【04】風水師高遠純也
訪問目的は、<靜〇川南岸地域リゾート開発計画実行委員会>から委託された、リゾート開発候補地の<地相>の鑑定結果を伝えるためである。
候補地がかなり広範囲に亘っていたことと、リゾート全体のデザインを担当する、建築プロデューサー兼デザイナーの
風水には
そのことが彼をして<邪道>と呼ばしめる原因の一つなのだが、それよりも彼の極端な拝金主義の方が原因としては大きいだろう。
その日の説明に参加したのは、嵯峨利満本人と彼の公設第一秘書である
嵯峨は同じ県選出衆院議員である朝田正義が引退同然となった現在、〇〇県内の権勢を一手に握るべく暗躍している。
そして日埜建設も、これまでの朝田建設一辺倒の公共事業受注システムを、今回のリゾート開発を機に我が物にするため、嵯峨に密着しているのだ。
実はこの両者を結び付けたのは、朝田正義に見切りをつけた県内暴力団の<雄仁会>であり、その<雄仁会>を陰で動かしていたのが、高遠純也なのである。
もちろん高遠の目論見は、今回のリゾート開発に絡んで、巨利を得ることだった。
大テーブルに広げられたリゾート地全体の設計図を指し示しながら、高遠は幾つかの変更提案を行っていた。
特に大きな変更となるのは、カジノを併設するリゾートホテルの位置だった。
「現在の位置では、龍脈からの気の流れが阻害され、龍脈に乗って運ばれてきた気が分散することになります。
方位の観点から見ましても<凶>と出ておりますので、この地に今回の目玉であるカジノを建設することはお薦め出来ません。
これを西南方に移すことで付近を流れる龍脈の気が集まり、方位的にも<吉>となりますので、豊穣の地となることは確実と言えましょう」
その断定的な物言いに、集まった者たちは顔を見合わせた。
「渡会君の意見は訊かなくていいのかね」
嵯峨利満が確認すると、日埜和昌が眼鏡の位置を直しながら答える。
「この図面はあくまでも初期提案ですので、今の段階での変更であれば特に問題ないかと思われます」
「それなら高遠先生の提案通り、渡会君に変更を依頼しなさい」
嵯峨が指示すると、「承知いたしました」と日埜は大きく頷いた。
嵯峨が高遠を<先生>と呼ぶのには理由があった。
<雄仁会>を通じて幾つかの土地売買の提案を行い、それによって嵯峨が幾許かの利益を得るよう仕向けたのである。
そういう意味で彼の風水師としての技量は、相当以上に優れているのだ。
その結果高遠は嵯峨から絶大な信望を得るようになり、<先生>と呼ばれることになったのである。
「しかし高遠先生のご提案通りにしますと、カジノ位置が完全に例の遺跡の候補地に被さりますね。
また反対派の連中が騒ぎ出すんじゃないでしょうか?」
<靜〇川南岸地域リゾート開発計画>実行委員会委員長である、県商工会議所理事の松木悟朗が、少し心配気な表情で言った。
彼は先日の公聴会で、軽度の二酸化炭素中毒を起こした一人だった。
それに対して、同じく先日被害を受けた県会議員の黒部一が請け合う。
「いや、その点はご心配なく。
文化財保護法では、周知の埋蔵文化財包蔵地において土木工事などの開発事業を行う場合には、県の教育委員会に事前の届出が必要ですが、要は連中に掘らせなければ埋蔵文化財も出て来ないということになりますので」
黒部は弁護士なので、その辺りは詳しいようだ。
「反対派の頭の連中も、この前死んだんだろう?
問題なかろう。
そう言えば君たちもこの間は大変だったようだな」
嵯峨のその問いに、黒部が答える。
「幸い軽症でしたが、えらい目に遭いました」
そう言って黒部は追従笑いを浮かべ、松木もそれに追随する。
「そう言えば、渡会君も同じ会場にいたそうだが、彼は大丈夫だったのか?」
「彼も軽傷で済んだようです」
「君らが助かって、反対派だけが死んだとなると、どうやら天も我々に味方しているようだな。
計画は順調だということだよ」
そう言って嵯峨が笑うと、高遠と出雲以外の3人が、一斉に媚びるような笑いを浮かべた。
「さて私はこれから東京に戻らねばならんから、後は君たちでしっかりと計画を進めておいてくれ」
嵯峨の一言で検討会はお開きになった。
全員が三々五々席を立って、嵯峨の事務所を後にする中、高遠純也は入口付近に飾られた置物に眼を止める。
それはかなり古い物のようだが、翼の生えた虎の形をしていた。
「珍しい置物ですね」
高遠が事務所の女性職員に話し掛けると、
「ああ、それは頂き物なんですよ」
という答えが返ってきた。
「どなたからの贈物なんですか?」
高遠の問いに、事務員は少し首を傾げる。
「どなたからかは聞いていないんですけど、秘書の出雲さんから、先生への贈物だから飾っておけと言われまして」
その答えを聞いた高遠は、「そうですか」と、笑顔を事務員に返した。
それから5日後。
「おや、先日お願いした件でしょうか?」
桜子の言葉に、彼女の前の席に無遠慮に座りながら高遠は答える。
「彼とは一応連絡は取れましたが、すぐには来れないそうです」
「またなにやら怪しげなことに、手を染めているのでしょうね」
そう言いながら桜子は、少し不快気な表情を浮かべた。
彼というのは、
先日発生した連続殺人事件に関わった桜子が、鏡堂達哉からの依頼を受けて、高遠にコンタクトを取るよう依頼したのだ。
「もっとも、わたくしはあの左道と会いたい訳ではありませんので、急いではおりませんが」
その言葉を聞いて、高遠は苦笑を浮かべた。
彼も上狼塚という陰陽師とは、なるべく関わりたくないと思っているからだ。
「ところで先日、面白い物を見ましたよ」
「面白い物?」
高遠の言葉に桜子は怪訝な表情を浮かべる。
「有翼の虎、あれは恐らく
「窮奇ですか?
あれは確か、虎ではなくハリネズミの毛を纏った、牛ではありませんでしたか?」
「<山海経>ではそのように描かれていますが、以後の書では有翼の虎として描かれているようですね」
「その窮奇の像が何か?」
桜子に問われた高遠は、口元に笑みを浮かべる。
「その像から瘴気の残滓を感じたんですよ。
おそらくあれは、大陸から持ち込まれた物でしょうね。
そしてそれが、この地の瘴気に感応した可能性がある」
「それはつまり、窮奇の力が開放されたということですか?」
桜子の問いに答える替わりに、高遠は逆に彼女に訊き返した。
「先日、市民会館で起こった事故を憶えていませんか?」
桜子は一瞬首を捻ったが、すぐに思い出したように答える。
「二酸化炭素中毒があったという事故のことですか。
あれが窮奇の力によるものだと、お考えなのですね?
なるほど、それは否定出来ませんね。
すると鏡堂様たちはまた、妖異が絡む事件に巻き込まれてしまわれるのですね。
お気の毒に」
言葉とは裏腹に、左程気の毒そうでもない彼女の口調に、高遠は苦笑する。
そして鞄の中から、直径20cm程の丸い物を取り出して桜子に見せた。
「これは先日、リゾート開発の候補地を調査した際に見つけたものですが」
桜子はそれを手に取って、繁々と両面を
「銅鏡のようですね」
「それはこの地の東の封印の、一部のようです」
「封印ですか?一部というのは?」
「東の封印は、西の銅鐸のように単体の器物ではなく、複数の器物を用いているようなんです」
その言葉に桜子は、僅かに首を傾げた。
「何故そのようなことが、お分かりになるのでしょう?」
「これを見つけた場所からかなり離れたところに、この銅鏡と同じ気を感じたんです。
恐らくそこにもう一つの器物があって、これと連動して封印の役目を果たしているのだと思われますね」
「なるほど。それでこの銅鏡をお持ちになった理由は何でしょう?」
「これを放置していると、早晩封印が解けると思われるんですよ。
ですので、あなたの手元でこれを保管して頂きたいのですよ」
その言葉を聞いて、桜子は少し困惑した表情を浮かべた。
「何故わたくしに?」
「実は私はこれから、この地を離れる予定なんです。
だからこれを持っていく訳にはいかないんですよ。
この地から離れてしまうと、封印が解けてしまいますからね。
あなたは暫くここに、留まるんですよね?」
そう言って笑う高遠に、桜子はやれやれという顔をした。
「つまりわたくしに、これを押し付けようという魂胆ですね。
困ったものですが、仕方がありません。
お引き受けしましょう」
「すぐに戻って来て回収しますから、ご心配なく」
そう言って笑うと、高遠は桜子の<占い処>を後にした。
そしてターミナル駅に向かうタクシーを捕まえるために、急ぎ足で表通りに向かう。
実は最近になって彼は、周辺に危険を感じていたのだった。
羅盤を以て方位を占うと、この地に留まるのは<凶>と出る。
そこで高遠は一旦この地を離れ、身の安全を図ることにしたのだ。
窮奇の力の存在に気付いている彼は、素早く場所を移動することで、毒性ガスの危険を避け得ると考えていた。
そして表通りを目前にした時、高遠は突然体に異変を覚えた。
猛烈な吐き気を催し、続いて体が硬直して意識が混濁する。
稀代の風水師高遠純也は、その場に倒れ込み、やがて絶命した。
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