だからと言って、ざまあ見ろとまでは思わないが、彼に感謝する気持ちは欠片も起きない。


刑事たちのその対応に、松木は少し鼻白んだが、感情の堰が切れた彼の勢いは止まらない。

「今回の事件だって、多分連中を怨んでる者の犯行ですよ」

「何かそう思われる根拠はありますか?」

鏡堂はすかさず松木に突っ込んだ。


その言葉に、松木は少し取り乱す。

「いえ、特に根拠がある訳じゃないんですけど。

何しろ今回狙われたのが、今の開発推進派の我々ですからね。


私まで巻き込まれるのは心外ですが。

あ、そうだ。

そういう意味では、開発反対派の連中の仕業かも知れませんよ」


松木のその言葉に、鏡堂は引っ掛かりを覚えた。

開発に反対だからと言って、そこまで過激な行動に出るとは思えなかったからだ。

「昨日の委員会の開催については、公表されていたんでしょうか?」

鏡堂は質問を切り替える。


「公表はしていませんが、特に秘密にしてもいませんでしたね。

商工会の職員は全員知っていましたし、委員会のメンバーの関係者が知っていたとしても、不思議じゃないですね」

鏡堂の質問に、松木は少し首を傾げながら答えた。


彼の答えを聞いた鏡堂は、続けて最後の訊き込みに入った。

「後少しだけ教えて頂きたんですが、ひとつは昨日爆発が起きた時に、松木さんは廊下に出ておられたんですよね」

そう訊かれて松木は無言で肯く。


「昨日職員の方から、爆発の瞬間松木さんと黒部さんは咄嗟に振り向かれたと聞いたんですが、その時しゃがみ込んだ方がいたのを、憶えておられますか?」

その質問に松木は首を傾げた。

「どうだったかなあ?

いたような気もしますが、何せ私も気が動転してたし、振り向いた後で、私もすぐにしゃがみ込んだんですよ」


「そうですか。

そういう状況だと、仕方がないですね。

それでは最後の質問ですが、嵯峨議員の事務所に、変わった形の像があるのをご存じですか?」


そう訊かれて松木は、困惑の表情を浮かべる。

「どうだったかなあ。

はっきり憶えてないですねえ。

申し訳ないが」


その答えを聞いた鏡堂は、ここで訊き込みを切り上げることにした。

松木に礼を述べて立ち上がると、天宮を促して商工会議所を後にする。

コインパーキングに停めた車に向かいながら、天宮は鏡堂に訊いた。

「昨日、会議室周辺にいた者が犯人だと思われますか?」


それに対して、鏡堂はいつものように彼女に訊き返した。

「お前の考えを言ってみろ」

これも一つのトレーニングだと考えているようだ。


「過去の事件もそうですが、超常的な力を振るうためには、近くにいるのは必須条件だと思います。

私の場合もそうですが。


そう考えると、前回の二酸化炭素中毒事件と、昨日の爆破事件の現場に、共通して居合わせた者が犯人だということになります。


その場合、松木さん、黒部議員、そして建築デザイナーの渡会さんが、有力な容疑者ということになりませんか?」


「現場にいた共通の人間が容疑者だという考えには、俺も賛成だ。

しかしまだ、それを三人に絞り込むのは早計だろう」

その答えに天宮は素直に頷く。

事件はまだ、混沌とした謎に包まれたままだった。

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