【05】危機一髪!六壬桜子
富〇町の路上で、不審死が発生したという通報を受けた、〇山署捜査一係の加藤和夫は、現場で死体を見た瞬間事件性を察知し、県警捜査一課への連絡を行った。
それを受け、捜査一課からは鏡堂達哉と天宮於兎子が現場へ急行する。
彼らが到着した時、現場では既に鑑識課員らによる現場検証が始められていた。
現着した鏡堂たちを見て、加藤が「ご苦労さんです」と挨拶する。
鏡堂たちも加藤に挨拶を返すと、早速彼に状況を確認した。
「ガイシャは運転免許証の写真と記載から、
職業は不明、現住所は東京都内になってますね」
「東京ですか?
旅行者なんですかね?」
「その可能性は高いかな」
かつて〇山署一係の後輩刑事だった天宮の質問に、加藤は親し気に答える。
「死亡時の状況は分かりますか?」
鏡堂の質問に、加藤はメモを取り出した。
「第一発見者からの目撃証言によると、ガイシャは道を歩いている途中で、突然苦しみ出して倒れたそうです。
その後、動かなくなったと」
「周囲に人はいなかったんですかね?
その第一発見者以外に」
「他に三人、近辺を歩いていたそうです。
それらの目撃証言でも、状況は一致してますね」
加藤からの答えに鏡堂は少し考え込んだ。
――また何かの気体による中毒だろうか?
――だとすれば、近くにいた人間の犯行である可能性があるが。
「鏡堂君、司法解剖に回す前に、ご遺体を拝んでおくかね?」
鑑識課員の小林誠司にそう声を掛けられた鏡堂は加藤に礼を言って、路上に横たわった遺体に近づいて行った。
手を合わせた後、ブルーシートに乗せられた遺体を見ると、その顔には激しい苦痛の表情がありありと残されていた。
おしゃれなスーツに身を包んだその姿が、返って遺体の惨たらしさを強調しているように見えた。
遺体が司法解剖のために搬送された後、現場周辺を見回した鏡堂は、「今日は水曜日だったな」と呟いた。
それを聞いた天宮が、「桜子さんを訪ねて見ますか?」と彼に問う。
鏡堂は束の間迷った末に、加藤に断りを入れて現場を離れた。
向かった先は
ゲームセンターのあるビルの二階に上がり、装飾の施された扉を開けると、真正面の黒い緞帳の前に、背景に溶け込むような黒衣を着た占い師が端座していた。
「お仕事中申し訳ない」
鏡堂たちに笑顔で席を勧める桜子に挨拶し、彼女の前に二人は並んで座った。
「本日はどのようなご用件でしょうか?
何か事件がありましたか?
外が騒がしいようですが」
「実はここから少し表通りに向かった場所で、事件があったのです。
その捜査に出向いているのですが、あなたにお訊きしたいことがあるんです。
よろしいですか?」
鏡堂の言葉に頷きながら、桜子は彼に訊き返した。
「鏡堂様たちが出張られるということは、物騒な事件なのでしょうか?」
その言葉に二人は顔を見合わせたが、鏡堂が意を決したように告げた。
「人が一人亡くなったのですよ。
歩いている最中に、突然苦しみ出して倒れたそうです」
その言葉を聞いた桜子は、「まあ」と口を押える。
「念のためにお訊きしますが、その亡くなられた方は、ダークグレイの縦じまのスーツを着ておりませんでしたか?」
「あなたが何故そのことを?
もしかしてお知り合いですか?
運転免許証から、高遠純也という名前だと分かっているんですが」
鏡堂の言葉を聞いた桜子は、大きく眼を見開いた。
「高遠さんが亡くなったのですか。
何ということでしょう。
彼はほんの一時間前まで、ここにおられたのです。
高遠さんが何かを恐れている様子を感じましたので、占いましたところ、<凶>と出たので心配しておりましたが。
とても残念です」
その言葉に驚いて、鏡堂は訊いた。
「何ですって?
では、ここを出た直後に亡くなったということですか。
高遠さんとは、どのようなお知り合いなんですか?」
鏡堂に訊かれた桜子は、少し居住まいを正した。
「彼とは古い知人です。
以前お話した、風水師のことを憶えておいででしょうか?
その風水師が高遠さんなのです」
偶然訪れた場所で被害者の手掛かりが見つかり、鏡堂たちは俄然刑事モードに入る。
「すみません。事情を詳しく教えてもらえますか?
高遠さんは、お仕事で〇山市に来られたんでしょうか?」
「そうですね。
この数か月、こちらでお仕事をされていたようです。
最近は何やらリゾート開発関係の利権、いえ、お仕事に携わっておられたとか」
「リゾート開発ですか」
鏡堂が桜子の言葉を反芻すると、隣の天宮が彼女の言葉を捕捉した。
「それは靜〇川南岸の、広域リゾートのことじゃないですか」
天宮の言葉に桜子は肯く。
「そのようなことを申されておりました」
靜〇川のリゾートと聞いて、鏡堂は最近起こった二件の事故を思い浮かべる。
「高遠さんに、ご家族はいらっしゃるんでしょうか?
もしご存じなら、教えて頂けませんか?」
鏡堂の質問に、桜子は少し困った表情を浮かべた。
「申し訳ありませんが、高遠さんに関して、それ程立ち入ったことは存じ上げませんの。
ただ印象としましては、ご家族、奥様やお子様はいらっしゃらないと思います。
そうですね。
以前<日本風水師協会>なる団体があることを、耳にしたことがございます。
もしそのような団体が今も存在するのであれば、あるいは高遠様も加入されているかも知れません」
その言葉を聞いた天宮が早速スマートフォンで検索すると、すぐにヒットしたようだ。
彼女は「ありました」と鏡堂に耳打ちする。
その言葉に頷いた鏡堂は、桜子に別の質問を投げた。
「本日高遠さんが、ここを訪れた理由は何だったんでしょうか?
差し支えなければ、教えていただけませんか?」
「ああ、それでしたら、先般の事件の際に鏡堂様よりご依頼いただいた件です」
「私が依頼した件ですか?」
「はい。この地の封印を元に戻す
その答えに鏡堂は納得の表情を浮かべた。
「それで、その心当たりの方とは、連絡が取れたんでしょうか?」
「一応連絡は取れたようですが、何やら忙しいようで、すぐにはこちらに出向けないとのことでございました。
ただ、こちらに参る意思はあるようですので、その点はご安心下さいませ」
「そうですか。では引き続きよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる鏡堂に、桜子は笑顔を返した後、言葉を繋いだ。
「それから高遠さんから、少し気になることをお聞きしましたので、鏡堂様にもお伝えしておきます」
その言葉に鏡堂と天宮は身構える。
「実は高遠さんが先日、<
「<窮奇>とは何なんでしょうか?」
「古代中国の舜帝に、中原の四方に流された四柱の悪神の一つと言われているものです。
その像、翼が生えた虎の像ですが、それに瘴気の残滓を感じたと仰っていました」
「それはつまり、これまでに起こったような、超自然の力を持った犯罪者が現れたということでしょうか?」
「断言は出来ませんが、その可能性はあるかと存じます」
桜子の言葉に、二人の刑事は同時に深刻な表情を浮かべた。
「その<窮奇>というのは、どんなものなのでしょう?」
鏡堂が桜子に問う。
「わたくしも詳しくは存じませんが、それは善人に害をなすと言われております。
どうやら風を操り、人を喰らう悪神であるとか。
風を操ることから、本邦の<
「<鎌鼬>ですか…」
その名に聞き覚えのある鏡堂は、そう言って考え込んだ。
すると天宮が横から桜子に質す。
「<鎌鼬>というのは、つむじ風を起こして人に切りつける妖怪だと思いますが、その<窮奇>というのも、同じような力を持っているものなのでしょうか?」
彼女の問いに桜子は、少し困惑した表情で答えた。
「申し訳ありませんが、その辺りはわたくしも詳しく存じません。
ただ風と申しますのは、空気の流れですので、風を操るということは即ち、空気の流れを操ることになるのではと推察いたします」
――空気の流れを操る!
桜子の言葉を聞いた鏡堂と天宮は、同時に目を
先の事件について、彼らが推測した犯行方法と一致するからだ。
鏡堂は大きくため息をついた。
それを見た桜子は、同情の眼を彼に向ける。
刑事たちにこれから降りかかるであろう困難な状況が、容易に想像出来たからだ。
「最後に一つお訊きしたいんですが、高遠さんはその<窮奇>の像を、どこで見たと仰っていましたか?」
「残念ながら場所については仰っていませんでした。
ただ恐らく、リゾート開発に関連する場所ではないかと思われます」
その答えを聞いた鏡堂は、
「ありがとうございました。
大変参考になりました」
と桜子に礼を述べ、席を立った。
扉を出て行く刑事たちの後姿を見送りながら、桜子は思った。
――どうやら早々に、あの左道を呼び寄せなければならないようですね。まったく気は進みませんが。
そしてふと何かを感じて、目の前に置いた式盤に手をかざす。
卦は<凶>と出た。
――なるほど。私もうかうかしていれば危険ということですね。
そう思った桜子は、早々に荷物をまとめる。
その際、高遠から預かった銅鏡を手にした彼女の心を、一瞬だけ感傷が過った。
桜子は<占い処>を出ると、念のためにビルの裏側の非常口から、非常階段を使って下に降りた。
そして表通りの様子を、路地に潜んで伺う。
すると間もなく、ダークスーツを着た二人連れの男がビルに入っていくのが見えた。
――なるほど、<凶>の卦の理由はこれですか。あれは何者でしょう?
桜子がそう思いながら様子を伺っていると、やがて先程の二人連れがビルから出てきた。
そして通りに停めた車に乗って走り去って行く。
桜子はそれを見送りながら、深刻な表情を浮かべた。
――どうやら暫くの間、身を隠した方が無難なようですね。
そう思った彼女は、愛用のピンクのホンダジョルノに跨り、その場を後にしたのだった。
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