【08】緑川蘭花の助言

爆発事件の翌日、県警本部で開かれた捜査会議では、被害者の身元が嵯峨利満さがとしみつ衆院議員の公設第一秘書である出雲健太郎いずもけんたろうと、日埜建設専務日埜和昌ひのかずまさの二人であることと、死因が爆発によるショック死であることが、あらためて捜査員たちに情報共有された。


何故その二人が、リゾート開発計画の実行委員会に出席していたかについては、関係者の口が堅く、明確な情報は得られていなかった。

そのことが返って、計画の裏に潜む闇を浮き彫りにしていると、捜査員の誰もが感じていたのだった。


そして爆発の原因については、まったく不明ということが明らかにされた。

現場には爆薬や可燃性物質を使用した痕跡が一切認められず、起爆装置の破片などの遺留品も発見されていなかった。


現場となった会議室の周囲にはガス管も設置されていなかったので、ガス漏れによる事故という可能性も否定されている。

鑑識からその説明を聞く捜査員たちの間に、困惑が広がったのも無理はないだろう。


現在空席となっている捜査一課長の責務を兼任している、高階邦正たかしなくにまさ刑事部長からは、当面高遠純也たかとうじゅんや中毒死事件と今回の爆発事件の捜査は、切り離して行う方針が示された。

爆発事件には、地元選出の国会議員や県会議員が絡むなど、政治的な色合いが濃いため、高階は慎重を期したのだろう。


一方で事故として処理された、先日の二酸化炭素中毒事件については、今回の事件と絡めて、再度事件性が検討されることになった。

捜査員たちは、再度両事件の関係者に対する訊きこみ捜査を、徹底的に行うことになったのだ。


捜査会議での捜査員たちのやり取りを聞きながら、天宮於兎子てんきゅうおとこは昨晩のことを思い出していた。

実は爆発の原因について〇〇大学講師緑川蘭花みどりかわらんかの知恵を借りようとしたところ、快く引き受けてくれた上に、夕食に誘われたのだった。


夕食の席で相まみえた蘭花は、相変わらずハッとするくらい美しかった。

その性格も外見同様、太陽のように明るく輝いている一方で、その眼の奥には、山奥の湖のように静かで深い英知が湛えられていることを、天宮は思わずにはいられなかった。


蘭花と接するうちに、人を惹きつけて止まないその魅力の根底には、人に対する限りない優しさがあることに気づいた天宮は、彼女を信頼に足る人物と確信し、すべてを打ち明けた。

自身に宿った<雨神>の力や、これまでに経験した数奇な事件の数々について語る彼女の話を、蘭花は遮ることなく最後まで聞いてくれた。


そして徐に口を開くと、

「於兎子ちゃんも、大変なものを背負っちゃったのね。

重かったでしょう」

と、深い眼で彼女を見つめた。


「信じて頂けるんですか?」

「普通なら、ある訳ないじゃんて笑い飛ばすところだけど、於兎子ちゃんなら信じるわ。

それで、達哉はそのこと知ってるの?」

天宮が無言で頷くと、蘭花はにっこり微笑んだ。

「じゃあ、あいつに半分背負わせちゃえ。

元妻が許す」


その笑顔に安心を覚えた天宮は、その日発生した爆発事件について、彼女の考えを訊いた。

「空気中に、爆発を起こすような成分が混じっていることが、あるんでしょうか?」

「あるにはあるわね」

そう言って蘭花は、科学者の表情に戻って語り始めた。


「一応これは、於兎子ちゃんが言っていたような、超能力が実在するという前提の話だと思ってね。

空気の構成要素の中で、爆発性のあるものは二種類、メタンと水素。


但し窒素や酸素と比べると、ごく微量だし、二酸化炭素よりも少ないの。

だから爆発を起こすためには、それなりの量を集めないと無理ね。


そしてこれは推測に過ぎないけど、空気中の酸素濃度を同時に上げたんじゃないかな。

前に達哉と一緒に来た時に触れたかも知れないけど、酸素には支燃性という性質があって、可燃物の爆発的な燃焼を引き起こすのよ。

場合によっては金属を発火させることも出来るの。


だから一定量のメタンや水素が、高酸素の条件下にあると、静電気が起こっただけで爆発する可能性があるわね。

そして厄介なのは、酸素も水素もメタンも無色無臭だってこと。

つまり室内に充満していても、人間は気づかないのよ。


だから於兎子ちゃんの言っていた会議室の爆発は、話を聞く限り、今言った条件で起こった可能性が高いと思う」

そう締めくくって、蘭花は天宮を見た。


彼女の推論を聞いた天宮は、納得の表情だった。

その様子を見た蘭花は、天宮に顔を近づけて言った。

「於兎子ちゃんに一つお願いというか、約束して欲しいことがあるの」


天宮がそこまで思い出した時、捜査会議が終了した。

出席した刑事たちは、各々の捜査に戻るために三々五々席を離れていく。

そして隣の席の鏡堂も立ち上がって、彼女を促した。

「訊き込みに行くぞ」

その声に慌てて立ち上がった天宮は、会議室をでていく鏡堂の背中を追った。


鏡堂たちが向かった先は、昨日爆発のあった商工会議所の事務所だった。

そこで待っている、理事の松木悟朗まつきごろうに面会するためだ。


二人が到着すると、爆発のあった会議室は、入口に規制線のテープが貼られたままだったが、他の部屋では通常業務が行われているようだった。

受付で身分を名乗り来意を告げると、鏡堂たちは応接室に通された。

ソファに腰掛けて暫く待っていると、扉を開いて五十絡みの男が入ってきた。


鏡堂たちが立ち上がり、改めて身分を名乗ると、「松木です」とその男も名乗って、彼らの向かいのソファに腰を下ろした。

「爆発の件でしたら、昨日他の刑事さんに話した筈ですけど」

松木は何度も事情を訊かれるのが嫌なのか、やや不機嫌そうな声で言った。


「爆発の件もですが、実は先日の公聴会での事故の件についても、少し話をお伺いしたいと思いまして」

「公聴会?あれは事故でしょう?」

「そうなんですが、昨日の爆発事件と関係者が被っていますので、念のために幾つか確認させて下さい」


そう言われた松木は、少し憮然とした表情で黙った。

それを了承の合図と見た鏡堂は、早速質問を始める。

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