第2話 私が出るしか
『ルーベルク王国』の北東――『ミゼルダ領』。
北方には木々の生い茂る広大は森や山が広がり、東には『エリンドル帝国』の国境がある、いわゆる辺境と呼ばれる場所だ。
かつて、帝国とは国境線でのいざこざが少なからずあって、現在では和平を結んだこともあって、目立った争いは発生していないが、常に警戒を怠らない状況は続いている。
そんな領地を納めているのは、ほんの数ヶ月前に領地を引き継いだばかりの十七歳の少女――ロコリィ・レシェルダであった。
母はロコリィが幼い頃に病に倒れ、父は領内に出没した魔物の討伐の際に――命を落とした。
父――ルイゼル・レシェルダは領民からも慕われており、彼の死には多くの者が涙した。
だが、娘であるロコリィは悲しみに暮れているばかりではいられない。
この地を守ることができなければ――ロコリィは領主ではいられないのだから。
レシェルダは長く王家に使え、このミゼルダ領を守ってきた――ロコリィの代で終わらせるわけにはいかないのだ。
「……また魔物の被害の報告が増えているみたいですね」
屋敷の書斎にて――ロコリィは小さく溜め息を吐いた。
長い黒髪を後ろで編むように束ね、赤色の瞳はせわしなく動いている。
整った顔立ちをしているが、その表情には疲れが溜まっているのが見えた。
目の前には書類が詰まれており、これらの処理をするのは領主であるロコリィの役目だ。
今、一番問題視されているのは、やはり魔物の存在である。
「も、森に近い村では特に被害が大きいようです。先日、送った私兵だけでは対処も難しいようで……」
ロコリィの言葉に答えたのは、レシェルダの屋敷に仕える侍女である――リリーゼ・バルガだ。
長い金髪に透き通るような白い肌――可愛らしい顔立ちをしているが、彼女はロコリィの護衛も務めている。
将来は王国の騎士団への入団を希望していたが、今はロコリィの傍で彼女を支え続けていた。
「――でも、こっちの報告も気になりますね」
ちらりと、ロコリィが視線を移したのは、一枚の書類だ。
そこにあったのは――無惨に殺された魔物の報告。
魔物同士で争うことは珍しくなく、懸念すべきは凶暴な魔物が町や村へやってきた時のことだ。
だが、ロコリィへやってきた報告は、以前から目撃情報のあった魔物――『ブラック・ベア』の死体が見つかったというもの。
それも、被害の増えている村の一つの近くであり、殺されたのは深夜から早朝にかけての時間とのこと。
魔物は頭部からほとんど真っすぐ、両断するような形で殺されていた――これが魔物の仕業であるのなら一大事だ。
ただ、村の近くで死体が見つかったというのに、『ブラック・ベア』を殺した魔物については目撃情報も、報告も一切ない。
「『鋭利な刃物のようなもので一撃』――さすがに、人間の仕業とは思えませんが……」
「ど、どうなんでしょう……。でも、魔物が戦ったのだとしたら、さすがに村の人が気付くとは思いますし」
リリーゼの言うことが正しい――魔物に対する被害報告の中で、これだけは異質だった。
仮に、『ブラック・ベア』を殺せる者がこの近くにいるのだとしたら。
『ブラック・ベア』は体格だけで言えば三メートルを超え、その筋肉質で太い腕から繰り出される一撃は、大木すらも一撃でなぎ倒すと言われている。
一般的には討伐隊を編成し、『ブラック・ベア』の一撃を防げる程度の魔術による障壁を作り出せて、かつ討伐まで持続させなければならない。
故に、少なく見積もっても十名以上――たった一体の魔物を討伐するだけでも、相当な労力を使うことになる。
だが、この世界にはもちろん、例外と呼ばれる者は存在する――たとえば『剣聖』と呼ばれる者。
その名を冠する者は剣技において右に出る者はいないとされ、魔物の中でも最高位である竜を単独で討つことさえ、可能と言われている。
無論、ロコリィは実物を見たこともなければ、この王国にそういった人物がいないことは理解している。
一騎当千の兵士――もし、私兵として雇うことができたのなら。
(……なんて、そんな妄想をしている場合ではないのですが)
現実は、ロコリィが対処しなければならないのだ。
だが、昨今の魔物の凶暴化の問題によって――私兵も満足に確保できていない状況は続いている。
「……リリーゼ、出掛ける準備をしましょう」
「! どちらに向かわれるのですか?」
「被害報告のある場所から順に――人手が足りないのであれば、私が出るしかないでしょう」
「……ええ!?」
ロコリィの言葉に、リリーゼは驚きの声を上げた。
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