第6神話   一匹狼①

コーヒーの水面に自分の不安な顔が映っているがそれを隠すように湯気が湧き上がっていき、儚く消えていく。その不安を俺はミルク入りコーヒーの程よい苦味で緩和させようとしたが、不安が勝ってしまいチョビチョビと飲んだ。




「よし!それじゃあ会議をしよ…。」




 ドゴオ…ォォン…。




「な、なんだなんだ!?」




 どこからか地響きのようなものが聞こえる。

 それもかなりの威力のようでこの部屋が少しだけだが揺れている。突然のことだったので声を上げて驚いた。




「あー……多分あいつが荒ぶって色んな物に当たっているんだろう。」




「は、はぁ……。」




(そんなにも恐ろしい人物とよくこの人達は一緒にいられるな。)




「だけど、それにしてはやっぱり感情的になりすぎやないか?あいつに精神安定剤は飲んでたか?




 マサルには思うことがあるようで、二人に質問するように聞き、その合間にフォローを入れる。




「うん。さっきから症状が酷いから私が飲んどいた方が良いって言って飲んでたから。いずれは効いてくる筈。」




「うーん…薬の効能を待つしか無いか。」




 俺は心の中でそのマガミという人物像が浮かび上がらなかった。


 けど、恐らく薬を飲む程ということは相当なトラウマか何か持っているんだろうか?


 3人共少し不安な顔を浮かべていたが、すぐに切り替えて俺の方を向いた。




「さて、改めて言うが先程はすまなかった。私達が迷惑をかけてしまったな。」




 そう言って彼女は無言で頭を下げた。先程の黒髪の女性の表情が脳に焼き付いてしまい、そのことで気持ちが整理出来ておらず、この言葉にどうやって返すか分からなかった為、ただ頷くことしか出来なかった。




「……少し威圧してしまったのは申し訳ない。直接このことを聞き入れてもらうには、このような場所を設けて真剣に話し合いがしたかった。改めて私から謝罪する。」




 先程の可愛いと強引に言わせるような一面とは裏腹に急な真摯な態度に驚いてしまった。




「い、いえいえそんな……。」




 やはり性根はすごく出来ている人ということの説明に合点がいった。常識を持ち、筋を通して周りを引率しようとする姿にはだれでも付いて行きたくなるような魅力が感じ取れた。




「ほんとギャップ萌えって凄いわねー。普段はあんななのに真面目になった途端に誰からも頼られる、いいお姉さんって感じがして……ほんとなんですぐ別r」




「あ?」




「止めろそれ以上言うな。また痛い目みるぞ。」




 禁句を言おうとした瞬間に口に手を覆い被せたが、一度いじりスイッチが入ってしまうともう止められない。




(いやーギャップ萌えがこんなに可愛いのになんですぐに別れるのかねー)




 心の中で唱えると、心の声を聞いたのか険悪な表情とニコニコした混ざった表情に変わり口パクで何かを喋った。なんて言っているのかを確かめる為に心の声を聞くと




ーー後で可愛いって言ったお礼に、誠心誠意をこめて首を絞めてやる。覚悟しろ?




(キャー怖いー。さっきの可愛いネヴァに戻ってー)




 二人の目の先から漫画でよくある表現の火花をお互いに散らしているのが、朧気ながらに見える気がした。


 黒髪の女性は咳払いをして、気持ちを落ち着かせて俺の方を向いた。赤髪の女性はずっとニヤニヤしている。




「色々グダグダになってしまったが、本題に入ろう。まずは私達の名前を名乗っていなかったな。自己紹介をしよう。まぁ気づいているだろうが、名乗らせてもらう。」




「まず私が、ネヴァン。ネヴァとでも呼んでくれ。」




 笑顔を此方に向けてきた。その笑顔には直視した瞬間に見惚れるものがあり、暫くは時間が止まったように感じた。男口調ではあるが、そのギャップも魅力的なものである。


 そしてまた顔には出てはいないが、俺の惚れている顔を見て恐らく心の中でニヤニヤしているのが目に見えている。


 その証拠に目が少しだけ動こうとするが、このような場を設けておいて笑うのは失礼だと思っているのか、我慢している。その為今にも口はニヤニヤを我慢する為に口を強く閉じている。


  更にはその様子を和服の男性を挟んでニヤニヤする赤髪の女性が視線を向けて、その二人をうんざりした視線を送る男性と三人を全体を見る俺というイオン式の構造のようになっている。


 この状況を正す為か、和服の男が言葉を発する。




「ワイはマサルや、よろしくな!お前のいた国ではありがちな名前やろ?」


 そう言って元気溌剌な声で自己紹介をした。この人も顔が整っている方であり、茶髪の似合う良い好青年という印象だ。何よりエセ関西弁なのが日本国民だった身としては親近感が湧く。


 正義感も強くこの中では、一番面倒見の良さそうな人だ。


「んじゃ、私ね。私の名前はネヴァから聞いたと思うけど、ラヴァナよ。よろしくね。」


 良かった。ちゃんと自己紹介する時には他人をいじらず、しっかりと礼儀を保っている人だと知れて本当に良かった。


 可愛さもあり、他人の良い所はしっかり褒めながらも上手くからかっている(行き過ぎて止まらなくなってしまうのはネックだが…)


 


 それぞれに難はあるが、良い人達そうでなんだか安心した。


 もう頼むからさっきのようなそれぞれのヤバさ全開でごちゃつくのは止めてくれ。この3人が掛け合わさって付き合うには身体と精神両方ともども燃え尽きてしまう。




(けどこういうギャップがあるからこそやっぱ良いんだよなー。あぁ…こんな理想の人達と青春ラブコメみたいな毎日を謳歌したかったなぁ……)


 


 俺は色々好き放題に心の中で唱えた。




「……叶夢。」




 急にラヴァナが話しかけてきた。




「ん?なんですか?」




 その時のラヴァナ、いやマサルやネヴァまでもが俺の顔をまじまじと見る。




「………あなた、そういう二次元とかに憧れちゃうタイプ?」




「………あっ。」




 俺はあることに気づき、間抜けな声が出てしまった。


 馬鹿だ。なぜ俺は忘れていたんだろう。この人達が心の中のことを聞けることを。


 あ、やばい。顔が段々と赤くなっていくのがわかる。恥ずい恥ずい恥ずい恥ずい。


 そんな俺を見てラヴァナは先程のネヴァに向けた嫌らしい笑顔を俺に向ける。




「あっ、もしやぁ?相当コンプレックスだった?それはごめんごめん。」




 俺は恥ずかしくて声が出なかった。まずい。一番執着されたらまずい人に目をつけられた。




「……こんな理想の人達と(ボソ…「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」」




 するとラヴァナが囁き声で先程の俺の言葉を復唱する。


 あぁぁぁ……やめてくれ。もう聞きたくない。いや聞こえない聞こえない。




「あはははははははっ!!」




 こんな反応を見てラヴァナは笑っている。

 まずい。段々と殺意が湧き上がってきた。


 


(く、くそったれぇぇ…!なんで死んでまでこんな思いしなきゃならないんだよぉぉ…!!)




 俺は恥ずかしさが段々と怒りに変わり、膝の上に乗せていた手を握りしめる。




「あっはっはっは!!はー…無理!あっはははは!」




(いつまで笑ってんだよ…!この野郎…!)




 俺はひたすらに笑うラヴァナに怒りを向ける。そして…




「…いい加減にやめろっ。」




「痛ぁっ!!」




 隣に座っていたマサルがラヴァナの頭を一発殴った。殴られたラヴァナは殴られた箇所を抑える。それを見ていたネヴァもため息を吐く。




「すまん叶夢。こいつこんなだけどゆるしてぇな。本当はええ奴なんや。」




「は、はぁ…。」




 なんとかマサルが止めてくれてよかった。ラヴァナは「うー…」と言いながら、効いたのか少しシュンとなってしまった。


 それでもまだ恥ずかしさは消えなかった。


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