第10話 黒崎仁、現る

セレクションルームに向かうと、シェアルームに黒崎仁がいた。


なんでやつがいるのよ!?


昨日、最悪の雰囲気になって部屋から出て行ったじゃない!


「興がそがれた」とかなんとか言ってたじゃない!


私はすぐにエドガーを呼び、黒崎仁を連れてくるように指示した。


すると、黒崎仁がやって来た。


ウィーン


「おう、スミレ。

 昨日ぶりだな。」


何食わぬ顔。


気に入らない。


なんでこいつは平然と私にしゃべりかけてこれるワケ?


昨日、けんか別れしたばかりよ?


「なんであんたがいるのよ!」


「ん? 来たいから来た。」


なによそれ!


こいつのこの考えていることが読めない感じ、むしょーに腹が立つ。


「私たち、けんか別れしたはず。

 それで、どういう風の吹き回し?

 私のこと、嫌いなんでしょう!?」


私は踏み込んで聞いてみた。


「ん? 嫌い、なんてひとことも言ってないけどな。

 おれ、スミレのことけっこう好きだよ。」


かああ////


その好きはどっちの好き!?


ラブ?ライク!?


「『興がそがれた』って言ってたじゃない!

 あんた、何を考えているの?」


「ああ。

 スミレに断られて、ショックだっただけだ。

 まあ、オファーは取り下げられずに継続してたみたいだから、こうして来てやったんだ。

 サプライズってやつだな。

 うれしいだろ?」


また黒崎仁に会えてうれしいと思っている自分がいる。


ついさっきまで、こいつよりイイ男を探す!とか思っていたのに・・・。


こいつに翻弄されている自分に情けなくなると同時に腹が立つ。


「べ、べつに嬉しくなんかない!

 また面倒なやつが来たなって思ってるだけ!」


私は必死に本心を隠す。


私ってば、なんで本心を隠しちゃうんだろう・・・。


きっと、こいつに本心がバレると足元を見られるからだ。


「ふん、どーだか?」


黒崎仁はニッと意地悪そうにほほ笑む。


そのほほ笑みは意地悪そうでいて、好きな女子をからかっている男子のような雰囲気もある。


そのえくぼは魔性だった。


その穴の中に吸い込まれるような気分になる。


その穴に水をためて、私はそこを泳ぎたい。


と、彼のほほ笑みに夢中になっていると、彼が切り出す。


「俺さ、俳優業、無期限活動休止にしたんだよね。

 スミレのためだよ。」


うそ?私のため!?


「俺、スミレに興味がわいたんだ。

 スミレと一緒にいると、役に幅も出そうだし。」


私に興味? 私、そんな興味が出るようなことしたっけ?


「興味ね。

 どんなところに?」


「俺に歯向かうところ!」


「はあ? なにそれ!」


予想外の返答に、私は拍子抜けする。


「俺さ、有名人だし、憧れの的じゃん?

 だから、俺に群がる女って、だいたい媚びてくるワケ。」


憧れの的とか、自分で言ってて恥ずかしくないのかな!?


なんだこの俺様な感じは!


「それに比べて、スミレは俺に媚びなかった。

 むしろ歯向かってきた。

 それで、なんかこいつは他の女とは違うなって思ったワケ。」


「ふ、ふーん。

 じゃああんた、私に気があるんだ!?」


私は踏み込んで聞いてしまった。


どういう返答が来るのか・・・緊張する。


「それはどうかな。

 まだそうと決まったわけじゃない。

 俺の女としてふさわしいか、見定めるのはこれからさ。」


くぅーーー、一筋縄じゃ行かないか。


ってか私、絶滅危惧種の女なんですけど!


なんでこいつのが立場が上な感じなのよ!


「なんでそんな上から目線なのよ!」


「そんなつもりはない。

 あくまで俺らは平等だよ。

 でも、上から来られるの、好きだろ?」


ぐぬぬ、好きだけど、好きなんて言ったらだめ!


こいつのムードに持っていかれちゃう・・・!


「そ、そんなことない!

 むしろ腹立つ!」


「そう、まさにその感じだよ!

 俺に媚びない。

 それでこそスミレだ。」


くそーーー。


なんか、こいつに肯定したら負けた気になるし、否定しても褒められるし。

私、どうしたらいいの!?


袋小路に入っちゃってない!?


と、私は黒崎仁の迷路にハマってしまった。


黒崎仁が辺りを見回して言う。


「てかさ、このプロジェクト、すごいよね。

 男の生活が丸見えじゃん。

 風呂もトイレも。

 俺の入浴シーンも見たかったりすんの?」


黒崎仁の裸・・・。


おそらく、世界中の女が彼の裸を見たいと思っている。

(すでに絶滅してるけど。)


そんな彼の裸が、私の手の届くところにあるのだ。


ごくり・・・。


私は生唾を飲んだ。


「は、はあ!?

 そんなの見たくないし!

 この露出魔!」


「そう? そりゃ残念。

 自慢の筋肉だったのに。」


まあ、ここはマジックミラーになってて、隠れて見れるからいいんですけどね!


すると、黒崎仁がなにか思い出したかのように話題を振った。


「そういえば、テレビ出演の件、考えたか?」


あ、そういえばそんな話あったな。


私は恥ずかしいからいやだなあ。


「うーん、やっぱり恥ずかしいから嫌かな。」


「そ? スポンサー、たぶん大金出すぞ。

 南国の島とか行って、豪華な旅になるんだけどな。」


南国の島ねえ。

私、海外行ったことないし、行ってみたいかも。


それでも、テレビに出るのはちょっとなあ。


「うーん、行ってみたさはあるけどねえ。」


「そんなに出るの嫌か?」


黒崎仁はどうしても私をテレビ出演させたい様子。


どうにか私を連れていく方法はないかと考えあぐね、ポンっと手を打つ。

何かひらめいたらしい。


黒崎仁はグッと私の顔に近付く。

息遣いが聞こえるほどに。


「じゃあさ、『キス』してやる。

 今、ここで。」


は、はあああああ!?



<<作者あとがき>>


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