第6章 転生暴露ってアリですか?


「て、んせい……?」


 静かな部屋。静かすぎて、降夜さんの声が震えているのまでわかった。


「それって……ちょっと前に流行ったアニメの……」

「……そうなりますよね。……よし、じゃあ、ちょっとお話ししましょうか。そうですね……秋城の放送で好きだった回とかってありますか?」

「え、えーと……開封で興奮しすぎて台パン、妹さんが乱入してきた回、とか好きです……?」

「ああ、懐かしい」


 俺はその日のことを思い出しながら口を開く。その回は最新弾のカートンを買ってきて開封する回だった。その弾の名前は「爽快‼ユラゴンGO BATTLE‼」。カートンで買ってきたのだが、何故か1箱目がエラー箱だったのか、1パック封入が少なかったのだ。そんな撮れ高……もとい不幸から始まった放送。1パックの不幸から始まった放送も、4箱を超えるとマンネリしていく……そんな中迎える、5箱10パック目お目見えしたのは「ボコル・ドーラス」という1カートンに1,2枚しか入ってないと噂のカードだった。当然、秋城大興奮。


「あれ、手元しか映ってなかったじゃないですか……妹が乱入する前、秋城が一瞬唸り声あげたの覚えてますか?」

「あの、腹から出したかのような、その、……大変男らしい声ですよね……」

「ああ、いいんですよ。素直に汚い声って言って……あれ、勝利の声じゃないんですよ」

「え?」


 あの時、俺は勝利の地団駄を踏み、全身で喜びを表現していた、そりゃもう激しく。そして、大の成人男性がそんな喜び方をすれば……当然家は悲鳴を上げる。


「端的に言うとですね……床を踏み抜きまして……俺の部屋2階だったんですけど、2階の床、1階の天井に穴を開けまして……」

「す、すごい撮れ高ね……いえ、撮れ高ですね……」


 口を押えて呆然と話を聞く降夜さん。


「そこからは放送であった通りです。うるさいっ、と怒鳴りこむ妹……そして、放送しているからと追い出す俺……でも、実際は踏み抜いた床を隠すために追い出していた、そんな放送でしたね……」

「え、バレなかったんですか?」

「はは、バレましたよ?翌日、かんかんに妹に怒られました」

「あ、あはは……」


 そんな放送の裏話。俺ができる俺が秋城であったことの証明はそれぐらいだ。


「他にも、降夜さん的に面白かった回ありますか?」


 そこから俺は懸命に話した。記憶を手繰り寄せながら、俺が秋城であると証明をするために。———でも、俺の頭のどこかで冷静な俺が囁く。


(それが創作じゃないっていう証明は?)


 ……所謂悪魔の証明だった。俺がどれだけ話したところで、俺が秋城であるという確定的な証拠になりえない。だから、最終的な判断は降夜さん———うぃんたその良心によるところが大きい。そのことを理解して、苦しくなる。自分が自分であることを証明するのがこんなに苦しいことだなんて思わなかった。そして、俺はこの苦しい説明をもう一回……次は視聴者の前で行わなければいけない。あの悪意に塗れたインターネットに、良心を求めなければいけない。


(……苦しい)


 喋っていると喉が引き攣りそうになる。精神的な苦しみが体を追い込む。


(こんなに苦しいならガワを変えてもう一回ゼロからVTuberを始めればいいのに)


 そう頭のどこかで囁く、冷静な俺。だけど、俺は———過去の自分を、秋城を消したくない。あの時できなかった、秋城をみんなの記憶の中に残したいッ!


「……あと他にも……」

「いえ、大丈夫です」


 降夜さんの凛とした声が俺の言葉を止める。そのストップがまるで裁判で使われる木槌の音のように聞こえた。肩で息をして、少し減った軽食たちを見つめる。


「……悪意的に解釈するなら、それらは全て生放送を見て研究した人間の創作話で、偶然何らかの方法で……いや、秋城さんのlive2Dモデルを再構築し、秋城さんのアカウントを乗っ取った人間が目の前に居る……そう、解釈もできますね」


 降夜さんがアイスコーヒーを啜る。氷同士がぶつかるカラン、という音がやけに響いた。心臓が、握りつぶされそうなほど痛い。どれだけ俺の記憶を語っても———他の人には創作話に聞こえてしまうのだ。悪魔の証明は、証明できないから、悪魔の証明で。


「でも」


 その一瞬、何故か降夜さん自身には似ても似つかないうぃんたそが笑う幻影が降夜さんにダブって見えた。


「好意的に解釈することもできます。本当にあの伝説の放送で前世の秋城さんが死に、タイムラグもなく転生。……その後、なんらかの……今学生って言ってましたけど、大学生ですよね?」

「はい、雪鷹の台大学に通っています……」


 俺が学生証を提示しようと鞄に手をかけようとすれば、降夜さんが手でストップをかける。そうして、降夜さんは瞳を軽く閉じ人差し指を軽く回すのであった。


「そうですね……配信機材、高いじゃないですか。それを揃えたうえで、インターネットの使用制限がなくなるまで待って、……今、この世に秋城が復活した、とかですかね」


 瞳を開けて楽し気に笑う降夜さん。全然違うが、それはとても暖かいカバーストーリだった。善意と好意で柔らかく包装された俺の過去。


「———私は好意的に解釈したいわ」


 その声は今までの所謂外行きのちょっと高めの声ではなく、恐らく地声に近いのだろう、低くて、でも、凛とした声だった。


「あ、その……こほん、その、ですね」


 降夜さんははっ、として口調を間違えたことをカバーするように言葉を続けようとする。だけど、そんな降夜さんのふ、とした素が嬉しくて。秋城復活以降ネットでは常に悪意と好奇を向けられ続けた俺の心にその好意的な解釈は暖かな灯りをともした。


「大丈夫ですよ、その……砕けた口調でも。此処には俺以外居ませんから」


 俺のその言葉にぽかん、とちょっと驚いた顔をする降夜さん。そうして、手持無沙汰にコーヒーをかき回して笑うのだ。


「じゃあ、素で喋らせてもらうわ」

「おう……いや、はい」

「あら、別に高山さんも素で喋っても構わないわよ」


 今度は降夜さんがそう意地悪そうに笑う。これは一本してやられた……いや、俺の自爆だが。恥ずかしくなって、首を手で押さえて俯く。


「それで、秋城さんの特集についての話なのだけれど———」



 気づいたら、日が傾いていた。オレンジ色の光が強く窓から差し込む。あれから俺たちはうぃんまどで何を話し、どういう結論に着地させるかを話し合った。俺の嘘みたいな話を降夜さんは真剣に聞いて、喋っていい部分、喋らなくていい部分、を区分けしてくれた。そうして、打ち合わせをし、うぃんまど出演日時を決め———退店するか、そんな流れになったとき、俺はふ、と思い立つ。そういえば、緊張続きでファンとしては一番いうべきことを忘れていた。


「あ、降夜さん……いえ、鈴堂うぃんさん」


 俺の急に改まった態度に怪訝な表情をしながら、降夜さんが口を開く。


「急になによ、高山さん」

「その……ずっと!ずっと、応援していました……いや、これからも応援し続けます。これからも活動頑張ってください」


 俺がそう頭を下げる。応援は、文章にしてこそ、口にしてこそ伝わるものだ。俺は秋城として再活動し始めてそれを学んだ。だから、うぃんたそへの精一杯のメッセージを。すると、頭の上から降ってくる優しい声。


「……顔、上げなさい。そして、一度しか言わないからよく聞くことね」


 そう言われ、ゆっくりと顔を上げると降夜さんは今日見た中で初めて見せる———とても嬉しそうな笑みで口を開いた。


「———勝利を運ぶ、鈴の音鳴らすVTuber鈴堂うぃんだよ。秋城さん応援ありがとう、秋城さんも活動頑張ってほしいな」


 きらきら、と輝いていた。黒髪が夕日にきらきらと反射して。その黒髪はうぃんたそにはないもの、でも、そこに確実に鈴堂うぃんは居た。そこに居たのは紛れもない鈴堂うぃんだった。



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