第7章 うぃんたそと初コラボってありですか?
放送が始まる直前、俺の放送ではないようなオシャレな———所謂待機画面が画面の中で動く。小さな二頭身のうぃんたそが画面の中で揺れながらハトたちと歌を歌う、そんな待機画面だ。そんな画面を、今日、俺は1視聴者としてではなく、1出演者として眺めている。不思議な気持ちだ。余談だが、俺の右手は汗でびしょびしょである。まさに、手に汗握る、だ。
ちなみにこのコラボ配信だが———ばりっばりに事前告知してある。事前告知では、「今話題‼うぃんたその推しVTuberのあの人をお招きしての放送だよ‼みんな見てね~」なんて広告が打たれていた。決して、秋城が来るとかは書かれていない。だが、そんな告知文に秋城のシルエットが載った画像が掲載されていたせいでもうネット上……主にゆったー上は大騒ぎだった。
『秋城⁉』
『うぃんちゃんそんなやつとコラボする必要ないよ』
『秋城ニキマジでなんでも利用するじゃんw』
『乞食ニキwwwwww』
『大手すり寄りニキwwwwww』
反響といえばもう、大反響だった。……悪い方向に。まあ、仕方ない。俺が視聴者の立場ならそういう反応をするし、大体のこの意見を言っている人間たちは残念ながら「伝説の配信」しか見ていない層だろう。要は、秋城ではなく、秋城の話題性しか見ていない奴らだ。論外。そんなことを考えながら、俺はカフェイン飲料の缶を指でとんとんと弾く。すると、ヘッドフォンから聞こえてくる降夜さんの声。
「よし、ちゃんと高山さんの———いえ、秋城さんのモデルも映るのを確認したわ。……その、大丈夫?」
降夜さんが聞きにくそうに聞いてくる。きっとそれは、今Utube配信の画面の中に流れているコメントについてだろう。コメント自体はワードブロック機能が活きているのか大分字面は不穏ではない。少なくとも、死の文字が飛び交ったり、殺すなんてコメントが流れたりはしていない。———が、正直、ワードブロック機能なんてたかが知れていて。
(凄いよな、日本語って)
こちらの想定していないワードを使って、ワードブロック機能でブロックしたい文章を伝えてくるのだ。その悪意の数と言えば、自分の生放送時よりも圧倒的に多くて。俺は喉元を押さえる。
「いやまあ……覚悟はしていたけど、すげえな。人間ってオモシロ!みたいな感想しかでてこねーわ……」
某ノート漫画の死神のような言葉を零しながら緊張を紛らわせる。それぐらいしか俺にできることはなかった。
「……今更だけど、セーフワード決めましょうか?」
「セーフワード?」
「AV撮影とかで使うアレよ、知らない?」
逆に降夜さんはなんで知ってるんですかね、そんな言葉が口を継いで出そうになるのを飲み込んで俺は口を開く。
「知らん」
「……本当にこの放送に耐えきれなくなったら口にする言葉。そのワードが口にされた時点で、秋城さんとの通話を切って、私単独の放送に戻すわ」
ほうほう。セーフワード、それは俺がどうしようもなくなった時の緊急脱出装置のようなもの、のようだ。……それは降夜さんの優しさだった。俺が逃げ出せるように、俺がこれ以上辛い思いをしないように。……だけど、そんなもの用意してしまったら、逃げるという選択肢ができてしまうではないか。だったら、そんなものは用意しないに限る。
「いや……セーフワードは用意しねえ。うん、最後まで俺の足で踏ん張ってみせるさ」
俺がそう口にすれば、降夜さんの何度か言葉を発しようとする雰囲気をヘッドフォン越しに察知する。だけど、出てこない言葉。それはきっと俺を気遣おうとした言葉なのだろう。優しい、優しい、人だ。
「……本当に、いいのね?」
「いい、俺が決めたことだからな」
二人の間で沈黙が流れる。あまり多くは会話をしていられない、もうこの会場には多くの視聴者が集まって、今か今かと俺とうぃんたそを待っているのだから。
「ああ……やっべ、同接5万とか震えてきたわ……降夜さ……うぃんたそは慣れてるのか?」
「多少はね。じゃなきゃ、大手会社のVなんてできないわ。———さあ、行くわよ」
「っ……おう‼」
そんな会話を交わすと、俺が一応サウンドオフで開いている、Utubeの画面が動き出す。可愛らしい、うぃんたそが跳ねて動いてのオープニングそして、画面が———幕が開く。
「勝利を運ぶっ、鈴の音鳴らすVTuber‼鈴堂うぃんだよ~~‼みんなー、今日の告知見てくれたかなぁ?」
そんなうぃんたそのフリにコメントが一気に沸き上がる。
『見た見た!』
『見たよー!』
『うぃんたそ秋城すこなん?』
『うぃんたそもTCGUtuber見るんだね‼』
『うぃんたそもバトマスやってるん?』
『いや、バトマスやってなくても見るだろwあれはw』
俺の配信以上の大量のコメントが流れる。これでワードブロック機能も働いているというのだ、その総量と言えばとんでもない量だろう。
「うぃんたそはねえ、バトマスは小さいとき……見習い天使のときにやってたんだよねえ。でも、やっぱり……ガチ勢の方々に捻り潰されていた、というか……大天使様方の財力には勝てないよぉ」
とほほ、と悲し気な声を出すうぃんたそ。見習い天使やら大天使やら、普段なら絶対使わないような言葉が飛び交うが、これを普通の言葉に訳すなら〝バトマスは子供の時にやってたけど、ガチ勢に捻り潰された上に、大人の財力見せつけられた〟が正しいだろうか。所謂、VTuberのキャラづくりというやつだ。うぃんたそは天使だからな、マジ天使。
「というか、みんな。バトマスの話題を振ってくるってことは誰がゲストか分かってる感じだね?心なしか同接凄い数来てるし……もうみんな待ちきれないかな?」
うぃんたそのモデルが両手の指を口の前で合わせて、そわそわと動く。無論、コメント欄も。
『秋城ニキが来るってことは……喋る気なんだろうからなあ』
『これがただの雑談配信だったらがっかり』
『秋城ニキ説明キボンヌ』
『生きてるん?生きてたん?』
『二代目秋城説』
『秋城乗っ取られ説』
『あのゆったーの報告はなんだったんですか‼』
芸能人の記者会見よろしく、様々な意見が飛び交う。それは詰問だったり、希望的観測だったりと様々だ。うぃんたそはそのコメント欄を見てにこにことしながら口を開く。
「あは、みんな待ちきれないみたいだね。じゃあ、改めて‼ゲストの秋城さんだよ~~~‼」
俺の、秋城のアバターが画面上に表示される。チャットアプリでは降夜さんからの「自己紹介」の指示が飛んでくる。コイツ、喋りながらチャットも打ち込んでるのか……。
「あー、初めまして……いやでも、ぜってえみんな俺のこと知ってるよな?」
そう俺がコメント欄に振れば、コメント欄はうぃんたそが振った時の倍の量で返してくる。
『知ってる』
『知らん方が少ない』
『傲慢野郎』
『ニキ久しぶり』
『伝説の配信みたで』
『はよ説明しろ』
『↑早漏は黙ってろw』
『でも、ニキの自己紹介聞きたいやで』
『様式美』
なるほど、ちなみにコメントビューワーには大量の、このコメントはワードブロックされています、の文字。つまりは、目に見えていない悪意が大量に潜んでいるのだ。
(こえー……こえー、けど)
喋るしかない。そうして、俺は口を開く。
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