空白

世界の半分

             *


ノートを開く。

まっさらなその一ページ

そのページに、何を書くかは自由だ。

文字だって絵だってなんだっていい。

とにかく、「そこに何かを書く」ということが大切だ。

息を吸って、吐いて。

白い世界に万年筆のインクを垂らす。

じわっと滲み、広がる。

万年筆を動かした先に、インクはそっと軌跡を浮かび上がらせる。

その軌跡は、


「     」。


空白の存在が、世界を作っていた。

そこに世界があるのなら、空白は存在した。

当たり前のことだ。太陽が輝けば影ができる。それと同じこと。

影が無ければ太陽は輝けない。空白が無ければ世界は作られない。

その空白に、何か神秘的なものを感じる。

消して埋まることのない存在。

きっと音も響かない、静かな図書館のようなところなのだろう。

何かが作られては絶えず崩壊していく。 

空白は確かにそこにあるのだが、その中には何もない。

この世界は遠い昔、

空白だった。

宇宙ができる前は、何もなかった。

その世界はどんなものだったのだろう。

考えるだけで脳みそが逆さまになりそうだ。

色のない世界。

その世界は何色なのか。

目をつぶった時のように、見えるのに見えてない。

耳をふさいだ時のように聞こえているのに聞こえていない。

何もないはずの世界に何が起こったのか。

自分の目では確かめられないのに確かにある事実。

触れようとするとふっと消えてしまう事実。

空白に初めて存在した物体は、さぞ寂しかっただろう。

聞こえないのだ、見えないのだ、触れられないのだ。

ノートの一ページ目には、大きな字で、「    」をかいた。

縁の下の力持ちと言わんばかりにこの世を支える勇者の名を。

床が冷たく光る夜。 

私は心を決めた。

「変わろう」

何をどう変えるのか。

イメージは一切なかった。

でも、ただ忽然と、シャボン玉が浮くくらい軽く、その思いは吹き上がった。

空白のようになりたいのかもしれない。

ふと思う。

誰も気づかない。見えない。触れない。

なのに大切な存在。

そんな存在になりたい。

私は変わるべきだ、と告げるあなたは誰?

誰だろうとよかった。

ある人はこう言った。

「この世界は間違っている」

違う、間違ってなんかない。

存在してる以上、間違いなんかない。

間違っていない、「壊れている」だけ。

世の中から空白は消えた。

あるはずの空白を見下し、そして忘れていった。

人々は空白の事を、「無駄」と呼んだ。


もし敢えて、この世に間違いというものがあると認めるのならば、

それは「人」だと思う。

一つ一つ吐かれる言葉は本当じゃない。

そんなつもりはなくても、どこかで想いを曲げている。

生まれたときの泣き声。

あの泣き声のように心の底から生まれた塊を抱きとめられる者はそういなかった。

心を壁で覆い、包む。

その行為によって、せっかく見つけたものを手放してしまった。

それが、間違い。

娘の机の上に、ノートが開きっぱなしになっていた。

あの娘の事だ。

見たと言ったら怒るだろう。

でもなんとなく気になった。

勉強に使うノートよりも二回りくらい小ぶりな、白と黒のノート。

つかみどころのない娘が何を思っているのか綴られているのかもしれないと思うと見ないことはできなかった。

ちら、と机の上を見たふりをして、ノートを凝視する。

ノートには何も書いていなかった。

いや、ノートは「白紙」だった。

何も書いていないように確かに見えるのに、そこには何かがある。

見えないけど、何かの影を感じる。

ふらふらしてきて、ノートを閉じる。

何事もなかったように洗濯物の入ったかごを持ち直し、ベランダに出た。

机の上に広げられたノートは光輝く。

いつか空白が見つけられる、その日を待って……     


                        終

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空白 世界の半分 @sekainohanbun17

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