第8話

 月が欠けてゆく。

 ついにその時が始まった。

 その様子をアリスは扉を見下ろす事のできる岩場の影から見ていた。

 暗い夜空に浮かぶ月は少しずつ形を変え、先程より明らかに楕円形に近づいていた。

 チラホラと白いものが舞い落ちる。それはアリスが産まれて初めて見る雪だった。手のひらに落ちた雪は一瞬で解けてしまう。

「美しいけれど、とても儚いのね」

 初めての雪を見てそうアリスは呟いた。

 眼下にはアリスの何倍も高さがありそうな巨大な扉が岩場にそびえ立っている。少し開いた隙間から黒い炎が時折り飛び出し、それは野獣の細長い舌の様にも見えた。その上空を見たこともない程の大量の黒い鳥がグルグルと回り、甲高い鳴き声を発している。扉の表面には遠目からわかるほどの赤い何かが蠢いていた。周りには鎧を着た騎士達が大勢集まっていたが、扉のあまりの禍々しい様子に戸惑っているようだった。

「行きましょう」

 カサンがアリスの耳元でそう囁いた。

「騎士達が混乱している今が好機です」

「カサン、私の言った通りにしてくれるわね?」

「……わかりました。しかし命を粗末にする様な事は決してしないと約束して下さい」

「わかっているわ」

 アリスとカサン、そして部下の騎士達は岩場を下り出した。アリスは胸に手を当てて聖女の力を少しずつ体の外に出しす。淡いひかりが胸元から溢れ出した。

 扉の周りにいる騎士達がその光に気付きこちらを指差している。剣を構える者も少なからず見えた。

 アリスはカサンの背に護られるのではなく先頭に立って歩きだした。

「アリス、あまり近づきすぎないで」

 カサンが後ろから声をかける。

 アリスは騎士達の表情がわかるぐらいの距離まで近づいた。扉の上空を飛ぶ鳥たちがけたたましく騒いでいる。周りの岩場から何十頭もの野獣が姿を現し、剥き出しの殺意を浮かべてアリスの方を見ているのがわかった。

「それ以上近づくなバケモノめ!お前が聖女の出現を妨害せんとする悪きし力を持つ者か。野獣を引き連れて現れたか!」

 剣を構えた騎士がアリスに向かって怒鳴った。

「野獣を呼んでいるのは私ではなく扉の中の暗黒よ!」

 そう言うとアリスは聖女の力を瞬間的に解き放つ。空を覆うように。地を走るように。そう祈った。

 アリスを中心に光が広がってゆく。それは岩場の野獣や空を飛ぶ黒い鳥の群れを飲み込んだ。野獣達は身を翻して一旦姿を消し、纏まって渦の様に飛んでいた鳥たちは散り散りになる。よろよろとそのまま飛び続ける姿や地上に落ちていく鳥もいた。

「この光は聖女の力。暗黒に打ち勝つ為の力です」

「何を言うか!我々は王から直々にお聞きしたのだ。聖女はもうすぐそこの扉から現れると!」

 カサンがアリスの隣に並んで叫んだ。

「王は我々第三階梯聖騎士団が見つけた聖女候補の女性を皆殺しにしていた!王は操られている!目を覚ませ!その後ろの扉から本当に聖女が現れると思うか。野獣を怯ませたこの光の力が悪きし力に見えるか!」

 目の前の騎士達に少なからず戸惑いが広がっているのがわかる。

「月と神王星が同時に隠れる時、その扉から暗黒が広がりこの国は荒廃へと歩み始めます。時間がありません」

 アリスは空を見上げた。すでに月は半分ほど欠けている。扉から飛び出す黒い炎は勢いを増し、周りの騎士達が後退りを始めた。

 獣の遠吠えが辺りに響き渡る。

 周りの岩場には更に数百体はいようかという野獣が姿を現していた。

「なんだこれは!一体どうなっている!」

 騎士達から悲鳴に似た声が上がる。

 その時野獣達が一斉に人間の言葉を発し出した。

 取り囲む大勢の野獣から出る言葉は、まるでやまびこのように辺りに反響した。人の声でもない。獣の声でもない。地の底から湧いてくるような声だった。


 ここまできたか

 ここまできたか

 ここまできたか


 無力な神に選ばれし子よ

 無力な神に選ばれし子よ

 無力な神に選ばれし子よ


 認めてやる

 認めてやる

 認めてやる


 入るがいい

 入るがいい

 入るがいい


 お前の前に選ばれし人の子は

 お前の前に選ばれし人の子は

 お前の前に選ばれし人の子は


 この中で消えたぞ

 この中で消えたぞ

 この中で消えたぞ


「でも扉を閉めて国を救ったわ!自分の命と引き換えに!」

 アリスはそう叫んだ。

 大昔に選ばれて戦った彼女がいたからアリスもここいる。生きている。


 少しの時間を稼いだだけのこと

 少しの時間を稼いだだけのこと

 少しの時間を稼いだだけのこと


 お前はそれすらできずに

 お前はそれすらできずに

 お前はそれすらできずに


 ただ死ぬのみ

 ただ死ぬのみ

 ただ死ぬのみ


「違うわ。私は彼女の意思を引き継いであなた達を完全に消し去るわ!」

 アリスはそう言うと同時に扉に向けて走り出した。カサンや部下達も後を追う。

 他の騎士達は呆然とその姿を見ている。

 扉からは更に激しい黒い炎が吹き出す。アリスと後に続く20人余りの騎士達の周りだけがその炎から護られるように光に包まれていた。

「アリス待て!」

 後少しで扉に手が届くというところでカサンがアリスの手を掴み止めた。

「先ずは我々に行かせてくれ」

 そう言って体を扉の隙間にねじ込もうとする。しかし扉は頑なにカサン達騎士を拒んだ。

「ダメです!」

 ネルが剣ならと差し込もうとするが、鉄でできた剣身が真っ二つに折れた。

「やはり伝承は正しかったのね。中には聖女しか入れない」

 アリスはそう呟いてカサンを見た。

「カサン、貴方達は扉の外を守って。操られた野獣達があんなに集まっている。私が無事外に出たのに貴方達が全滅していたのじゃ目も当てられないもの」

「アリス、ダメだ」

 アリスの両肩を掴んでカサンは首を振った。

「君だけを行かせるなんて事はできない」

「カサン。約束する。生きて出てくる事を絶対に諦めない。何があっても」

 アリスはカサンの片手を持ち上げて自分の頬に当てた。

「貴方ともっともっと多くの時間を過ごす為に私は帰ってくる」

 アリスは身体の奥底に眠る聖女の力を解き放った。

「待っていて」

 カサンの耳にそれが聞こえたのと眩しい光に突き飛ばされたのはほぼ同時だった。次の瞬間には黒い炎が届かない砂地の上に部下達と倒れていた。


 まだ夜と言うには早い夕暮れだった。黒い毛並みをした獰猛な野獣が村を襲った。

 私が悲鳴を聞いて家の外に出ると幼馴染の女の子が地面に引き倒され血を流していた。虚な目をしてこちらを見ている。彼女の隣には真っ赤な目をした獣が牙を剥き出して立っていた。

 私は咄嗟に身体が固まってしまい動けなかった。どうして村にこんな獣が。畑仕事をしていた父さんがクワを片手に走って来るのが見えたが、それより早く目の前の野獣とは違う方向から私は襲われた。首を噛みつかれ、息ができなくなる。痛い。助けて。


 寒い。痛い。苦しい。どうしてこんな事になってしまったの。私が何をしたの。

 ガムルーに激しく襲われた身体からは止めどなく血が流れる。もう声を上げる気力もなく横たわる。

 母さんのお墓へ花を添えに行った帰りだった。アリスに頼んで彼女のお庭から可愛いお花を見繕った。まだ明るい日の光が射しているのにヤツらに囲まれた。何対もの赤い目が私を見据える。口の中で何度もアリスを呼んだ。いつだって私を守ってくれるアリス。アリス。アリス!どうして来てくれないの。


 娘が居なくなって六つの月日が経った。

 妻と私は毎日村の外に娘を探しに行く。畑仕事もおなざりになり、最初は同情していた村の人達も畑に雑草が増えると冷たくなっていった。あの夜娘の身体が光るのを見たと言う人達がいる。娘は、アリスは何か人外の化け物で、娘のせいで隣の村やリナに不幸がやってきたのではないかと噂し合う。私も妻もここの生活に疲れてしまったが、娘が帰ってくる家を無くす訳にもいかないので日々耐えている。アリス!なぜこんな事に!


 騎士団長として何年も前から聖女を見つけ出せと王に命じられている。正直、名乗る気もない娘を探すなど貧乏くじを引いてしまった。我々は他にいくらでも守らなくてはいけない民がいるのに。しまいにはその娘を探してガムルーの群れが罪もない人々を殺しだした。さっさとそのやる気のない聖女を殺してしまえば良いのだ。


 アリスの周りを色々な景色が浮かんでは消えていく。闇の力が見せてくる幻だとわかっていても、アリスの心を少しずつ削る。

「私はこんなもので騙されないわ!」

 アリスは闇に向かって叫んだ。すると隣にリナが現れた。あの夜の時のまま、服はズタボロで血だらけだ。

「本当に?ねぇ、アリスはあのカサンとか言う騎士の何を信じているの?私の息が吹き返した事を一度でも自分で確認した?嘘に決まっているじゃない。私が生きてる事にすればアリスが聖女としてやる気を出すと思ったんでしょ」

 リナの幻は妖艶な笑みを浮かべた。

「可哀想なアリス。まんまと騙されちゃって。貴女に口ずけをした時だって彼はお腹の中で笑っていたのにね」

 後ろから母さんの声がした。

「あらあら、男に騙されるのは血なのかしらね。母さんはね、一度だって父さんを愛した事なんてなかった。無理矢理結婚させられたの。アリス、貴女の存在さえなければあんな男とはすぐに別れられたのに。ずっと貴女が憎かった」

「うるさい!嘘ばかり言わないで!」

 アリスは目を瞑って暗闇に光を広げようとした。扉の外では瞬時にできた聖女の力が、中に入ってからはあまり上手く行かない。まるで力が小さくなってしまったかのようだ。アリスは両手を強く握りしめて祈った。

 目を開けると暗闇が夜明け前の様にうっすらと明るくなっていた。やっと伸ばした手が見えるくらいだが、少しの明るさがあるだけで気持ちは強くなる。

「次はどんな幻を見せるの?そんな事しか出来ない臆病者。精々獣や人を操ってそれを影から覗いているだけ。弱くて臆病で卑怯な存在ね」

 アリスはカサンの言葉を思い出した。

 〝冥界から解き放たれた暗闇は人々の心を食い尽くし、作物を枯らし、国を荒廃へと導く〟

 冥界。冥界から暗闇が出てくるのなら、その冥界の入り口を見つければいいんだわ。聖女の力でその場所を塞ぐ事ができればもう暗闇は解き放たれない。

 アリスは身体の中の聖女の力を集中させた。開いた箱を一度閉じる。そしてそのまま膨らませていった。

 もっと。もっと。もっとよ。

 やはり力が抑えられている。なんとか力の入った箱は次第に膨れ上がり、アリスの意識が朦朧とする寸前で弾けた。強い光が瞬間的に暗闇に広まっていく。そしてまた闇が訪れた。

 ぼんやりと暗黒の力が強い方向は感じた。

 でもまだはっきりとは分からない。

 もう一度試そうとしたところで目の前に父さんが現れた。

「アリス、無駄な事はやめなさい。父さんも母さんもお前の事は諦めた。それもこれもお前が聖女に選ばれた事を黙っていたからだ。お前が黙っていたからリナは殺され父親のハルトは今でもずっと苦しんでいる。村にも家にももうアリスの居場所はないんだよ」

 次の瞬間父さんの手にナイフが現れアリスの脇腹を刺した。

「責任をとりなさい」

 冷たい顔でアリスを見下ろす。

 肉が裂かれる生々しい痛みがアリスを襲った。脇腹を見るとダラダラとズボンまで血で濡れてゆく。

「どうして?これは幻よ……」

 リナも現れた。片手にはアリスが花を切る時に使っていた鋏が握りしめられている。

「アリス、悪い事をしたら責任をとらなきゃね」

 リナが薄笑いの表情で鋏を振り上げた。

 

「やめて!」

 アリスが膝を崩し顔を2人から逸らして叫んだ時だった。

 アリスの脇腹から痛みが消え、身体をふわりとした温もりが包んだ。

『惑わされないで。本物だと思い込めば本物になってしまう。幻に飲み込まれないで』

 頭の中に声が聞こえる。

『アイツらは焦っているわ。貴女の考えた方法が正しいから』

 顔を上げるとそこには父さんもリナもいなかった。

『意識を集中させて。大丈夫よ。見つけたの。だいぶ時間がかかっちゃった』

 頭の声は優しくアリスに語りかける。

「貴女は誰」

『すぐにわかる』

 次の瞬間また目の前に鋏を振り翳したリナが現れた。アリスが咄嗟に横に避ける。鋏の刃はアリスの右肩を掠めた。鋭い痛みと共に血の流れる生暖かい感覚がする。

「この痛みも幻」

『そうよ』

 アリスは目を閉じて祈った。

 これは幻。リナがこんな事するはずない。幻の痛み。

 だんだんと肩の傷の痛みが消えてゆく。

『そのまま目を閉じていて。連れて行ってあげるから。いいと言うまで目を開けちゃダメよ』

 フワリと体が浮き上がる感覚があった。進んでいるのか止まっているのか分からないが、温かい何かに体が持ち上げられている。母さんのお腹の中にいた時こんな感じだったのかも知れないと思った。

 その時甲高い声が響いた。母さんの声にもリナの声にも聞こえる。

「アリス!そいつは悪いヤツよ!騙されちゃダメ!」

『ほら、焦ってる』

「アリス!取り返しのつかない事になるわ!今すぐ目を開いて私の方を見て!」

「アリス!そっちへ行ったら死んじゃうわ!」

「アリス!父さんの言う事が聞けないのか!」

「アリス!私は貴女を愛している。今すぐ目を開いてそいつから離れるんだ!」

『もう少しで着くからね』

 頭の中に響く声と他の声が入り乱れる。

 体がどこかにストンと着地する感覚があった。

『目を開けていいよ』

 目を開けると先程までとは打って変わって眩い世界が広がっていた。目の前に、アリスの背丈ほどの銀色の扉がある。

「それが暗黒を吐き出す源の扉。その扉を聖女の力で閉じれば、もう国は襲われないわ」

 後ろから直接声がした。頭の中に響いていたものと同じ声。振り返ると、小柄で金髪の美しい少女が立っていた。14歳くらいだろうか。肩くらいまでの長さの髪に、賜りの儀式で着るような白いワンピースを身につけている。

「貴女、私の前の聖女様ね」

 アリスは彼女の顔を見てそう言った。なぜだか確信があった。

「そして貴女が今の聖女様ね」

 目の前の少女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「どうしてここにいるの?命と引き換えに扉を閉めたって聞いたわ」

「うーん、半分正解ってところかな」

 少女はアリスの前にある銀の扉の前に行き、その表面に優しく触れた。

「ずっとね。探していたの。これを。私もここに来て貴女と同じように暗黒が出てくる場所を探そうとしたの。でも見つからなくて、外の月は完全に隠れて闇の力は扉から噴き出そうとしていた。時間が無かった。だから扉を閉めて私はここに残ったの」

「400年間もここに?」

「そうよ。だって、そうしないといくら表の扉を閉めたって同じ事の繰り返しじゃない。あとね、運良くこの扉を見つけても1人の聖女の力じゃ閉じられないの。これは後から知ったんだけどね。だから長い時間かけて見つけたのに、また長いこと次の聖女が来てくれるのを待っていたのよー」

 まるで木の実を取りに行ったら入れる籠を忘れたの、とでも言うような感じで話す。

 そういえば奴らは前の聖女の事を〝死んだぞ〟ではなく〝この中で消えたぞ〟と言った。

 この少女は奴らから隠れながら400年間も冥界の扉を探して次の聖女を待っていたというのか。

 その時金属同士が擦れるような嫌な音が周囲に響いた。

「やだやだ、アイツら相当怒ってるわぁ。早く閉めちゃいましょう」

 少女がアリスの手を取って扉の前に立たせた。彼女の手はアリスより少し小さくて温かかった。

「このまま手を繋いてやってもいい?ほら、私もやっと次の聖女様とこれをできると思うと感無量なところあるから」

 アリスが頷くと少女は満面の笑みを見せた。

「よし!集中して。ありったけの力を扉にぶつけましょう!」

 少女の聖女の力が動くのを繋いだ手から感じて、アリスも目を閉じた。

 お腹の底から聖女の力を目の前の扉に向けてどんどん放っていく。この世界に来た時は上手く使えなかった力が少女に会ってから元に戻っていた。目を閉じていても自分から強い光が溢れ出しているのがわかる。

 周囲からは狂ったように金属が擦れ合うような音がする。

 自分の光なのか隣の少女の光なのか、目を瞑った世界も真っ白になった。白い光の粒が瞼の裏にいくつも現れては消えた。どんどん膨らんでゆく聖女の力が体から飛び出そうとするのを必死に抑える。

「今よ!」

 同時にアリスと少女は力を放った。2人の体から巨大な光の柱が上に向けて飛び出し、途中で方向を変えて目の前の扉に吸い込まれるように消えてゆく。

 銀色だった扉の色が黒や虹色や赤や金にグルグルと変化していく。辺りに響いていた金属が擦れる音に甲高い悲鳴が混じった。

 突如静寂が訪れた。

 目の前の扉は元の銀色に戻っている。

 その時、扉がゆっくりと開いた。中に広がるのは深淵の闇。そして開ききったところで大きな音をさせて勢いよく閉じた。

 サラサラと扉が崩れてゆく。

 アリスと少女の目の前でそれはあっという間に跡形もなく消え去った。

 

 しばらく2人とも手を繋いだまま無言でそこに立ち尽くしていた。

 少女がアリスの方を見た。アリスも彼女を見ると、瞳からは大粒の涙が流れていた。

「終わったぁ」

 泣き笑いしながら涙は止まらない。少女は繋いでいない方の手でゴシゴシ目を擦った。

「終わったよぅ」

 擦っても擦っても涙は止まらない。

「終わったんだよねぇ。やっと。私はやったのよね」

 アリスは肩を震わせながらそう聞いてくる少女の身体を抱き寄せた。アリスより頭一つぶん小さな身体。

「ありがとう。長い間、一人で頑張ってくれて」

 アリスの胸で嗚咽をもらすその姿は、聖女に選ばれただけの元は周りと変わらない一人の少女。

 きっと大切な家族や離れたくない存在もいただろう。でもこの少女は巨大な敵に立ち向かい、彼等の子孫や国を護るために更に400年の月日を一人で戦ってきた。そしてアリスに繋いでくれたのだ。

 アリスの目からも涙が溢れた。

「ありがとう。本当に、ありがとう。貴女のおかげで私はやり遂げる事ができる」

 少女は目を真っ赤にして笑った。

「私も、貴女のおかげでやっと終える事ができる」

 だんだんと周りの景色が薄くなっていく。この扉の中の世界が消えていくのだ。

 アリスは少女に聞いた。

「私はアリス。貴女の名前を聞いてもいい?」

「ラクサーナよ。アリス。私の名前はラクサーナ」

 光に飲み込まれるように辺りが白くなってゆく。今はもう民の誰もが忘れてしまったその名前。こんな美しくて素敵な名前をしていたのね。

「ありがとう。ラクサーナ。小さくて美しい聖女様」

 アリスはそう呟いて意識を手放した。

 


 


 

 

 

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