第12話 身体は資本2!


 潔子は風邪を引いていた。

 寝室のベッドに横になっている。


「油断しましたわ……」

「昼食です。お嬢様」


 じいやがお手製のお粥を冷ましていた。潔子は身を起こし、口に運ばれたそれを食べる。


「中間テストが終わった後だったのは、不幸中の幸いでしたね」

「公開時期が延びるのだけはなりませんわ。お父様との約束が……」

「今は風邪を治すことだけをお考え下さい」

「そうですわね……」


 潔子はもう一度横になった。


「お見舞いに伺いました」


 つめるが銀縁眼鏡を上げながら寝室へ入ってきた。

 フルーツ盛り合わせをサイドテーブルに置く。


「鳥琉さんにあと何カット残っているか尋ねたところ、残り50カット。そのうち潔子さんの出番は28カットとのことです」

「一日で取り戻しますわ……!」

「また得名井さんの原稿ですが、あと5000字で完結する予定とのことです」


 つめるが完璧なお辞儀をする。


「ご自愛ください」


 つめるが去っていった。



「潔子、生きてる?」


 泰山が寝室へ入ってきた。

 フルーツ盛り合わせをテーブルに置く。


「こんな時に風邪なんか引いて。馬鹿は風邪引かないって言うけどアレ嘘ね」


 言葉はきついがその声から潔子を労わる心が伝わってくる。


「プロポーション崩したらぶっ殺すわよ」

「ありがとう、泰山」


 泰山が去っていった。




「天使様ぁ~!」


 ナナが大きな額を背負って寝室へ突入してきた。


「ナナを置いて死なないでくださいぃ~!」

「わたくしは死にませんわ」

「千年でも万年でも生きてくださいぃ~」


 ベッドに縋りつくナナの横にじいやがしゃがみこむ。


「ナナ様もお風邪を召されますので、このあたりで」

「そうだ、じいやさん! 天使様! お見舞いの品があるのです!」


 ナナは背負っていた額を見せる。その中には絵が入っていた。


「フルーツ盛り合わせ! の絵です!」


 カンバスに描かれたフルーツがキラキラと輝いている。


「宝石を砕いた岩絵の具をふんだんに使っています! 高価ですよ!」

「ありがとう、ナナ」


 絵を寝室の壁にかけてナナは去っていった。



「来ませんわね……」


 潔子は待っていた。


「潔子さん、大丈夫?」


 池輝が寝室へ入ってきた。

 フルーツ盛り合わせを二つ、窓際に置く。


「片方は監督から。撮影止まっちゃってるけど、すぐ取り戻せるって言ってた」

「監督はわたくしですわ……」

「そうだったね。つい癖で」


 池輝は笑う。


「リンゴ剥こうか?」

「……お願いしますわ」


 飾り包丁の入ったやたら細かい造形のうさぎが皿に乗って出てきた。


「最近はまっちゃっててね。メロンもサンタさんにする?」

「いいえ、おいしいですわ」


 うさぎリンゴを頭から齧って潔子は言う。

 メロンをどうやってサンタにするのかは気になったが、断った。


「得名井……」


 潔子の唇から待ち人の名前がこぼれる。


「じゃ、このへんで」


 池輝は去っていった。




『お父様、見て!』


 五歳の潔子が、クレヨンで絵を描く。


『お父様、見て!』


 九歳の潔子が、おもちゃのピアノを弾く。


『お父様……見て……』


 十二歳の潔子が、ノートの端に詩を書く。


「……はっ!」


 うなされていた潔子は目を覚ました。


「懐かしい夢……」

「潔子」

「お父様……!」


 多々晃が寝室へ入ってきていた。

 じいやが入り口付近に控えている。


「腑抜けた顔だ。金出甲斐家の淑女として恥ずかしくないのか」


 潔子は身体を起こして父を見上げる。


「わたくし、作家は諦めませんわ」

「用事はそれではない」


 フルーツ盛り合わせをベッドに置く。


「証明してみせろ。そうでなくては面白くない」


 多々晃は去っていった。



 フルーツだらけになった寝室で潔子は待っていた。

 じいやは席を外している。


「来ませんわ……」


 その時、廊下から声がすることに気付いた。


「得名井?」


 潔子はベッドから起き上がり、廊下へ出た。


「お願いします! 待ってあげてください!」


 多々晃の背中が見えた。

 その対面で、得名井が床に頭をこすりつけている。傍らにはフルーツ盛り合わせを置いて。


「彼女は本気なんです! 我が子の創作魂を、信じてあげてください!」


 得名井は叫んでいた。

 他ならない、潔子のために。


 多々晃の声が反響する。


「待たないとは言っていない。今はただ……」

「お願いします!」

「……いや、近くを通ったから顔を……」

「お願いします!」

「人の話を聴け」


 潔子は涙を拭い、寝室へと戻った。



「遅くなってごめん」


 得名井が寝室へ入ってきた。


「これお見舞いの……なんだけど、かぶっちゃったね」


 フルーツ盛り合わせを置く場所を探し、結局自分の膝に置く。


「かまいませんわ」


 潔子は言った。




「完全復活ですわーッ!」


 潔子は大地に降り立った。


「さあ、最後の撮影に入りますわよ!」

「ウワーッ!」

「何事!? 得名井!!」


 空を覆いつくすのは巨大な円盤だった。


「我々はホシより来た。チキュウのエンターテイメントは我らの支配下に置く」

「なんですって!?」

「まずはくだらぬギャグ作品を全面規制する」


 侵略者はタコ型の身体を揺らしながら流暢な日本語で宣言する。


「させませんわよ! とぉう!」


 潔子はこんなこともあろうかと開発しておいた細胞拡大光線によって巨大化する。


「行きますわよ、得名井!」


 潔子の手刀が円盤を叩き落す。




「地球のエンタメを護りますわよ……むにゃむにゃ……」

「寝言大きいな……」


 眠ってしまった潔子に毛布をかけなおし、得名井は寝室をあとにした。



  つづく


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