第11話 隠蔽

東日本医科大学附属病院 院長室。


 アールデコ調の豪華な内装に包まれた部屋には、重厚なカーテンが光を遮り、独特な静けさが漂っている。十人がけの大きなソファーさえも、この広大な空間の中では小さく見えるほどだ。壁には歴代の院長の肖像画が飾られ、いかにも格式を誇る病院の象徴的な場所だ。

 ここは、十年前にあやが他界した病院であり、彩を殺した病院である。

 ソファーに腰を下ろしているのは、病院長である佐々木と、内科部長の木下。二人は顔を赤らめながら、興奮気味に話し合っていた。


「病院長!」木下は早口で続けた。「やはり、残業手当の不支給で、少なすぎる人数で現場を回すのは無理があるかと。医者はまだ余裕がありますが、ナースは圧倒的に足りていません!昼食も取れず、十五時間も現場を走り回っている者が少なくないんです!採用しても、トレーニング期間中に退職する者が後を絶ちません!過酷な現場ではナースの疲労が蓄積し、ここ十年、事故が続発しています!」


 木下の声が少し震えた。「昨日も点滴の薬を間違えましたし、先週は針の使いまわしによる事故が発生しました!」


 院長の佐々木は、木下を冷たく見つめ、ゆっくりと口を開いた。「何を言っているんだ、君は。病院のミスなんて一度も報告を受けたことがない。もちろん、今後もそんな報告書が上がってくることはないはずだ」

 佐々木の声は低く、冷淡だった。

「わが東日本医科大学附属病院は、日本を代表する病院だぞ。そんなおかしなことを口にするな」


 木下はハッと息を飲み、急いで頭を下げた。「あ、申し訳ありません……軽率でした」


「そろそろ理事会に行かねばならん。コストをかけずに結果を出す工夫をしろ。頼んだぞ!」佐々木は立ち上がり、スーツのボタンを留めながら、部屋の出口に向かった。

「あ、言い忘れたが、明日の晩は労働局の局長との会食だ。労基法対策は私がしっかりやっておく。だから、残業手当の不払いの件は気にするな」


「かしこまりました。いってらっしゃいませ。失礼いたします」木下は一礼し、佐々木が部屋を出るのを見送った。


 ドアが閉まると、木下は深く大きなため息をついた。院長室の冷たい空気とは対照的に、彼の心の中には怒りと無力感が渦巻いていた。この場所にいながら、何も変えられない現実が彼を重く圧し続ける。


「どうしようもない……」木下はつぶやきながら、院長室の重い扉を静かに後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る