プロローグ 2

 視界を鼠色のコンクリート、一定の距離で天井から差すLEDの光、光の死角となり、陰が出来ている黒、三色という、いかにもな良くあるドラマや映画のワンシーンのような通路を歩き、出口、そう呼べる扉の前に辿り着く。


 鍵穴はなく、暗証番号を入れれば、開く、という番号式、でもなく、金庫などでよく使われる、ダイヤル式、というわけでもなく、ただただ扉に取っ手のみが付いた、近しく、分かりやすい言葉で表すなら、壁。


 黒色の壁に銀色の取っ手がついた扉が陣取る。


 派手な装飾もなく、彫られた紋様は特に詳しくはないが、一般の家庭なんかで掘られているようなどこにでもあるような菱形が二重になった、そんな感じの両開きの扉。


 大きさは縦に二・五メートル、横幅は三メートルくらいの、大きさこそそこそこな、やたら存在感だけはある扉の、利き手である右手の取っ手を掴み、手前に引き、ガチャ、という音をたて、人、一人が通れるくらいにできた隙間から体を忍び込ませ、扉の反対側へと出る。


 ガチャン、と閉まり、ロックされたと認識できる音をたてた扉を流し目に見る。どうやってこの扉は閉まるのか、遠隔操作か、どこかに繋がっているのか、それとも、センサー式で動いているのか、分からないが、センサーと成りえるものはない。あるとすれば監視カメラくらいだろうが、それらしいものも見当たらない。カラクリは分からない。分かることは、内側からは開けれても、外側からは開けれないということ。



 謎に包まれた扉を背にして、眼前に広がる景色に目をやる。


 見渡す限りの、森林地帯。ただ一つ、どこまでも続く森林地帯ではない。建物内に人工的に造られたこの場所は、今のところどのくらいかは分からないが、典型的な言い表し方でいうなら、東京ドーム一個分くらいはありそうな大きさだった。


 全部が典型的な言い回しができるかと言われればそうではない。


 どこかの商業施設か、あるいは、ちょっとリッチな館のような建物、風情のある和風を模した旅館のような建物。大小問わずさまざまな場所がある。今回の場合は、ぱっと見の印象からそう表現した。大きさなんて分からないのだから、わかりやすく、かつ、誰しもが納得できる為の言い分を使った。ここにいるのは自分だけなので、正確には自分が納得する為の言い分ではある。


 なんにせよ、大きかった。今回の舞台は、ここと見て間違いない。扉から出たのだからそうだと断言できる。


 一体、このフィールドを造るだけにどれだけのお金を賭けたのか。ビル一つや、ショッピングモールを一つ造る額で足りるのだろうか、国家予算、とまではいかなくとも、相当の額を投資しているはずだ。


 それ故に出たシンプルな感想。


「これまた、随分と懇切丁寧に造り込まれていることで」


 人工の空に、人工の太陽、快適、そう言っていい温度、草に触れてみれば、人工とは違う本物と呼べる感触の手触り。


 草が本物の質感ならば、木や土も本物と判断してよろしい。


 今回はこの場所を上手く利用しなければならない。風の動きはないので、使えるのは土に、草木、それから人が隠れるには十分な森、と定義していいであろう不規則に生えている木々。木に登るにせよ、生身の肉体では、飛び乗るなんてことはできないので、隠れるなら木の陰か、草の中に寝そべって隠れるしかなさそうだ。


 ゲームなので、獣などはいないと見てもいいが、万が一を考慮して、いる事を前提に置いておく。


 獣道があれば、人はそこを通るのが普通だ。しかし、普通ではない場合、例えば、軍や、テロリスト、あるいは今回のようなゲームの場合、はその〈普通〉には当てはまらない。なので別の考えも持たなければならない。


 待ち伏せ、奇襲、罠、陽動、誘い込み、あげればキリがないが、それら全てを考慮しなければやられるのはこちらだ。


 それから、人が通った痕跡を見つけなければならない。何も難しい話ではない、獣道同様、痕跡はある。乱雑に踏まれた葉っぱや、不自然に折れた枝、迷わないよう付けた目印となるマーク、など色々あるが、それらを見つければいい。それらを見つけることができれば、敵がどちらから来て、どこへ向かったのか、人数、まとまって行動しているか、単独か、あるいは少数に分けたチームでいるか、など判断基準ができるからだ。


 しかし、まずは、地形を知らなければ何も始まらない。知るという事は、大きな武器になる。初めは頭にマップをインプットする為に、散歩、などと呑気な事言っている場合ではないので、敵を探しつつ、地形の把握なども行っていこう。


 さて、一通り、見てみた限りの感想と考察を述べたところで、今回のゲーム内容を確認しておく。スマホを取り出し、表示された内容に目を通す。


 今回のゲーム内容は以下の通りである。

 ・1.フィールドは森林地帯、人数は1vs8の小規模ゲーム。開始時刻は17時、終了時間は3日後の17時とする。

 ・2.制限時間3日間のうち、その間にどちらかが全滅、あるいは両者共々全滅した場合、ゲーム終了。

 ・3.2のどちらにも当てはまらず、どちらにも生き残りが出た状態で、3日が過ぎた場合、その時点でゲーム終了。

 ・4.報酬は終了時に手元にある分を取り分とする。

 ・5.各プレイヤーの賞金額は下記のものとする。

 ・プレイヤーネーム・胡魄こはく・賞金額800万

 ・プレイヤーネーム・たかしつかさ・賞金額60万

 ・プレイヤーネーム・八家はっけ・賞金額40万

 ・プレイヤーネーム・多々良たたら・懸賞金35万

 ・プレイヤーネーム・斗鎌とがめあきら梶谷かじや・賞金額20万

 プレイヤーネーム・巴山はやま・賞金額10万

 6.賭けるものは命(命と等価となるものは全て賭け金・生死問わず、掛け金の全ては勝者の物とする)。命を賭ければ、賭ける物は問わない。プレイヤーは運営側に賭け事はできない。プレイヤー間における賭け事のみ、勝負の成立を受理する。

 7.6を絶対普遍のルールとする。


 ルール内容に目を通し終えると、スマホを服のポケットに仕舞い、開始時刻まであと10分ほどなので、手持ちの武器や、持ち物と身なりを確認する。


 服装はランダムで支給されるか、その場に相応しい衣装を用意されるかのどちらかだ。もちろん、自分で買ったものを着ることもできるが、大抵の人は汚れたり、破れたりで支給されるものを着る方が無駄にならないのでそちらを選ぶ方が多い。私もその一人だ。


 今回の衣装は、ランダム制だったようで、学生服という、なんともまあこの場には分不相応な服装だった。

 可愛い、を除けば、癖、とでも言うべきだろう、趣味に走っている感じだ。まあ、戦闘シーンで制服は定番の一つでもあるので、そっちで選んだとも言える。なんにせよ、防御性はあまり期待できない服装だ。


 武器はスカートの太ももに隠れる辺りに仕込んでいるナイフホルダーに入った刃渡15センチのサバイバルナイフ。軽量タイプで、耐久性は十分な、貫通性には欠ける一品ではあるが、急所を刺せば問題なく仕留められる代物だ。次に腰にかけてあるホルダーに発煙弾が3つ。これの細かな使用の説明は不要だろう。制服のポケットには予備のバタフライナイフが一つと最低限の非常食が入っている。長期戦ならばもう少し用意するが、3日間ならば最低限の荷物で、必要なものは相手から奪取するのがベストだ。最後にスマホ。これは必需品だ。時刻の確認以外に、運営側から届いたメール、電話、他にも日常で必要なことが全てこの中に入っている。


 一通り、確認を終えたところで、スマホの時刻を確認する。そうこうしている間に開始時刻の17時まで残り1分になっていた。


 足元に咲いていた小さな花を眺めながら、これから始まるゲームに、一つの高揚感を抱きながら、開始時刻の17時になると、ゆっくりと歩き出した。




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私は人生ゲームで生きていく(仮) 夏野涼月 @natoki

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