第14話 怪盗現る!


 その日、潔子と得名井が執筆部屋に入ると、座卓の上に一本のマスターテープが置かれていた。


『金出甲斐潔子様へ 怪盗・未完成大好きより』


 表面に書かれた名前を見て潔子が慄く。


「映画怪盗ですわ……!」

「映画泥棒の親戚?」

「じいや!」


 得名井の気の抜けた言葉はスルーされた。再生機材が運び込まれる。

 電灯が消され、壁をスクリーンにしてテープが再生された。

 白い仮面の人物が映し出される。


『はじめまして金出甲斐潔子君。私の名は怪盗・未完成大好き』


 白手袋をはめた手を広げる。音声は変えられ性別も判別できない。背景は木材が露出している。


『今夜0時、映画『君に恋して』のデータをいただきに参る。なお、このテープは未完成である。フハハハ』


 音と画がずれた状態で映像は終わった。


「映画界で恐れられている千の顔を持つという怪盗ですわ」

「ああ。とうとう出たか」


 いつの間にか居た鳥琉が頭を掻く。


「バックアップは複数取ってあるが、一つでも盗まれたらこっちの終わりだ。その日のうちにウェブに上げられちまう。広告効果は大打撃、監督は違約金を払わされ全部オジャン」

「なんでそんな怪人が跋扈してるの?」

「さあな」


 得名井の疑問は晴れないままだった。

 潔子は決めポーズを取った。


「映画を守りますわよ」


 編集データをバックアップ含めて一か所に集めた。金出甲斐家が誇る500m四方サイズの地下金庫の中だ。金塊が積まれた部屋の中央に強化アクリル製の箱がある。潔子はその蓋を開けて、データの入ったパソコンとUSBメモリを入れさせた。鍵はじいやが預かる。


「これでよし」

「大変だね、怪盗が出るなんて」


 様子を見に来た池輝が言った。緊急事態と聴いて事務所の合宿を休んで飛んできたのだ。


「未成年は休みな。午後10時以降は労働禁止だ」


 鳥琉が高校生の三人を手振りで追い出す。

 潔子は自身の寝室へ戻り、得名井と池輝は執筆部屋に泊まった。


 交代で、工房に籠っていたナナを泰山が引っ張り出してきた。


「いいから働くのよ!」

「ナナは夜8時には寝たいんですよぉ」

「お絵描きでもしてなさい!」


 ガードマンたちは屋敷を巡回する。金庫入り口は特に厳重に配備。

 守るべきデータの周りは鳥琉、ナナ、泰山、つめるが番をすることになった。


 深夜0時。

 なにも起こらない。


「ふわあ。来ませんねぇ、怪盗さん」

「ただの悪戯だったかもな」


 鳥琉が言った時だった。

 地面が揺れる。


「ヤダ、地震!?」

「いいえ、これは」


 揺れていたのは、金庫そのものだった。鳥琉たちは壁に向かって倒れる。

 怪盗は屋敷の地下を掘り抜いて金庫の真下に到達していたのだ。


『ハハハハ、フハハハハ』


 怪盗の笑いがこだまする。屋敷のセキュリティシステムがハックされていた。

 潔子は金庫まで走った。しかし時既に遅し。


『さらばだ金出甲斐君!』


 金庫は、鳥琉たちと共に持ち去られてしまった。


「鳥琉ーッ! ナナーッ! 泰山ーッ! つめるーッ!」




 執筆部屋。

 川の字に敷かれた布団に池輝、得名井、田中が横になっている。


「池輝くんは好きな子とかいるの?」

「ええ~、今は仕事にしか興味ないかな。そういう得名井くんは……まあ聴かなくてもわかるか」

「やば、僕ってそんなにわかりやすい?」


 潔子が戸を開いた。


「何してますのーッ!」

「ウワーッ!」


 得名井が転がった。


「鳥琉たちがデータごと盗まれてしまいましたわ!」

「なんだって!?」


 池輝が浴衣の前を閉じながら起き上がる。


「助けに行きますわよ!」

「行こう、田中さん!」

「御意」


 四人はじいやの待つ管制室へ走った。




「というわけで、自分たちは金庫ごと攫われてしまったようです」


 つめるが冷静に状況を分析した。

 皆は金庫の扉に座っている。外から見れば金庫は横倒しになっているのだろう。


「ナナたち、どうなってしまうんですかぁ……?」

「未完成映画のためならここまでする相手だ、多分……」

「イヤァー! 毒ガスだけはイヤ!」


 ナナの想像力が悪い方へ流れる。


「ツベコベ言っても仕方ないわ。なんとかして脱出しましょ」


 泰山がヒールを鳴らして立ち上がる。天井に取り付いた。


「よし、全員こじあけられそうなものを出せ」


 スケッチブック、水彩絵の具セット、三脚、カメラ、刺繍針、ビジネスバッグ、つめる。


「自分は身一つで編集会議を戦って来ました。やれます」


 武器として立候補してきたつめるを三人は見上げる。


「こいつ一人で大丈夫なんじゃないか?」


 鳥琉の言葉に残りの二人は腕を組む。




「金庫は地下500mの深さを進んでいるようです」


 じいやが探知機を操作して状況を把握する。


「金庫に付けられた監視カメラから穴の表面を解析したところ、敵は改造したシールドマシンを使っているものと思われます」

「シールドマシンって、トンネルを掘るアレ?」


 得名井が訊ねる。

 怪盗はシールドマシンにアームを装着し、金庫を引っ張っているのだ。

 潔子は険しい表情で考えている。


「セキュリティシステムを復旧させれば侵入者をシールドマシンごと焼くことができますわ。でも、鳥琉たちが人質に取られている。迂闊な真似はできませんわね」

「金庫を開くのはいかがか」

「田中?」


 田中の提案に潔子が首をかしげる。


「囚われたのはメディアの荒波を生きてきた大人たちでありもす。信じてみては」

「………やってみますわ」


 潔子は生体認証をクリアし、緊急解体のスイッチを入れた。




 つめるが天井の隅を殴ろうとしたその時だった。


「!?」


 遠隔で巨大金庫が解体された。

 散らばる金塊。炭酸ガスで射出されるアクリルケース。


「なんだかわからんが走れぇえええ!」


 アクリルケースにしがみついて鳥琉が叫ぶ。ナナと泰山は天井があったほうへ、つめるは、残った床板のほうへ。


「破ッ!」


 轟音。つめるの爪先を起点に紙のように床板が収縮する。そして爆風。

 改造シールドマシンは破壊された。


「みんな!」


 金庫のあった大穴には得名井たちが来ていた。緊急用の縄梯子を下す。


「データは守り切ったぜ」


 引っ張りあげられて鳥琉が言う。


「いいえ、最後まで安心できません。ミステリの常道です」


 じいやが言い、アクリルケースを開く。

 電源ケーブルを引きパソコンを起動した。


「中身も無事だ」

「よかったですわーッ!」

「鳥琉様、重たかったでしょう」


 鳥琉の不自然に膨らんだ上着をじいやが取り上げる。金塊がこぼれ出た。


「あ。アハハ、いつの間に……?」


 笑って誤魔化そうとする鳥琉。

 皆、笑った。手に手を取って喜びあう。


「よかったですねぇ! 天使様、じいやさん、ペリカンさん、ダチョウさん、フクロウさん……あなた、誰ですか?」


 ナナがつぶやく。


「……待ってくれるかな、池輝くん」


 ナナの様子を見て得名井は、池輝の腕を掴んだ。


「どうかした?」


 池輝は部屋から出ようとしていた。


「映画、返してもらえるかな」


 得名井は空いた手を差し出す。


「返してって何? なんだか怖いな」

「怪盗・未完成大好きは千の顔を持つらしい。変装の名人ってわけだ」

「そういう得名井くんこそ怪盗・未完成大好きなんじゃないか?」

「池輝くんは僕の事、って呼ぶんだよ」


 池輝の顔をしている者は、空の右手を上げて見せた。その掌に一瞬でUSBメモリが現れる。


「まいったな」


 怪盗が正体を現した。掴まれた腕がすっぽ抜ける。ダミーだ。

 駆け出した怪盗は廊下の窓を割って庭へ出た。その上空にはヘリコプターが待機している。セキュリティシステムが切断されている間に近付いていたのだ。


「チェストォ!」


 得名井が叫んだ。

 彼の手からダミーの腕が飛んだ。

 それが回転して、真直ぐに、怪盗の頭に激突した。


「あ痛ぁッ!」


 怪盗・未完成大好きは昏倒した。




「映画怪盗を捕まえましたわーッ!」


 駆けつけた警察によって怪盗は連行される。

 潔子は扇子で自身をあおぎながら笑う。


「これでわたくしも映画界のヒロインですわね、オーッホッホッホッホ!」

「逮捕の功績もそっちへ行くんだ」

「勿論感謝していますわ、得名井」


 潔子が扇子を閉じる。


「あなたが池輝と仲良くしていなければ、映画は盗まれていた」

「ああ」


 得名井はスマートフォンを取り出す。

 配信でアイドル番組が放送されていた。本物の池輝は合宿中だ。


「離れていても、僕らの友情は本物だ」

「最初に気付いたのはナナですよぉ」

「ナナもありがとう」

「えへへぇ」


 突如、走っていたパトカーが煙幕に包まれた。

 その中から自転車が飛び出す。


『素晴らしい手腕だったよ金出甲斐君! また次の映画で会おう!』


 怪盗は自転車を低めのギアで漕いで、道路を華麗に走り抜けていった。


「映画怪盗、恐ろしい相手ですわ……」


 潔子はねむたげな眼をこすりながら、言った。



  つづく

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