槍斧使いの少女、辺境領主に拾われる

笹塔五郎

第1話 戦場以外

「――ふぅ、どうやら私はここまでのようだ」


 小さく溜め息を吐きながら、赤髪の女性――リベラ・フェンネルは諦めたようにそう言った。

 身体のあちこちに傷を負っているが、致命傷となっているのは腹部の傷か――押さえてはいるが、とめどなく血が流れている。

 血の色と同じように赤い髪、そして同じ色をした瞳に映るのは、一人の少女――アルシェナだ。

 アルシェナもまた全身に生傷が絶えず、額からの出血によって片目は閉じた状態にあった。

 アルシェナにはさらに、獣の耳や尻尾といった動物的な特徴が見える――獣人と呼ばれる種族であった。

 リベラは――アルシェナの表情を見ると小さく笑う。


「そんな顔をするな。言っただろう、戦場ではよくあることだ。命懸けの仕事を生業にしていたら、いずれこうなる」

「なら、どうして続けてたの?」


 アルシェナの問いかけに、リベラは少しだけ考えるような仕草を見せ、


「……ま、この生き方以外知らなかったからだな。戦場に生きるってやつだよ。お前は――そうだな、この先は自由に生きたらいい」

「自由……?」


 リベラの言葉に、アルシェナは首をかしげる。

 そう言われても、あまりピンと来ていなかったからだ。


「お前はまだ十四――いや、十五になるのか? 傭兵団がお前を拾ってから随分と経つからな。まあ、お前には他の生き方もあるってことだよ」

「そう言われても、わたしだってずっと戦場で生きてきた――戦う以外の生き方なんて知らない」

「これから知ればいいさ」

「どうやって?」

「――これからは、自分で考えて生きろ。お前は、私よりも強いから生き残った。ずっと、戦場で生きたっていい。戦場から離れて、静かに暮らしたっていい。私の死を以て――傭兵団は解散する。だから、生き残ったお前は、自由だ」


 真っすぐ、リベラはアルシェナを見据えて言い放った。

 アルシェナは自らの手に握った――身の丈を超える槍斧そうふに視線を送る。

 軽々と、それを戦場で振り回すアルシェナは――『槍斧姫ふそうひめ』などという異名で呼ばれるようになるほどだ。

 何人もの命を、この槍斧で奪ってきた。

 戦場なのだから、人を殺すことは当たり前だ――そういう生き方をしてきたのだから、今更疑問に思うことはない。

 だからこそ、アルシェナにとっては――それ以外の生き方など、想像もできないことだった。


「……わたしには、分からない。戦場ここ以外の生き方なんて――」


 アルシェナがリベラに視線を送ると、すでに彼女は脱力し――そこにあるのは物言わぬ死体だけであった。

 アルシェナにとって、リベラは親代わりのようなものであった。

 彼女は傭兵団の団長であり、十年以上は共に生きてきたか――仲間が死ぬことも珍しい話ではない。

 けれど、彼女が死ぬとは想像もしていなかった。

 今回も共に生き延びて、また次の戦場に赴くことになるのだろう、と。

 ――ずっと、そういう日々が続くのだと思っていた。

 見れば、周囲には死体が転がり、地面は血を吸って黒に近い色に変色している。

 あちこちで火の手が上がり、少し離れたところでは、まだ戦いが続いていた。

 アルシェナは槍斧の柄を強く握り、戦場へと赴こうとする――まだ、戦いは終わっていないのだから。


「……後で、迎えに来るから」


 ちらりと、事切れたリベラを一瞥すると、アルシェナは駆け出す。

『ランベッド戦線』――この戦いで一つの傭兵団が壊滅し、『槍斧姫』もまた、戦場から姿を消した。

 ――彼女の遺体は、最後まで見つかることはなかった。

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