私は人生ゲームで生きていく(仮)

夏野涼月

第一章 プロローグ 1

 森林地帯を逃げ惑う足音が二人分、静寂の中に響く。


 地面に散漫に散らばる葉っぱは、踏みつけられる度に、ザッザッと楽器を鳴らした時のような、目を閉じてみれば、若干心地よい音にも聴こえるような音を奏で、折れた枝は乱暴に踏まれ、パキッ、と、焚き火の時に時たま鳴る、パチッ、という音にも似た、あるいは骨が折れた時に擬音として使われるような音をあげ、真っ二つに折れ、地面に叩きつけられた後に生じる反動のように、宙を舞い、無様に転がる。


 そのモーションがドラマで見逃したシーンを見るために巻き戻しするように、何回も繰り返される。何メートル、何百メートル、その距離の間にもう何度繰り返されたか分からない。


 二人分の足音と同席して、はぁはぁ、と息も切れ切れな呼吸が二つ。数分、数十分にも感じる時間を走り続け、追われる獲物のように、我武者羅に、無我夢中に、駆ける。逃げる。逃げる。逃げる。はて、何から? 答えは一つ、決まっていた。恐怖。今、恐怖から逃げている。狩られる側は、狩る側から逃げるという、明確な理が決まっている。それは生き物ならば自然の摂理。明確な関係。食物連鎖がある以上、命ある者、恐怖はついぞ、そこに存在する。


「どう、なってんだよっ!」


 一人、腹の底から捻り出すように、声を荒る。それが、怒りか、今の状況が理解できないか、そんな曖昧な思考がぐるぐると頭の中で渦を巻いているせいか、自分でも分からない。只《ただ》、声を荒げなければ、今の自分たちの状況を飲み込めない。だからそうした。啖呵を切った。


「あいつ一人に対して、こっちは八人いたんだぞ!? それがなんで俺たちだけになる!?」


 今回のゲームは、1vs8の小規模の殺し合いのゲーム。

 ターゲットは女一人、それに対して八人の男。勝負は目に見えていた。数的優位、体躯の差、力の差、色々なものを加味して総合で見ても、圧倒的に勝敗はこちらにあった。明確な力関係があった。それが何故、今二人だけになっているのか。


「くそがっ! 今回も楽なゲームだと思ってたのによ!」

 

 舐めていた、油断していた、余裕だと高を括っていた、手を抜いていた。それらは確かにあり得る要因で、確かにあった要因だ。実際そうだった。


「女一人だから、殺さず捉えりゃあ、いい思いできると思ってたのによっ!」


 女一人、その認識こそが間違いだった。最大の油断だった。過ちだった。見誤った。それら全てが現状を作り出した結果だ。何をどう今更、悔やんだって戻れない。


「知るかよっ! いいから走れ!」


 並走して走っていた、もう一人がそんなこと言っている場合ではないと、走るよう促す。そうだ。走れ。逃げろ。後数時間逃げ切れば、命だけは助かる。命さえ助かれば後からいくらでもやりようはある。リセットして、次を迎えればいい。と次も連戦で当たる可能性はないことはないが、他のプレイヤーと当たることもある。そうすれば人数確保だってできる。物資も確保して、それからまた挑めばいい。チャンスはまたやってくる。


「ああ、わかっ…………、!?」


 突然、脚を違和感、痛みが襲った。右脚だった。右脚が動きを止めた。機能を停止したのだ。そうすれば転ぶのは必然。前のめりに、頭から勢いよく倒れる。


「ぐっ……!」


 なんとか、手でそれなりに勢いは殺せた。だが、鈍い声が出た。衝撃によるものだ。痛みも含めるが。転けた衝撃の方が大きいだろう。


「おい、大丈夫かっ!?」


 並走していた仲間が、転けた音で振り返り、足を止め、無事の有無を確認する。


「いってぇ……、何が起きたんだ」


 自分の足を確認する。右脚の、足首から先が内側に曲がっている。どうやら、足をやってしまったらしかった。転けた勢いで、落ち葉とかが掻き分けられ、スライディングした後みたいな、ラインができていた。その距離はおおよそ大人一人分くらい。正確な距離なんてわからないので、そうとしか言えない。


「くそっ……、これじゃ走れねぇ」

「肩貸せ、運んでってやる」

「いや、いい……置いていけ。どのみちこれじゃあ長い距離は走れねぇ」


 あと、数時間、それだけ逃げ切ればいい。それならば今無理に距離を走るより、隠れた方が早い。楽でいい。


「けど、一人で大丈夫か?」

「安心しろ。隠れてやり過ごせば逃げ切れたのと同じだ」

「それに、見つかったとしても、一矢報いてやらなきゃ気が収まらねぇから、傷の一つくらいはつけてやるさ」

「わかった……上手く隠れろよ」

「ああ」


 走って行く、見えなくなる距離まで離れた。ゆっくりと身体を起こし、近くの木に体を預ける。転けた位置から数メートルほど離れた木の陰に隠れた。ここなら道からも死角になっている。ここであと数時間やり過ごせばいい。スマホを取り出す。終了時間は確か17時。今は15時。あと2時間。長いこと走っていたせいで、まだ時間がかかるかと思っていたが、あと二時間ならここで息を潜めていればやり過ごせる。


 曲がった右足首がなるべく痛みが少ないように、脚を伸ばし、楽にする。


「ここで、難を越えれば、帰って治療して、次は勝つ……」


 一つ、深呼吸を置き、目を閉じ、息を整える。そうすれば周囲の音がよく聞こえる。


 後方からこちらに迫ってくる、足音が一つ。


 目を開く。服の内側に忍ばせていたサバイバルナイフを取り出す。せめて、動けないなら、助からないなら、一矢報いで死んでやる。


 こちら近づいてくる。距離は、15か10メートルほどか、9.8.7.6。近づいてくる。三秒ほど、耳を立てて息を潜め、ナイフをしっかりと握り直す。


 ? ……? 足跡が近づいてこない。止まった。そう判断してもいい。断言はできないが、足音がしないということは、そう解釈して間違いはない。ほっ、とため息が出た。


 油断、気を緩めた、意識が一瞬だけ逸れた、どの言葉を当てはめても、自分が死ぬ原因には変わらなかっただろう。


 一瞬、首に違和感。それが首を貫くには十分な長さと、それが投擲によって、貫かれたと分かったのは、目の前に人影が現れたから。


 が現れたから。


 たった一人で、他六人を葬り去った、が。


「……」

「………」

「…………」


 声が出ない。当然だ。喉を貫かれた。声など出るはずもない。


 視界に入った、化け物、そう呼ぶには似つかわしくない、美少女。そう評して事足りる。


 その美少女が、こちらを見下ろしている。


 その姿が最後に見た光景。


 そうして意識は途切れた。





—— ———— ——— —— ———— ——— ——

         あとがき


生きてます。仕事が色々あり忙しかったり、掛け持ちしたり、書こうと思ったら、なかなか進まないなと感じて、どうせなら、2作くらいやっちゃえばその時の気分で、書きたい方を書こうと思って、この作品も書くことにしました。生々しい描写やらを書くつもりなので注意が必要です。

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