【07】不審死(3)

〇〇県選出衆院議員嵯峨利満さがとしみつの公設第一秘書出雲健太郎いずもけんたろうは、<靜〇川南岸地域リゾート開発計画>実行委員会に、嵯峨の代理として出席していた。


会議の出席者は、県会議員で委員会顧問の黒部一くろべはじめ、県商工会議所理事で実行委員長の松木悟朗まつきごろう、日埜建設専務の日埜和昌ひのかずまさ、建築プロデューサー兼デザイナーの渡会恒わたらいひさし他、5名の委員たちだった。


本来第一秘書である出雲は、嵯峨と行動を共にするのが常なのだが、今日の会議はリゾート開発に関する重大な案件を討議する場であるため、東京を離れられない嵯峨に替わって、彼が出席することになったのだ。


その日の重大な案件は、渡会が作成したリゾート設計案の、一部変更に関するものだった。

先日不慮の死を遂げた風水師高遠純也たかとうじゅんやから提案された、カジノを併設するリゾートホテルの立地変更について、委員長の松木から説明されると、渡会はやや困惑した表情を浮かべる。


「もちろんクライアントからの要望には、出来るだけ沿うようにしますが、私から提案させて頂いたプランは、初期とは言えかなり練り込んだものです。

変更プランを確実なものにするためにも、変更理由についてご説明いただけませんか?」

渡会のその要望に答えたのは日埜だった。


「亡くなった高遠さんによると、渡会さんの案では龍脈とやらの気の流れが邪魔されて、その気というのが分散するらしいんです。

方位とやらの観点からも<凶>だそうです。


そしてホテルを西南方に移すことで、気が集まって、方位的にも<吉>になるので、そっちの方がいいらしいんですよ。

尤も、私もそれがどういうことなのかは、はっきりと分からないんですがね」


日埜はそう言って、最後は苦笑いを浮かべる。

そしてそれまで無言だった出雲が口を挟んだ。

「渡会さん。そして皆さんも。

今回の変更は嵯峨先生からの、たっての要望だということを申し上げておきます」

彼は反対意見を抑え込むために、嵯峨から出席を命じられたのだった。


それを聞いた渡会は、驚いた表情を浮かべる。

「それを先に言って下さいよ。

でしたら私から口を挟む筋合いではありませんので、ご提案通りに変更させていただきます」

そう言いながら最後は卑屈な笑みを浮かべた渡会に替わって、別の委員が口を開いた。


「私も嵯峨先生のご要望に異論を挟むつもりはありませんが、ホテルを西南方に移すと、例の遺跡とやらに引っ掛かりそうですが、そちらは大丈夫ですかね」

しかしその委員の懸念には、県会議員の黒部が答えた。

「その点は心配無用ですよ。

例の事故で反対派の連中は頭を失って、すっかり萎んでますから」


「そういうことであれば、皆さん変更に賛成ということでよろしいですか?」

委員長の松木がそう言ってまとめると、その場の全員が頷いて賛意を示した。

「皆さん賛成ということで。

では、渡会さん。

設計変更の方は、よろしくお願いしますね」


松木の言葉に笑顔で頷きながら、渡会は言った。

「承知しました。

全力を尽くしますが、少しお時間いただけますか?」


それに対して、出雲が再び口を出す。

「次回、嵯峨先生が戻られた際に、説明出来るようにしてもらえませんか?」

「それはいつでしょうか?」

渡会が困った表情で訊くと、出雲は断固とした口調で返す。

「予定では来月早々になると思います」


「はあ、残り二週間ですか」

そう言って溜息をついた渡会は、「何とか頑張ります」と言って、また卑屈な笑顔を浮かべた。

そしてホテル建設場所の移転が決まり、委員会は散会ということになった。

委員たちは三々五々席を立ち、会議室を後にする。


「日埜さん、ちょっといいですか?」

他の委員とともに席を立った日埜和昌を、出雲健太郎が呼び止めた。

そして彼ら以外の出席者が、全員会議室を出たのを見計らって、声をひそめて日埜に問い掛ける。

「例の献金の件ですが」


それを受けて、日埜も声をひそめて答えた。

「ご心配なく。

今回の計画に乗せて、下請け連中からのキックバックの仕組みを組み立てています。

仕組みは出来るだけ複雑にしていますので、バレる心配はご無用です」


「それを聞いて安心しました。

嵯峨先生も、今が朝田派の議員を取り込んで、政界で重きをなす絶好の機会と考えておられます。

そのためには、何を置いても資金が必要ですからね」


「もちろん出来るだけの協力はさせてもらいますよ。

うちとしても、県内利権を独占してきた、朝田建設を叩き潰す絶好のチャンスですからね。

嵯峨先生にもよろしくお伝え下さい」


そう言って笑いながら、日埜が口にした煙草に火を点けた時、爆音とともに室内が燃え上がった。

それは一瞬の出来事だったが、室内にいた二人は、助けを求める間もなく焼死していた。


爆発があってから、20分後。

鏡堂たち捜査一課の面々が現場に到着すると、市内の目抜き通りにあるビルでの出来事であったため、周囲は騒然とした雰囲気に包まれていた。


爆風で割れて飛び散ったガラス片で、怪我を負った通行人も数名出たらしく、ビル近辺は消防車両と救急車両でごった返している。

その喧噪を掻き分けるようにして、鏡堂たち捜査員は現場である4階の商工会議所フロアに、階段を駆け上がっていった。


4階の現場でも、消火と怪我人の救出に当たっていた消防隊員たちが、慌ただしく動き回っている。

その中の隊長らしき人物に、熊本達夫くまもとたつお捜査班長が身分を名乗ると、彼は消火作業が終了済みであることを熊本に告げ、現場検証の許可を下ろしてくれた。


それを隣で聞いていた鑑識課の小林誠司こばやしせいじたちが、早速機材を抱えて現場の会議室に入っていく。

鏡堂たちも、現場検証用の手袋と靴カバーを着けて彼らに続いた。


室内は惨憺たる状況だった。

会議用のテーブルや椅子といった調度類はバラバラに消し飛んで焼け焦げている。

壁紙もほとんど焼けて、露出して黒くなった壁は、所々崩れ落ちていた。

天井もあちこちが剥がれ落ちて、照明はすべて破壊されていた。


そして室内には、黒焦げになった死体が二体横たわっている。

死体周辺では、小林と国松が早速検死に当たっていた。

現場の状況を見た刑事たちは、一旦外に出て訊き込みに当たることにした。


現場から避難した商工会議所の職員や関係者は、怪我で搬送された人を除いて、一階ロビーで待機しているという。

刑事たちは手分けして、その人たちから事情を訊くことにした。


鏡堂たちが話を訊いたのは、商工会議所に勤める鈴木という女性だった。

爆発があった時、会議室と少し離れた廊下を歩いていたらしい。

鏡堂たちは爆発発生時の状況を、鈴木に訊くことにした。


「爆発があった時、現場の会議室では、どんな会議が行われていたんですか?」

「靜〇川リゾート開発計画の実行委員会だと聞いています」

「リゾート開発の実行委員会ですか?

どのような方が出席されていたんですか?」


鈴木は少し考えた後、慎重な口調で答える。

「出席されていたのは、うちの松木理事と顧問の黒部先生、それから他の委員の方々だったと思います」

その様子を見た鏡堂は、もしかしたらそこに出席していたメンバーの中に、差しさわりのある人物がいたのかも知れないと思った。


「黒部先生というのは、何をされてる方なんでしょうか?」

「ああ、黒部先生は県会議員です」

鏡堂はその名前を聞いて、先日市民会館で起こった二酸化炭素中毒事故を思い出す。


「それでは、爆発当時の状況を教えて頂きたいんですが、よろしいですか?」

鏡堂に言われ、鈴木はコクリと頷いた。

「爆発が起こった時、鈴木さんはどこにおられました?」

「私は丁度、事務室から廊下に出たところでした」


「その時廊下には、他にどなたかおられましたか?」

「はい。私が廊下に出た時に、丁度会議が終わったようで、会議室から委員の皆さんが廊下に出て来るところでした。

多分5-6人で、うちの松木や黒部先生も、その中におられたと思います。


その方たちが会議室から出た直後に、爆発が起こったんです。

廊下中がビリビリ震えて。

私、怖くて固まってしまいました」


「その時、会議室から出て来た人たちの様子はどうでしたか?」

そう訊かれた鈴木は、「そうですねえ」と言って一瞬黙ったが、やがて考え考え答え始めた。


「松木理事と黒部先生は、先頭で出て来られたので、爆発に驚いて振り向いたと思います。

後ろの方々も同じような感じでした。

お一人だけでしたが、咄嗟にその場でしゃがみ込んだ方もおられました」


「その他に、何か気になったことはありますか?」

「いえ、その後は大騒ぎになって。

皆さん、慌ててこちらに逃げて来られたんです」


「そうですか。

実は会議室の中で、爆発の被害に遭われた方が二人おられるんですが、どなたか分かりますか?」

「いえ、それはちょっと、私には分かりかねます」


鏡堂たちは鈴木に礼を言うと、訊き込みを終えた。

周囲を見ると、他の刑事たちは、他の関係者からの訊き込みを、既に終えているようだ。

鏡堂と天宮は4階に取って返した。


現場では既に鑑識課員による実況見分が終わり、二名の遺体が運び出されるところだった。

そして熊本の周りに捜査員たちが集まっている。

その輪の中に鏡堂たちが入ると、早速情報交換が始まった。


鏡堂たちは鈴木から聞いた、事故直後の状況について話す。

他の刑事たちからは、当時リゾート開発の実行委員会に出席していたメンバーからの訊き込み情報が共有された。


その中で分かったのは、爆発当時会議室内に残っていたのは、嵯峨利満さがとしみつ衆院議員の第一秘書である出雲健太郎いずもけんたろうと、日埜建設専務日埜和昌ひのかずまさの二人だということだった。

二人は委員会のメンバーではないようだ。


その被害者情報を聞いた刑事たちの顔に、困惑の表情が浮かんだ。

――何故委員でもない国会議員秘書や建設会社の専務が、会議に出席していたのだろう?

誰もがそう思ったからだ。


「これ、先日の二酸化炭素中毒の事故と、関係者が被り過ぎてますよね。

やっぱりあれも事故ではなくて、事件だったんじゃないですかね」

鏡堂の言葉に、何人かの刑事が同意するように頷いた。


それを見た熊本は、

「あまり予断を持つのは止めておこう。

それより小林さん。

実況見分の結果はどうだったんだい?」

と、鑑識課員の小林誠司の報告を促した。

その言葉に頷くと、小林は眼鏡の位置を整えて話し始めた。


「まずガイシャ二名は、爆発によるショック死の可能性が高いだろうね。

多分即死だったと思う。

今司法解剖に回ってるから、正確には結果待ちだけどね。


それからその爆発なんだけど。

爆発物の痕跡が、今のところ見つかってないんだよ」


「どういうことなんだい?」

それを聞いた熊本が、疑問を差し挟んだ。


「例えば誰かが爆発物を仕掛けたとしたら、その痕跡は残るんだよね。

ガス爆発の可能性もあるんだが、会議室の天井、壁、床のどこにもガス管のようなものはないんだよ。

つまり今のところ、何が爆発したのか分からないんだよ」


「でもこれだけの爆発が起こってるんだから、何か原因はあるはずでしょう?」

梶木徹かじきとおる刑事の問いにも、小林は首を横に振るだけだった。

「まあ、今日採取した現場の遺留品から、何か痕跡が見つかるといいんだが」

彼の言葉を聞いていた、捜査員たちの顔に困惑の表情が広がった。


その中で一人、天宮於兎子てんきゅうおとこは考えていた。

――これはまた、蘭花先生の知恵を借りるしかないかも。でも、鏡堂さん嫌がるだろうなあ。

彼女がそんなことを考えているとも知らず、鏡堂は口を強く結んで宙を見上げていた。

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