第3話「おはよう」から始まる私とあなた

 あなたは朝が苦手だ。お酒を呑んだ翌朝は特にだ。お酒に強くはないんだと思うのだけど、あなたは強いと思っている。


「おはようございまーす。起きてくださーい」

「うーん、後5分」

「その5分がたまりに貯まってもう1時間になりますよ~」

「君が眠るまで僕は眠らないって言ってたのは誰ですかね」

「だから言っただろ、二日酔いより寝不足が心配だって」

「信じられない!なんで起きないのにちゃんと口ごたえができるのよぉ?」

「口ごたえじゃな~い~」

「じゃあ、なんなのよ」

「僕は~君と~ちゃ~んと話をしてるんでしょ~」

「もぅ!私の泣き損じゃん」

「な~に?」

「夕べの良い人はどこに行ったのかしら?って言ったの!」

「ここにいま~す」

「公園で昼ビールもいいかなって言ってたじゃん」

「呑んでもいいならベルギービールかな~」

「ん~もう知らない!」

 枕を軽くだけど…叩きつけてしまった。

「なんだよ~ひどいな~」

 聞こえたけど聞こえないふりをした。

「いい天気なんですけど」

 部屋の窓を開けた。こんないい天気の週末、こんな気分のままでいたら良くないと思い散歩に行くことにした。

「財布…スマホ…ん~」

 あなたが起きて、私がいないことに気がついたら…シュミレーションしてみた。さすがに電話するでしょ…するよね?…してください!私は電話に出る?出ない?…電話に出ないでLINEする?「なに?

 」って。う~ん、でもなあ、電話に出ないと「お子ちゃまですか」位言われそうだし、だいぶ前に言われたし…。

「そんなにあなたは大人の男性なんですかね。大人なら自己管理をしてください」

 そうだよ、今度お子ちゃま発言があったら絶対言い返そう。

『さすがにね~スマホを置いて行くのはどうなの?』と思い、スマホは持って行くことにした。電話に出る出ないはその時の気分で決めよう。

 夕べは少しだけかっこよく大人に(法的にはとっくに大人だけど)見えたのに、一夜明けたら、やっぱり大人っていうよりおじさんに近くなっていた。あなたも仕事とか色々大変なんだろうけど、私も意外と、色々大変なんですけどね。


「こんにちは」と声をかけられた。ご近所のおじいちゃんとおばあちゃんだった。

「こんにちは。お散歩ですか?」

「えぇ、天気もいいし、お散歩よ」

 おばあちゃんは足が悪くて杖をついて歩いているけど、おじいちゃんと歩く時は、おじいちゃんが杖を持って、腕を組んで歩いている。その姿を見かける度に思わず頬がゆるんでしまう。


「毎日歩かないとね、足がどんどん弱くなっちゃうからね」

 と、おばあちゃん。

「仲が良くてうらやましいです」

「あれ?彼氏さんは仕事かい?」

 と、おじいちゃん。

「まだ寝てます。後5分、後5分って起きてくれないんですよ」

「で、ケンカしたか?」

 と、おじいちゃん。

「あなたっ」

 おばあちゃんがたしなめるように言った。「おじさん」ではなく、「あなた」と呼ぶのも素敵だなと思っている。

「ケンカにもならないから、もう知らないって、枕を投げて来ました」

「あらま!」

 目を丸くするおばあちゃんと笑うおじいちゃん。

「ケンカはしてもいいのよ。でもね、ちゃんと仲なおりをするのよ」

 と、おばあちゃん。

「わしらも若い頃はよく口ゲンカをしたよ」

 と、おじいちゃん。

「本当ですか?こんなに仲が良いのに」

「ちゃんと口ゲンカをして、ちゃんと仲なおりできたからかしらね」

「相手がなにを考えているのか、何が言いたいのかがわかってくると、心の距離が段々と縮まるのかもしれないわね」

 と、おばあちゃんが話してくれた。

「深いお言葉だ」

「いやね~」

 と、おばあちゃんが笑った。

「おふたりはどうやって仲なおりをしたんですか?何かルールとかあったんですか?」

「あなたから教えてあげたら」

「そうか、それではを伝授しようかの」

「はい、お願いします」

 おばあちゃんは静かに微笑んでいる。

と言ってもとても簡単でな」

「はい」

「お互いがいっせいのせいで…」

「はい…」

「ごめんなさいって言うだけじゃ」

 おじいちゃんがニヤリと笑った。目からウロコだ。なんてシンプルなんだ。きっと大切なことって、いたってシンプルなんだろうな。

「深くて優しいだ。ありがとうございます」

「初めはタイミングが合わなくて、なんでこちらが先にとかあったが、何度か繰り返していったら同時にごめんなさいが言えた日があってな」

 おじいちゃんが話しを続けてくれた。

「どうなったと思う?」

「う~ん、実はおじいちゃんには頑固なところがあって…」

「そうね、あなたから見たら昔々の青年だから頑固なところはあったわね」

 おばあちゃんは懐かしそうに言った。

「お互いが同時に言えたことにびっくりして、キョトンとなったが、すぐにふたりで大笑いしたんだよ」

 おじいちゃんも柔和な表情になっている。

「そうそう、懐かしわね~」

 おばあちゃんはおじいちゃんの顔を見て語りかけるように言った。きっと、おふたりにとっても大切な思い出のひとつなんだと思った。長い道のりの中でつらいことがあっても笑いあった日を思い出し、お互いを信じて来たのかもしれない。

「素敵だー素敵過ぎて泣きそうです」

「あらあら、大変。こんな素敵な若い人を泣かせたらいけませんね」

 と、おばあちゃんが言うと、おじいちゃんが声をひそめて

「今度、彼氏さんに会ったら言っておくから」

 と、言った。

「なんて言うんですか?」

「彼女さんを泣かせないようにを伝授するとな」

「ぜひ、お願いします」

 3人で笑った。

「私も言ってみます」

「今度、おふたりとすれ違ったら、おじいちゃん、おばあちゃんになっても、あんな風に仲良く歩きたいのって」

「あらあら、こちらこそ素敵な言葉をいただいちゃったわ、ありがとう」

 と、おばあちゃんが言ってくれた。

 おじいちゃんとおばあちゃんがゆっくり、ゆっくりと腕を組んで歩いて行く後ろ姿をずっと見ていたかった。


 部屋を出てから1時間以上経つのに電話は鳴らない。私は公園のベンチでひとり待ちぼうけの気分になっていた。

「まだ起きないのかな~」

「枕投げたの怒っているのかな~」

「帰った方がいいのかな~」

「ちゃんと仲なおりしなさいって言ってたしな~」

 と、迷い始めた時、着信音が鳴りあなたの名前が表示された。ちょっと悔しい気持ちもあったけど、仲なおりの初めの一歩と思い電話に出た。

「もしもし」

「もしもし、今どこにいるの?」

「んと、公園」

「やっぱりね」

「やっぱり?」

「君がどこにいるのかなんて、すぐわかる」

「どうして?」

「うそ、うそ」

 と、あなたは笑った。

「右を見てみて」

 言う通りに右をむくと、あなたが電話をしながら歩いて来るのが見えた。

「もう!ホントに信じられない!」

 あなたは

「ごめん、ごめん」

 と、言って電話を切った。

「その、紙袋…なんか買って来たの?」

「君が好きな店のアイス・カフェラテとベルギー…」

「もしかして、ベルギービール?」

「さすがに今日の僕にはそんな勇気はなかったので」

「ので?」

「ちょい懐かしめの…ベルギーワッフルを買って来ましたあ」

「もう~ちょいじゃなく、ちゃんと懐かしいし、ちょいダサなんですけど」

「ちょいダサって…ひどいなぁ、ウケるかなって思ったんだけど」

「ちょいダサだけど、ありがとう」

「どういたしまして。ほんのお詫びのしるしです」

「私も…ごめんなさい」

「なんで君があやまるの?」

「枕…投げたし…」

「あれね~それこそ、ちょいショックで立ち直るのに時間が必要でした」

 と、笑ってくれた。

 お散歩中に会ったおじいちゃんとおばあちゃんの話しもしたかったけど、おふたりとすれ違うまでは話さないことにした。

 あの、ゆっくり、ゆっくりと歩いて行く背中をふたりで見送りながら

「あんな風に素敵なおじいちゃんとおばあちゃんになりたいの」

 って言ったら、あなたはなんて言うかな…。


「おとなりに座ってもよろしいですか?」

「どうぞ、お座りになって」

 ふざけながらベンチに並んで座った。

「これからどうしようか?ランチができるお店を探してみようか?」

「ん~とりあえず部屋に帰って、その髪の寝ぐせをなおしてからね」

「えっ?寝ぐせ?」

「ありがとう」

「何が?」

「寝ぐせもなおさないで、すぐに来てくれて」

「気がつかなかただけだよ」

「ホントに?私がいなくて焦らなかった?」

「ないない、それはない」

「なあんだ、つまんない」

「つまんない?」

「起きたら、私が居なくてヤバいと思って部屋を出たのかな~と思って」

「ん~どうだったかなあ」

 と、はぐらかされた。

「カフェラテ…美味しい」

 あなたの肩に頭をよせた。

「良かった」

 と、あなたが微笑んだ。


 こうやって、時々ケンカをして、ちゃんと仲なおりをして、たくさんの「ありがとう」と「ごめんなさい」を伝えあって…私たちは私たちだけの物語を書き続けていけたらいいね。


「ちょいダサな時もあるけど…大好きだよ」

「ん?なに?」

「なんでもな~い」


ず~っとつづく

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長い夜 一閃 @tdngai1

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