第11話 知らない味

「じゃあさ、『キス』してやる。

 今、ここで。」


私は黒崎仁の突然の提案に困惑する。


たしかに、してほしい・・・。


いま目の前にあるその唇、私のものにしたい。


でも、それを肯定するということは敗北。


これでは、私の立場が無くなってしまう。


黒崎仁の思うがまま、なすがままになってしまうのだ。


私は返答する。


「なんであんたが上から目線なのよ!

 別にしてほしいとか思ってないんだから!」


そう、これではやつが上。


せめて対等な関係を築かなければいけない。


私は彼の隙を突いてみる。


「あんた、そうとう私をテレビに出演させたいみたいね!

 なんで!」


「純粋に、スミレのいろいろな側面を見てみたいんだ。

 それには、ここじゃないどこか開けたところでデートなんかしてさ、全力で楽しむ。

 そういう必要があると思うんだ。」


そうだ!

私はこいつと立場を対等にするためのとある提案を思いつく。


「じゃあ、私があんたにキスしてあげるから、その旅、私が全力で楽しめるようにしなさいよね!」


これで立場は対等よ。

キスを条件に要求を呑むのはお互い様なんだから。


すると、黒崎仁はほほ笑む。


「ふふ、面白いやつ。

 その案、のった!

 これは契約だ。

 このキスによって、スミレは旅に来るし、俺はスミレを楽しませる。」


彼がそう言うと、彼はゆっくりと手を伸ばし、私の顎にそっと触れた。

その指先が私の肌に触れると、全身にかすかな震えが走る。


視線が自然と彼の唇に向かい、私は息を飲んだ。

彼の顔がゆっくりと近づいてくる。


彼が目をつぶるので、私も目を閉じた。


彼の息遣いが私の唇に触れるほど近くなり、次の瞬間、彼の唇がそっと私の唇に重なった。

少し触れるだけの優しいキス。それはまるで夢のような、時間が止まったかのような一瞬だった。


やがて彼がゆっくりと唇を離した。

私は名残惜しそうに彼の目を見つめた。


それは私の知らない味だった。


甘くて濃密で、脳が溶けそうな味・・・。


彼が口を開く。


「かお、赤いぞ。

 冷やしたほうがいいんじゃないか?」


彼は笑顔を交えてそう言った。


なんだか彼も少し照れているような気がする。


「ばか。

 初キスなんだから、多少の動揺くらい、仕方ないでしょ!」


「初キス!?

 やっぱり処女だったんだな!

 はははは。

 俺、帰国子女だからさ、キスなんて日常茶飯事なんだ。

 こんなので動揺してちゃあ、生きていけないぞ。」


なんですと!?


帰国子女だからキスは当たり前?


じゃあなに?


舞い上がってたのは私だけ?


ぐぬぬぬ・・・。


またしても一本取られた・・・。


対等な契約だと思ったのにい!


「ばか! 余計なお世話よ!」


私はそう吐き捨てるしかなかった。


こうして、私は見栄の張り合いで初キスを奪われ、テレビ出演までする羽目になったのであった・・・。


---


場面は変わり、私は自室に戻っていた。


「スミレ殿、テレビ出演の件、決められたのですな。」


エドガーは少し驚いた様子だ。


「うん、黒崎仁にうまく乗せられちゃった。」


「そうでございましたか。

 黒崎殿の件で少し話があるのですがな、お時間よろしいですか?」


急になんだろう?


「ええ。時間はあるわ。」


「私の独自のルートで調べたのですが、黒崎殿には別に思い人がおられる様子。」


え、そうなの?


そもそも確かな情報なのかな?


でも、エドガーなら中途半端な仕事はしないか。


信じるしかない・・・。


「誰なの?」


「名はツバサ。かつて海外で名を馳せた女優です。

 黒崎殿とは、幼馴染だそうで。

 彼女は現在、冷凍保存されております。」


「そうなんだ・・・。」


黒崎仁はあんなやつだけど、外見は完ぺき、経歴も完ぺき。

そりゃ、美人との恋も多いはず・・・。


本来、私なんかとは釣り合わない存在・・・。


しかも、冷凍保存中か。


黒崎仁は彼女の復活を待ち望んでいるのかもしれない。


それなのに私とキスなんかしちゃって・・・腹立つ。


私はいてもたってもいられなくなり、黒崎仁に直接聞きに、セレクションルームへ向かった。


---


ウィーン


黒崎仁はどこだー?


私はシェアルームの中を見渡す。


ブフォーーー!


なんと、彼はシャワー中ではないか!


私は思わず吹き出してしまう。


彼の裸を見ると、細マッチョ!


ほど良い筋肉。


男らしくもあり、スラっと美しくもある、そんな肉体。


あれに抱きしめられたら、たぶん昇天するだろう・・・。


私は、こちら側が彼から見えないのをいいことに、彼の裸をまじまじと見入ってしまう。


彼は後ろを向いている。


この筋肉に反し、案外おしりはプリッとしていてかわいい。


もみもみしたすぎる。


彼を後ろからではなく、正面から見たい・・・。


じゅるりっ・・・。


おもわずよだれが出ていた。


でも、いざそういうときの楽しみとして残しておきたい・・・。


私は我慢した。


えらいぞ、私!


今日彼を呼び出すのはやめておこう。


裸の彼が脳裏に焼き付いて、会話どころではなくなってしまう。


そう思い、私は何もせずにセレクションルームを立ち去るのであった。


ちなみに、この一連の行動は、監視カメラによってエドガーに筒抜けである。

そのことは、スミレの頭の中からは完全に抜け落ちているのであった・・・。



<<作者あとがき>>


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