第5章 売れっ子VTuberのリアルが美少女ってアリですか?

 あれから何度かのDMの往復があった。俺からは快く受けたいが懸念点があること、それはかなり信じがたいことかもしれない。そんなニュアンスのメールを送って、うぃんたそからは覚悟して打ち合わせに望むとのこと、とりあえず打ち合わせだけでも受けてもらえて嬉しいとのこと———。何回かDMを往復して思う。……鈴堂うぃんというVTuberの中身は普通の人間なのだということ。まあ、でも、そんなものだ。俺だって普通の人間だし。

 そうして、最終的な打ち合わせの日時を決めてDMのやり取りは途絶えた。打ち合わせは7月の25日月曜日だ。すっかり大学が夏休みに入り、暇な俺は相手が提示した日にちで一番近い日にちを指定した。そんなこんなで迎えた当日。




「あっちぃ……」


 普段クーラーの元で悠々自適に過ごしている引きこもり大学生にはちょっと耐えられないぐらいの気温。しかも、上から降り注ぐ日光も暑いのに、下からのアスファルトからの照り返しもきついときた。地獄か、此処は。タオル地のハンカチで汗を拭いながら、駅ビルのウィンドウに反射した自分を見て襟を正す。おかしなところはない筈だ、天下のウニクロとC.U.にて新品の洋服を買ってきたのだ。


(大丈夫、大丈夫)


 初デートを迎える高校生か、なんて自分で自分に内心ツッコミを入れながら、街中を歩いていく。指定されたのは……、うぃんたそに指定されなければ知らなかったような個室のある喫茶店。店名を聞いてからネットで調べたが、どうやら、その手の業界の方々からはご用達のお店のようだ。


「いらっしゃいませ、お名前をお願いいたします」


 お店に入れば開口一番名前を問われる。それにはこう答えればいいとうぃんたそから聞いていた。


「鈴堂です……」


 歯切れ悪くなるのはあまりにお店が高級感に溢れて居心地が悪いから。相手はそんな様子の俺をものともせず、「こちらです」と案内をし始めてくれる。このお店は全て個室で対応しているようで、全ての部屋の扉が閉められている。


(トイレから帰ってこれなさそうな店だ……)


 的外れな感想を抱きながら、店員さんに静かについていく。しばらく歩くと一つの扉の前で立ち止まり、扉が開かれる。俺はその瞬間、息を飲んだ。そこに居たのは———。


「初めまして」


 「凛としている」とは彼女みたいな人間のことを言うのだろうと思った。切れ長ではあるが決して小さくはない、むしろ、ぱっちりしている瞳。その瞳は澄んだ水色をしていて、いつか修学旅行で訪れた沖縄の海を彷彿とさせた。そして、腰のあたりで綺麗に切りそろえられた黒髪は痛んだところなんて一切なく艶やかだ。思わず、見惚れる。


「あの……」


 俺が呆然としていると、その女性が心配そうにこちらに声をかけてきた。


「あ、すみません……」


 見惚れちゃって、そんなことは言えずに軽くお辞儀をする。気づけば店員さんは退出していて、その部屋の中には女性と俺だけになっていた。


「改めまして、鈴堂うぃんを演じるというわけではないですが、中の人……魂?言葉って難しいですね、……鈴堂うぃん改め降夜コウヤ 鈴羽スズハと言います。こちら名刺です、お受け取りください」


 そう深々と頭を下げ、腰を90度に曲げ名刺を差し出される。クソ、名刺の受け取り方なんてもう流石に覚えてない、その上俺に名刺はない。そんな焦りのような感情を感じながら、女性……降夜 鈴羽に負けないぐらい腰を曲げて名刺を受け取る。


「すみません、名刺はないんですが……秋城改め高山 隼人って言います。本日はお招きいただきありがとうございます……?」


 ちらり、と降夜鈴羽を見れば丁度彼女も顔を上げるタイミングであったため、合わせて顔を上げる。


「緊張しています?」

「そりゃ、ガチガチですよ……」

「よかった、私だけだったらどうしようかと」


 そう口元だけほっとしたように笑う彼女にちょっと緊張が抜けていく。


「さて、まずは座りましょうか」


 そう促され、白い四角いテーブルの通路側の椅子の1個に俺は鞄を置き、もうひとつの椅子に腰かける。そして、俺の対面に同じように腰かける降夜 鈴羽。


「なにかアレルギーや苦手な食べ物は?」

「いや、特にはないです」

「じゃあ、軽食は適当に頼みますので気が向いたら摘まんでください。飲み物はどうされますか?」


 そうして、今時にしては珍しい紙のメニューが差し出される。その一覧を見て間違っても炭酸飲料なんかが存在しないことを確認して内心苦笑する。


「アイスコーヒ―をお願いします、もう暑くてカラカラで……」

「今日、40度越えですものね。分かります、じゃあ、こちらで注文しておきますね」


 そう降夜 鈴羽は手元の端末を操作する。そうして、注文が終わったのだろう、端末を置いて微笑んだ。


「……改めて……って、何度改めるのでしょうね。詳細なお話はコーヒーなどが届いたらにしましょうか。失礼でなければ、雑談でもしませんか?」


 そんな提案。雑談、雑談……なにを話せばいいんだ……。


「ぜ、是非……?」

「肩の力を抜いてください、取って食べたりしませんから」


 そう笑みを浮かべる降夜 鈴羽になんとなく踏んできた場数の違いを感じる。だ、だけど、俺だって20うん年前までは会社で働いてたんだ、その時の会話術を思い出して……。


「えーと……降夜さん……?」

「はい、高山さん。あ、うぃんの方が呼びやすかったら、気軽にうぃんちゃんとかでもいいですよ?」

「いや、流石に……初対面の女性の下の名前にちゃん付けは……」


 そもそも下の名前という表現も正しいのか、緊張でガチガチになった脳みそはオーバーヒート気味に回り続ける。


「高山さんは普段はお仕事を?」

「あー……いや、仕事はしてません。学生です」

「えっ、学生……?」


 素直に口を押えて驚きの表情を浮かべる降夜さん。まあそりゃそうだ。秋城は……少なくとも、復活前の死んだ秋城はブラック企業に勤めていることは公にしていた。


「失礼」


 俺は流石に話が始まる前に追い出されるのは避けたくて、端末を取り出し、Utubeのアカウント画面を表示し、それを降夜さんに提示した。


「……確かに、秋城さんなんですね」

「秋城です。これがDMで触れていた、信じがたいかもしれない懸念点です」


 俺がそう区切って、もう一度声を発そうとした瞬間。コンコン、と扉を叩く音が部屋に響いた。


「どうぞ」


 俺は端末の画面を咄嗟に消して、端末を引っ込める。そうして、店員さんが部屋に入って来て、それぞれの椅子の前にアイスコーヒー、そして、テーブルの中央に俺の掌二つぐらいの大きさの三段重ねのお洒落なお皿が置かれる。あの、アニメで貴族とかが使ってそうなやつね。……を置いて、お辞儀をして出ていく。お皿の1段目はサンドイッチなどの甘くなさそうな軽食、2段目は所謂スコーンというものだろうか?


(初めて見たかもしれん……)


 そして、最後3段目には一口サイズのピンク色のムースや苺のタルトなど甘そうなものが乗っていた。俺はそれらのお洒落な食事を目の前にして困惑する。そして、そんな俺の様子を見て降夜さんはくすり、と笑うのだ。


「今の心の中、当ててあげましょうか?」

「え?」

「食べ方がわからん、とか思ってません?」


 そういたずらっ子のような笑みを浮かべて下から見上げられれば、胸がどきり、と鳴る。なるほど、絵になる。


「……正解です。こういう作法?マナー?には疎くて……」

「構いませんよ。私以外いませんし、私は他人にマナーを強要するのはあまり好きでないので、好きに摘まんでください……あ、食い荒らすのはなしですよ」

「しませんって」


 そうどちらともなく自然な笑みが零れる。なるほど、プロのVTuberの話術だ。


「で、さっきのお話……もしかして、アレが本題だったりしますか?」

「そうですね……すみません、コーヒーが来てからという話だったのに」

「いえ、その流れを作ってしまったのは私なので……その、2代目……一番最初の秋城さんから受け継いだ、とかそう言う感じでしょうか……?」


 降夜さんは言葉を濁しながら、なんとなく落ち着かないのかアイスコーヒーにミルクとガムシロップを注いでそれをストローでかき回す。


「いや、アレは俺です」

「……でも、その当時、生まれていたとしても1,2歳……下手したら産まれてませんよね?高山さん」

「そうですね、俺は産まれていないです。……俺は、高山 隼人は。……信じられない話かもしれないけれど」


 言葉を区切る、嫌な冷たい汗が背中をツー……と伝う。思い出すのは、前世で、派遣される職場が変わるたびに行った面接だった。緊張で心臓が、どくどくと早鐘を打つ。


「俺は、あの日転生しました」


 部屋がシン、と静まり返る。駅が近いからか電車の走る音が嫌に部屋に木霊した。

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