第5話 謎の突然死

迅の自宅。


入院四日目の朝、退院予定日の朝七時。

「つるるるる、つるるるる……」

病院からの電話が鳴り響く。寝ぼけながら、七回目のコールでようやくじんは目を覚まし、手探りで携帯をつかむ。頭がまだぼんやりとしている中、画面に目をやることもなく通話ボタンをタップした。


「妹さんの容態が急に悪化しました!大至急来てください!」

その一言だけが耳に残る。迅は一瞬、呆然とする。


『容態が悪化したって?栄養補給の点滴をしているだけなのに……』


頭の中に混乱気味に疑問が浮かび、何度も反芻するが、状況が理解できない。彩の名前すら出てこないので、患者の取り違えではないかと考える。それでも、念のため、面会時間前に会えるかもしれないという気持ちもあって、確認もせずに病院へ向かうことにした。


迅は急いで顔を洗い、ジョリジョリと音を立てながら髭を剃る。昨日と同じパンツにデニムのネルシャツを羽織り、退院予定だったため、荷物を持ち帰るための大きなキャリーバッグを引っ張り出し、ガラガラと引きづりながら家を出た。


道中、ふと、外食隊長の彩が認めていた朝限定メニュー「エッグマックマフィンセット」を買っていこうと思い立った。特にハッシュドポテトは塩味とサクサクの食感が絶妙だと太鼓判を押していた。昨日もテリヤキバーガーを一緒に食べて元気そうだったし、今日もきっとあの笑顔を見せてくれるだろう、と期待が膨らんだ。彩が喜ぶ顔が脳裏に浮かび、胸が少し温かくなり病院へと向かった。


---

東日本医科大学付属病院 入院棟 一般病室


病室に入ると、物々しい雰囲気が漂っていることに気づいた。彩のベッドの周りには、五人の看護師と医師が集まり、緊迫した空気が広がっている。


男性の看護師が彩の胸に手を当て、強く押している。


「……これって、蘇生……?」

映画でよく見る蘇生シーンが、目の前で繰り広げられている。


「なんで……?」

栄養補給のための入院だったはずなのに、目の前の光景が理解できない。


迅は彩の顔を確かめようと一歩前に出る。そこにあったのは、



頭の中がぐちゃぐちゃになり、何が起きたのか全くわからない。混乱と恐怖で、迅は一瞬言葉を失った。


「え、何、何があったんですか……?」ようやく絞り出した言葉が、乾いた空気に消えていく。


「もう一度試しましょうか?ご家族の方が納得されるまで、蘇生を続けます」

看護師は、ときどきちらちらと迅の顔を見ながら、彩の胸を極端に強く押した。彩の体はまるで空気が入った人形のように激しく上下に動いていた。家族を納得させるために、形だけの蘇生を続け、家族の諦めの声を待っているようだ。


「な、なんで、そんなに強く胸を押すんですか!!!骨が折れそうじゃないか!!もう、結構です!!!」 耐えられず、思わず強い言葉を吐き出してしまった。


「残念ですが、間に合いませんでした……ご愁傷様です」 六十代と思われる部長医師が顔を下に向けて、視線を合わさずに淡々とした口調で言った。


「え!? なになに!? 一体何が起きたんですか……?もっとちゃんと説明してください」迅は立ち尽くしたまま、再び質問を投げかける。医師の顔を見ても、理解が追いつかない。


「アナフィラキシーショック死です。点滴に含まれる成分に反応したようです」

医師は相変わらず視線を合わせない。言葉は冷たく、無感情だった。


「え!?彩は食べ物アレルギーはないはずです!昨日までは全く問題なかったんです!どういうことですか!?」迅の声が震えた。信じられないという思いが、全身を包み込む。


「体質は急に変わることがあります。おそらく、彩さんの体質も変わったのでしょう。我々も驚いていますが、原因は今後の精査が必要です。改めてご報告いたします」医師は観念したように、顔を上げ、迅の目を見て事務的な口調で言った。


---


それはあまりにも突然の出来事だった。迅は病院の指示に従いながら彩の死後の手続きを淡々と進めていた。感情がついていかず、放心状態のまま、機械のように。


『これは夢だろうか』


あまりにも突然すぎて、想定外すぎて、頭が真っ白になる。


『彩が死んだ……?そんなことがあるはずがない……』迅は何度も自分に問いかけるが、答えは返ってこない。

『昨日、彩は元気にテリヤキバーガーを食べていた。体には何の異常も見られなかった。なのに、わずか十五時間足らずで、こんなことが起こるなんて……』


大量の疑問が頭を駆け巡る。


昨日、ようやく彩が回復し始めて、笑顔も戻った。だというのに、今日、こんなにも深い絶望に突き落とされるなんて——。

無宗教だったが、心の中で『神様、なぜこんな酷いことを……』と訴えかけた。


いつの間にか、涙が溢れている。


それは、混乱と悲しみ、そして怒りが混じり合った涙だ。涙は止めどなく流れ続け、迅の頬を伝って、静かに床へと落ちていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る