第13話 アンチはスルー!


 タカはミミにやさしくキスをした。

 彼女は、はにかんだように笑って、タカを抱きしめる。

 星になって見守っているヒロを想って、二人は空を見上げた。


「幸せになろうね」


 ミミは呟く。


「ああ」


 タカは頷く。その頬に一筋の涙が流れる。

 その涙を指でぬぐって、ミミはもう一度笑った。




「クランクアップですわーッ!」


 最後のカットがかかった瞬間、ミミは潔子に戻った。


「完成ですわーッ! オーッホッホッホッホ!」

「まだ編集が残ってるっての。追撮の用意もしとけ」


 セットの解体が始まる。

 鳥琉が言った。タブレットで端役の予定を確認している。


「少しいいですか、潔子さん」


 つめるが現れた。

 ノートパソコンには動画サイトに投稿した予告編が映っている。


「実はアンチコメントがついていて……」

「アンチ大歓迎! むしろ『映画に興味を持っていただきありがとうございます』くらい言わなければ、ですわ!」

「それがですね」


 『監督はマナマナ事件の鳥琉為嗣 画面から性欲が伝わってくる気持ち悪い』

 『筧ナナはドタキャン常習犯 映画の現場もお察し』

 『このセットアップ煙管泰山のデザインじゃん パワハラ社長まだやってたの?』


「名前を出してないはずのチームの情報が書かれてるんです」

「本当ですわ!」


 潔子は扇子で自らを仰ぐ。


「しかしこの程度は想定範囲内。粘着くらいでキレてたら身が持ちませんわよ」


 『得名井太郎とかいうパッとしない三流小説家が原作 現役高校生だから描写が薄っぺらい』


「誰ですのーッ! うちのチームを馬鹿にする奴は!」


 潔子がキレた。


「運営に開示請求しますわ!」

「返事まで一か月はかかるかと思われます」

「特急料金を渡しますわ!」


 金の力で殴った。

 コメントはそれぞれ違う住所から発信されていた。


「鳥琉……なぜこんなことを……?」


 アジトに籠り映像を編集している背中に、潔子は語り掛ける。

 鳥琉を中傷していたのは、他ならぬ鳥琉自身だった。


「怖かったんだよ」


 鳥琉の低い声が返ってくる。


「また特定されて、また観客に見放されるかと思ったら、怖かったんだ。それならいっそ自分からってな」

「鳥琉……」


 潔子は頷く。


「作品を見てもらえない、読んでもらえない、聴いてもらえない。その苦しみ、痛いほどわかりますわ」


 潔子の言葉に鳥琉は振り向く。


「だからといって、仲間まで腐すのはどうなんですの」

「仲間? ハッ……」


 鳥琉は息を吐く。


「俺が書いたのは自分へのコメントだけだ。他は知らない」

「誰なんですのーッ!」


 潔子の叫びはアジトにこだました。


「それはそれとして、わたくしの仲間を馬鹿にするのは本人であろうと許しませんわよ!」


 鳥琉の中傷コメントは削除された。



 ナナの工房。


「ナナの、元担当さんですねぇ……」


 特定した住所を見てナナは言った。


「今でも年賀状くれるんです。ナナがアマゾン熱帯雨林にいても届いていて」

「まめなお方ですのね」

「お返事しなかったから怒ってるのかもです。ちょっとお話ししてきます」

「同行しますわ」


 住所へ乗り込んだ。

 あっさり居間に通される。


「私はナナさんと本当に良い画集を作りたかったんです。映画の予告編を見ていたらナナさんの絵があって、思わず……」


 犯人はすでに反省していた。


「映画、必ず観に行きます」

「映画のお仕事が終わったら、また一緒にお仕事しましょう!」


 二人は和解した。


「あの、私の名前覚えてくれてます?」

「はい! プレーリードッグさん!」

「山本です」

「山本ドッグさん!」

「………」


 ナナへの中傷コメントは削除された。



 試着室。


「心当たりなら五千人いるわよ。社長だったもの」


 泰山は足を組んだまま言った。

 スマートフォンを操作して、自身が運営するショッピングサイトを表示する。


「でもね、アタシのデザインなら買うって人は少なくとも100万人は居るのよ」


 SOLD OUT の字が並んだ画面を消して泰山はスマートフォンを仕舞う。


「アンチなんて放っときゃいいの。この程度で観る気なくす客なんて他の理由つけてでも観ないわよ」


 泰山への中傷コメントは放置された。



 学校。


「茂野……なぜこんなことを……?」


 得名井は驚愕に目を見開く。


「うらやましかったんだよ。お前がな」


 得名井のクラスメイト、茂野はベンチから立ち上がった。


「金持ちの美少女に突然気に入られて、映画に出演して、いいかんじになって、小説を書いた程度でそうなるなら、俺も書いたのに!」

「あなたが一番しょうもないですわーッ!」


 潔子の背負い投げが炸裂した。


「ぐええ」


 得名井への中傷コメントは削除された。

 茂野をエキストラに参加させた。




「これで全て解決しましたわね」


 屋敷に戻るとつめるが待っていた。


「新たなアンチコメントがついています」

「なんですって!?」


 コメント欄を確認する。


 『金出甲斐潔子、金だけの女』


「いかがしますか」


 潔子は決めポーズを取った。


「あなたも金を持てばわかりますわ! オーッホッホッホッホ!」


 潔子は文面そのままでコメントを返した。

 少し炎上したが、映画の宣伝にはなった。




  つづく

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