第4話 協力者

 ドアをくぐると喫茶店の店員が素早く声をかけてきたが、先頭を行く“彼女”が待ち合わせである旨を伝える。遊子屋結子の赤一色という出で立ちはもちろん、そこから伝わる不敵な“覇気”のようなものに、店員の男性は明らかにたじろいでいた。


 意気揚々と店内を進む結子のその後ろを、どこか居心地が悪い表情のまま純悟も続いていく。目の前を颯爽と歩いていく“紅蓮”を前にすると、パーカーにジーンズという自身の普通極まりない恰好のほうが、どうにも場違いに思えてならない。


 最寄りの駅で彼女と再会してからというもの、なぜか純悟は終始、気持ちがふわついてしまっている。


 レディーススーツにヒール、化粧に髪の毛と“赤”に染め上げられた結子の姿はやはり道行く人々の注意を分かりやすく惹いていたのだが、一方で結子は周囲から降り注ぐ好奇の眼差しになんらたじろぐことなく、むしろ周囲の反応を楽しんでいるかのような余裕すら見せていた。


 そんな彼女について歩いていくだけで、純悟は自分が打って変わって平々凡々とした存在であるということを痛感し、なぜか妙に気恥ずかしくなってしまう。そのせいか、結子からあれやこれやと世間話を投げかけられても、いまいちいつも通りのトーンで返すことができずにいた。


 結子はこの喫茶店に、“協力者”を待たせていると言っていた。純悟が黙って彼女の後に続くと、壁際の席にいた一人の男がこちらに気付き、手を挙げる。

 待ち合わせていた男性の姿を発見し、結子はにっこりと笑った。


「やあ、毛塚ちゃん。久しぶりだねぇ、ちょい痩せた?」

「そういうお前は相変わらずだな、結子」


 太く、毅然とした真っすぐな声であった。結子はにこやかに笑ったまま躊躇することなく対面に腰を下ろしたが、一方で純悟は待ち合わせていた男性――毛塚という名の“協力者”を前に、一瞬、たじろいでしまう。


 白髪交じりの髪を撫で上げたオールバックの髪形に、グレーのスーツという毛塚の出で立ちはさほど珍しいものではなかったが、彼の顔に深々と刻まれた“傷”に注目してしまった。

 左目から縦に深々と刻まれたそれは顎の下まで到達しており、それを刻んだであろう分厚い“刃”の存在を想起させる。純悟が明らかにたじろぐなか、毛塚は鋭い視線をこちらに向け、対面の結子に問いかけた。


「で、こいつか? お前が前に話していた、“新入り”ってのは」

「そうそう。純悟っていうんだ。今度から私の手伝いをしてもらおうって思ってるんだよ」


 結子の返答に、毛塚は別段表情を変えはしなかった。ただ深く「ふむ」と頷き、なおも立ち尽くしたまま身動きの取れない純悟を、まるで値踏みするかのように鋭く睨みつける。

 純悟が「何か返さねば」と困惑するなか、毛塚はトーンを変えることなく、軽く頭を下げた。


「毛塚だ。こいつとはわけあって手を組んで活動している。よろしくな」

「あ――あ、あの……早乙女純悟、です。よろしくお願いします!」


 声を張った純悟の姿を、背後を通り過ぎたウェイターが少し驚いて見つめていた。明らかに緊張したその姿に、結子も意地悪な笑みを浮かべる。


 純悟もようやく席に着いたところで、一同は飲み物を注文する。ウェイターがオーダーを取り、去っていくのを見届けると、毛塚が再び口を開いた。


「早乙女純悟、だったな。随分と厄介なのにからまれたな、お前も」

「え……それは、どういう――」

「見たところ、まだ随分と若いのだろう。だというのに、よりによって“こいつ”の手伝いをすることになるとは。探せばもっと、割のいい仕事があるだろうに」


 協力者であるはずの毛塚の口から語られるそれは、明らかに結子に対する皮肉の数々だ。純悟は予想だにしない展開に言葉に詰まってしまったが、一方で隣に座る結子はなおも嬉しそうに笑みを浮かべ、無邪気な子供のように声を上げる。


「相変わらず、ずばずば言うねえ、毛塚ちゃんは。随分と手厳しいこって」

「お前とつるんできて、厄介でないことなど一度もなかったからな。先輩としての忠告だよ、忠告」


 けらけらと笑う結子に対し、あくまで毛塚は表情を変えず、ただただ静かに応対し続けている。そんな二人のアンバランスなやり取りを、純悟はどこか唖然として眺める他なかった。

 二人掛けのシートに深々ともたれかかり、結子は腕を組んでどこか不敵に微笑む。


「でもまぁ、“純ちゃん”には見所があるって思ってるんだよ。なんだかんだで、酔いつぶれてた私を助けてくれたわけだし、根は良い奴ってのは間違いないさ!」


 純ちゃん――思えば駅で出会った時から、その呼称を使われていたのだが、あまりにも急な距離の詰め方に純悟は肩の力が抜けてしまう。下の名で呼ばれるだけでも慣れていないというのに、まさか三度出会った段階であだ名を用意されるとは思わなかった。


 駅からこの喫茶店にたどり着くまでの道中、純悟は結子とあれやこれやと他愛ない身の上話をかわしていたのだが、どうやら彼女は今年で28歳ということで純悟より3つも年上になるらしい。自身が年長者だと分かるや否や、結子は今まで以上に無遠慮に、急激な速度で互いの距離を詰めてきていた。


 結子はどこか嬉しそうに「ねっ」と問いかけてきたが、あいにく、純悟は苦笑いを浮かべる他ない。一方、やはり毛塚は二人のやり取りを静かに見つめたまま、「ふむ」と簡潔にうなずく。


「そうか。まぁ、どんなやつだろうが構わんさ。俺としてはいつも通り――お前らに“案件”を流すのが仕事だからな」


 なんとも淡白な反応を見せながら、毛塚は鞄のなかからいくつかの資料を取り出し、机の上に展開していく。純悟と結子はおもむろにそれらを手に取り、眺めてしまった。

 終始、ペースを乱されっぱなしであった純悟だが、手繰り寄せた一枚の紙面を前に、自然と言葉が漏れる。


「これは――家の見取り図、ですか?」

「ああ。今回、お前らに“祓ってもらう”物件の情報資料だ」


 相変わらず毛塚の射るような視線にたじろいでしまい、純悟はすぐに手元の資料を見つめ直す。結子も別の一枚を眺めながら「ふぅん」と目を細めている。


「いわゆる、“ワケあり”な家ってところか。見たところ、古めのアパートみたいだね?」

「駅近にある築30年越えの木造マンションだ。オートロックすらない古いタイプで、今では空き部屋だらけなんだと」

「へえ。古さを除けば、良い物件に見えるけど、やっぱり“こいつ”が理由?」


 紙面を指でとんとんと突く結子に、毛塚は深々と頷く。


「この一室――305号室で5年前、一人の女子大生が“自殺”している。それ以降、後に訪れた住人は皆、一ヶ月ともたずに退去していくらしい。ネット上でも有名な“事故物件”のようだな」


 自殺という物騒な一言に、純悟は思わず唖然としてしまう。改めて手元の物件情報を確認するが、言われてみれば条件に対し、その家賃は破格と言って良いほどに安い。

 事故物件という存在を純悟も知り得てはいたのだが、実際に相対するのは初めてのことだった。額に冷や汗を浮かべたまま、彼は思わず前のめりになって毛塚に問いかけてしまう。


「それってつまり、その自殺した女子大生が……この部屋でなにか、悪さをしているってことですか?」

「察しの通りだ。十中八九、この女子大生――名前を折笠梢おりかさこずえ、といったか――彼女がまだ、部屋に居座り続けている影響だろうな」


 毛塚があっさりと“霊”という存在を認めていることに、純悟はどこかたじろいでしまった。その風貌からてっきりもっと現実主義的な思考の持ち主かと思い込んでいたのだが、やはり彼も結子同様、“こちら側”に立つ人間のようだ。


 純悟がごくりと生唾で喉を鳴らすなか、結子はなおも変わらぬ気安いトーンで話を進めていく。


「なるほどねぇ。その女子大生、なんでまた自殺なんか?」

「痴情のもつれらしいな。当時、付き合っていた男性に手痛くふられ、憔悴していた姿を大学の同級生たちが確認している。男受けする容姿をしていたようだが、当時は見る影もない、瘦せ細った姿で大学に通っていたようだ」

「そっかぁ。わざわざ、男一人で命を絶つこともないだろうに。残念だなぁ」


 そうこうしていると、先程注文していた飲み物をウェイターが運んできた。純悟はたまらず、手渡されたアイスコーヒーを一気に喉に流し込み、渇きを癒してしまう。まだ多少の会話を交わしただけだというのに、酷く肉体が衰弱していた。


 寂しい考え方かもしれないが、失恋によって誰かが命を絶つという事例など、この大都会・東京ならばそこら中に転がっているのだろう。純悟が知らないだけで、もしかしたらこうしている今もどこかで、誰かが亡くなっているのかもしれない。


 しかし、その死者が亡くなった場所に今も居座り、後からやってくる住人を苦しめ続けているなど、ホラー番組や映画といったフィクションの世界でしか見たことがない。

 いわゆる“地縛霊”と呼ばれる存在について、毛塚と結子は真剣に話し合いを続けている。その異質な空気感が、同席している純悟の体力と気力を酷く消耗させてしまうのだ。


 結子は手元のメロンソーダをストローで飲みながら、なおも今回の一件について確認を進めていく。


「ということは、依頼主はこのアパートの持ち主……いわゆる大家さんってところかな?」

「ああ。この一室の噂が広まったせいで、アパート自体に誰も寄り付かなくなってしまったのを嘆いているようだ。すでに何件か、別の“祓い屋”にもすがったようだが、どれもこれも紛い物だったらしい」

「ふぅん。じゃあ、結構厄介な案件かもね。その女子大生、よほど未練があるんだろうか」

「折笠梢については、引き続き俺のほうでも裏を探ってみる。そちらはいつ頃に動くつもりだ?」

「そうだねぇ。まあ、準備とかも含めて考えると――明後日には、片付けられると思うよ」


 あっけらかんと言ってのける結子に対し、あくまで毛塚は「そうか」と端的に答え、内容をアナログな手帳にメモしている。

 二人の会話を黙って聞いていた純悟だが、結子の一言が気になり、思わず口を挟んでしまった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。今、明後日って言ったけど……それってつまり、明後日、この物件に行くってことか?」

「もちのろんよ。だって、行かなきゃあ“祓う”こともできないでしょ? 私もさすがに、今はやりのリモートワークみたいなことはできないからさ」


 これまた平然と言ってのける結子を前に、純悟は目を丸くしてしまう。二人に遅れ、ようやく自分が置かれている状況を理解できてしまった。


 成り行き上とはいえ、今や純悟は結子と共に活動している“祓い屋”のメンバーなのだ。つまるところ、純悟も結子と共にこの“事故物件”へと乗り込む必要がある、ということになってしまう。


 それは言わずもがな、その“自殺”した女子大生・折笠梢のもとに、赴くということなのである。

 死んだはずの彼女が、いまもなお色濃く焼き付いたままの、マンションの一室に。


 それを想像するだけで、なぜか喫茶店の温度がぐっと低くなったかのように純悟は錯覚してしまった。おもむろに手に取ったグラスは結露でぐっしょりと濡れていたが、そこに自身のおびただしい手汗が混ざり、ガラスの感触をひどく不確かなものに変えてしまう。


 すぐそばで話しているはずの結子と毛塚の声が、なぜか遠ざかっていくように錯覚した。なんとか口元にアイスコーヒーを運んでみるが、指先の感覚が希薄で微かな震えすら伝わってくる。


 純悟はどうしても、かつて自身を襲ったあの“怪異”の記憶をぬぐい去ることができずにいた。真夜中の街路で遭遇した存在に植え付けられた恐怖が、これから向かおうとする事故物件という存在によって再び、心の奥底から浮上してきてしまう。


 もしかしたらまた、自分は――想像のなかで新たなる“怪異”に襲われかけてしまう純悟を、突如、背中に伝わった衝撃が現実に引き戻す。

 隣に座っていた結子がなにを思ったのか、純悟の背中をいきなりひっぱたいたのだ。


「ッ!! なあ!?」


 思わず大声を上げた純悟を、近くにいたウェイターや離れた位置に座っている客たちが不思議そうに眺めていた。だが、そんな周囲の視線よりも、純悟は背中に伝わった痛みに目を丸くし、狼狽してしまう。

 驚き我に返った純悟に、結子はにんまりと笑ってみせた。


「そう、気張りすぎないの。大丈夫大丈夫、やばいのが出たら、私が何とかしてあげるからさぁ」


 慌てて隣に座る彼女に振り向くが、結子は構うことなくメロンソーダをじゅるるると音を立ててすすっていた。またしても心の内を読まれてしまったことに、純悟はまばたき一つできず、唖然としてしまう。


 しかし、その痛みが事実、純悟を嫌な想像から現実へと引き戻してくれた。慌てて視線を走らせたが、対面に座る毛塚は何も言わず、ただ静かにホットコーヒーを口にしている。


 なにがなんだか分からないまま、とにかく純悟も手元のアイスコーヒーで喉を潤す。一気に飲み干したグラスのなかで、微かに染まった氷がガラリと音を立てて崩れた。


 冷たいため息をつく純悟を横目に、やはり結子はどこかにやにやと、無邪気な笑みを浮かべたまま見つめる。


「まぁ、こんな経験、そうそうあるもんじゃあないからねぇ。緊張しちゃうのも無理はないさ。一種の“社会経験”だと思って、気楽にしてりゃあいいよ」


 あっけらかんと言ってのける結子だが、普通の社会人は“地縛霊”と対峙したりはしないし、それを“祓う”場面に遭遇などしないだろう。結子なりの気休めの言葉だったのだろうが、純悟としては目を丸くして、情けなく肩を落とすしかなかった。


 そんなでこぼことしたやり取りを交えつつも、一度の“作戦会議”はやがて閉幕となった。やるべきことが決まった一同は軽い雑談を終えた後、早々に喫茶店を後にする。


 やっと終わった――とため息をつく純悟だったが、会計を済ませたところで突如、結子が「ごめん、トイレ行ってくる」と、足早に店内に戻ってしまう。何気なく彼女を見送り店を出た純悟だったのだが、やはり一拍遅れてなんとも“まずい”状況であることを察した。


 思いがけず、店の外で毛塚と二人きりになってしまったのである。結子が来てから去るつもりなのか、毛塚は静かに手帳を眺めていた。


 改めて、その常人離れした威圧感に、純悟は委縮してしまう。とはいえ、黙ったまま並んで立ち尽くすのも、間違っているような気がしてならない。

 思考を巡らせ、幾度となく言葉を選び、純悟は意を決してその強面の“協力者”に語りかける。


「あの……毛塚さんはなんで、彼女に協力を?」


 純粋な疑問を投げかけた純悟に、やはり毛塚は黙したままその鋭い視線を向ける。真正面から叩きつけられた圧にたじろいでしまいそうになったが、毛塚はすぐに答えてくれた。


「過去に色々あってな。もう結子とはかれこれ、6年来の付き合いになる」

「6年、ですか……じゃあもう、随分と長いんですね」

「そうだな。あの頃は俺もまだまだ、世の中を知らない“甘ちゃん”だった。かつてはお前と同じで、“霊”だの、“妖怪”だの、そんなものは空想上の産物だと決めつけていたんだ」


 毛塚の独白に、純悟は思わず「えっ」と声を上げてしまう。見れば毛塚はすでに視線を純悟ではなく、遠くの街の景色へと向けていた。


「当時俺は、駆け出しの“刑事”でな。この東京にはびこる“悪”を排除するんだって、息まいていた。若造のくせして、あれやこれやと危ない案件に首を突っ込んでは、上の奴らに目の敵にされてたよ」

「刑事さんだったんですね。でも、“当時”ってことは、今は――」

「もう、足を洗ったよ。なにせこの世には、悪党よりももっとたちの悪い、“化け物”がいるって知っちまったからな」


 そう言って毛塚は微かに、顔に刻まれた“傷”に触れる。そのわずかな所作を、純悟も見逃さなかった。


「とある“連続殺人犯”を追い詰めた俺らは、そこで見ちまったんだよ。犯人の――まだ20そこらの若造だったが――そいつの体のなかに潜んでいた、“化け物”をな」

「体のなかに……じゃあその犯人は、すでになにかに体を乗っ取られていたってことですか?」

「そうらしい。だが、当時の俺たちにとっては、わけが分からなかったよ。突然、犯人の体から“黒いなにか”が飛び出たかと思ったら、そいつが瞬く間に同僚の体をばらばらに分解しちまった。先頭にいた二人が真っ二つになったかと思えば、その後ろにいた二人の首が一瞬で千切れとんだよ」


 毛塚の口をついて出る衝撃的な事実に、純悟は言葉を失ってしまう。かつての“刑事”の眼差しのなかには、どこか酷く物悲しい色が浮かんでいた。


「拳銃も使用したが、まるで駄目だった。俺も顔に一撃もらって、そのままあっさり薙ぎ倒されちまったんだよ」

「じゃあその傷は、その時の――」

「不思議なもんでな。そういう時、“痛み”ってのはそこまで感じねえんだ。ただ一つ、明確に分かることがある。『俺はこれから、死ぬんだ』ってことが、シンプルに脳みその奥に叩き込まれるんだよ。そうすると人間、何一つ身動きが取れなくなる。まるで細胞そのものが、生存することを断念したかのようにな」


 それはまるで、かつて夜道で“怪異”に襲われた純悟と同じである。わけが分からないまま人ならざる者と邂逅し、何一つ抵抗できないまま、“怪異”に襲われ、死を覚悟したあの夜と同様だ。

 思わぬ共通点に純悟が驚くなか、毛塚は「ふう」と乾いたため息をついた。


「俺は運が良かっただけさ。あと数秒――“あいつ”が駆けつけるのが遅けりゃあ、俺は今、こうしてこの場にはいねえ。あのお気楽でガキっぽい“祓い屋”さんは、俺にとって命の恩人ってことだ。だからこそ、俺にできる限りのことはやってやりたい。それだけだよ」


 散々な言葉ではあったが、一方で毛塚のそれに嫌味や敵意のようなものは感じ取れない。なぜ、こんな強面で物静かな男性が、あの能天気な“祓い屋”に加担しているのか、純悟にもその背景がようやく理解できてきた。


 だが一方で、今度は隣に立つ毛塚自身への疑問が純悟のなかに湧き上がってしまう。再び自身のなかで言葉を選んでいく純悟だったが、そんな彼の思惑を“協力者”は一手早く汲み取ってしまった。


「お前さんも経緯はどうあれ、あの変わり者の“祓い屋”に命を救われた口だ。つまり俺らは似た者同士――だから、俺の経緯も話しておくのが“すじ”だと思ってな」


 思いがけず答えを提示され、純悟はなおも驚くほかなかった。なぜ毛塚が、自身の過去をここまであっさりと語ってくれたのか。その疑問の答えを受け取り、ついに純悟は押し黙ってしまう。


 この東京という場所で、“彼女”に救われたのは純悟だけではないのだ。

 毛塚がそうであるように、“彼女”はきっともっと多くの人々の悩みを解決し、ときには身を挺して誰かを危険から守っているのだろう。


 そうこうしていると、件の“祓い屋”がようやく店内から戻ってくる。結子はどこか困ったように、白い歯を見せて笑った。


「いやぁ、おまたせ。ごめんごめん! 前に入ってたおっさんが、長いのなんのって――」


 毛塚は相変わらず物静かに応対していたが、一方で純悟は戻ってきた結子の姿を、改めてまじまじと見つめてしまう。


 赤一色に染め上げられた彼女の無邪気な姿に、毛塚が語ってくれた“過去”が重なる。

 彼女はその夜も、一人で立ち向かっていたのだろう。この世とあの世の狭間に存在する、人ならざる“脅威”に対して。


 不意に風が吹きつけ、結子のポニーテールをばさりと弄ぶ。舞い上がった彼女の赤い髪の毛が、まるで“炎”のように鮮やかに街の景色を彩った。


 無邪気さゆえの自由と、世界の裏側を生きる者としてのしたたかさ。

 相反する“光”と“影”を持つ彼女の赤い姿を見つめ、純悟はただ大きなため息をつくほかなかった。

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