第26話 Cランクハンター活動記(6)

「転移で地下水道にくると余計にひんやりするぜ」


 ボルボさんはいつも上半身裸だ。肩をブンブン回して体を温めている。

 地下水道は寒いというほどではないが、地上と比べれば五度以上気温が低いのではないだろうか。経路図を広げて道を確認する。


「この地点から再開ですね。次は別れ道の右側に向かいます」

「おう。腹も膨れたしお仕事を進めていくか」


 地下水道をひたすら歩いていく。魔物を見つけては処理してまた進む。

 小休憩を挟みながら地下水道内の魔物を退治していく。

 本当に単調な作業だ。今になって少し後悔している。なるほど、通りで誰も受けないわけだ。午後の作業は会話も少なく、俺たちは黙々と魔物と戦った。


「半分以上は行きましたね」

「体力的にはまったくだが、ただ雑魚を潰すだけで緊張感もねぇ」

「まぁ仕事ですから楽しくないのが普通だと思いますけど、あの認定試験を突破してやる仕事じゃないですね……」

「だからやめとけって言ったろ……」


 こんなクエストに付き合わせてしまって申し訳なくなってきた。

 リシュルゥは不満こそ言わないが、思考が停止している顔をしている。


「作業は順調ですし、今日はここまでにしましょうか。なんなら明日は俺一人でもいいですけど」

「わたしはせんせぇと一緒にいる。突然すごい魔物が出てくるかもしれない」

「そんなことないと思うけど……」

「乗りかかった船だからな。ナナセの初クエスト完了まで見届けてやるよ」

「なんかすみません……じゃあ地上に戻りましょう」


 地上に戻り、一応コッペさんに作業の進捗率を報告した。

 コッペさんは作業の早さに驚いたが、俺の転移魔法を一度見ていたのでなるほどと納得する。ボルボさんとはハンターギルド前で別れてまた明日同じ時間に集まる約束をして解散した。


 千年京に戻ると空は赤く染まり始めていた。

 カラッとした吹き抜ける風を浴びると妙に気持ちよく、疲れがどっと押し寄せる。


「ずっと地下だったから、風が気持ちいいな」

「うん。ちょっと疲れちゃった」

「そうだな。せっかく一緒にきてもらったのにつまんないクエストでごめんな」

「せんせぇにお供するのは弟子の役目だから」


 疲れたと言っていたのにシャキッとするリシュルゥ。健気だな。


「明日で作業は終わるし、ご飯食べて早めに休むとするか」


 

 

 

 翌日になってハンターギルドへ向かう。

 進捗率を考えれば夕暮れ前には終わるはず。俺の上位ハンター初クエストなわけだし、責任を持って完遂するつもりだ。


「おはようございますボルボさん」

「おう、おはようさん。ちっちゃい嬢ちゃんも」

「ちっちゃくない……!」

「ははっ悪い悪い」


 体格のいいボルボさんと比べれば俺も小さいけどな。

 かなりの人が住んでいるであろう天球礼拝地でも俺より小さい人はほとんどいないくらい体格に恵まれた種族ばかりだ。


「今日もお願いします。早速地下水道の入り口まで行って転移しましょう」

「めんどうだが移動してから転移魔法を使わなきゃ騒ぎになっちまうもんな」

「はい。転移魔法の使い手って滅多にいないらしいですし」

「わたしもちょっとだけ転移できる」

「嬢ちゃんも使い手なのか? そりゃすげぇ」


 リシュルゥは最近転移魔法のコツを掴んだようで、転移魔法を使えるようになった。本人が言うようにちょっとの距離だけだが。転移距離は三メートルくらいなのだがきっとすぐ上達して遠い距離も転移できるようになるだろう。


 昨日の最終ポイントに転移した俺たちは地下水道を進む。


「雷閃!」 


 飛び回る毒霧コウモリの集団に雷閃を放つ。雷撃が弾けて集団をまとめて屠った。

 進んで、また処理する。年に一度しか魔物の退治をしていないらしいので結構数が多い。二日目ともなれば経路図の確認も素早くできるようになった。


 魔物の死体は回収して地下水道の入り口付近に転移させている。普通のハンターならわざわざ台車とかで運ぶんだろうな。そういう工程も含めてめんどうなクエストという扱われ方をしているみたいだ。


「よし、この別れ道を突き当たりまで行けば、あとは本流を真っ直ぐ行って終わりですね。もう一踏ん張りです」

「やっと終わりが見えてきたか。早く地下から出たいぜ。……おい、あれゴブリンじゃないか? 向こうで何か漁ってるの」

「そういえばゴブリンも出るとか。確かになにか動いてますね」


 手に魔力を集めて構築しているとゴブリンは瞬時に走り出した。


「逃げたぞあいつ! 追うぞ!」

「はい!」


 ゴブリンはどこに逃げるのだろう。追いかけるとゴブリンは壁に開いた小さな穴に飛び込んだ。膝下くらいの高さで、俺じゃ中には入れない。


「穴に入りましたね。どうします? 俺たちじゃこの穴には入れませんけど」

「どこかに繋がっててそこを根城にしてるんだろう。鉱山にもこの手のゴブリンはよくいたからなぁ。ちょっと確かめさせてくれ」


 確かめると言ってボルボさんは穴の周辺を素手で叩く。


「空間があるのは確かだ。一匹たりとも逃すわけにはいかねぇし……」 


 ボルボさんは指を鳴らす。まさか……。

 その場で腰を落とし、魔力を拳に集めている。俺は慌てて叫んだ。


「リシュルゥ! 離れて耳を塞ぐんだ!」

「……!」


 急いで距離を取り耳を塞ぐ。


「うぉおおおら!!」


 爆音と共に土煙が舞う。まさか素手で行くとは。

 激しい土煙に俺とリシュルゥは咳き込む。しばらくすると土煙が晴れて散乱した岩とボルボさんの姿が見えた。 


「予想通りだ。結構な空間があるぜ」


 小さい穴しかなかった場所に人が十分通れるだけの横穴に変わっていた。

 穴の先は続いているようで真っ暗だ。


「ここからは洞窟探検になりそうですね」

「俺でも通れる広さだし、まぁ行ってみようぜ」

「俺が先頭を歩きます。リシュルゥは照明を頼む」

「わかった」


 小さな光の球体が生まれて俺の前をぷかぷか漂う。

 洞窟は奥に行くごとに広くなっている。地下水道の経路図には載っておらず、天然の洞窟と繋がっているようだ。


「この洞窟も地下水道扱いでいいんですかね?」

「繋がってるから仕方ないだろ。ゴブリンがいるなら退治しないとだからな」

「繋がってるというか繋げたんですが……。とにかく行きましょう」


 見つけたからにはゴブリンを退治する必要がある。

 時間に余裕があるし、洞窟の探索はした方がいいだろう。

 進むとなにやらひどい臭いがしてきた。腐ったような、汚物をぶち撒けたような、鼻を塞ぎたくなる臭いだ。


「これは……キバネズミの死体みたいですね。内臓が抉り出されて、肉の部位だけ食べたんでしょうか?」

「あぁ、ゴブリンが食い荒らした後ってのはこんなもんだ」


 やっぱりこの洞窟に巣があるようだ。洞窟に今のところ別れ道はない。


「待ってください、気配があります」

「あぁ……俺も感じるぜ」


 どこからだ? 洞窟の壁はゴツゴツしていて大きな出っ張りもある。どこかに潜むことは容易だろう。ゴブリンは俺たちを警戒しているはず。待ち伏せされている可能性はかなり高い。


 俺は息を飲んで静かに剣を抜く。どこから飛びかかってこようとも即座に反応できるように、少し重心を落として歩く。

 

 それは突然襲ってきた。紫の肌をしていて手足が異様に細い。

 爪を尖らせ飛びかかってきたそいつを瞬時に断ち切る。


「ナナセ! 結構いるぞ!」

「一体一体冷静に処理すれば大丈夫です。お互いの間合いに気をつけて戦いましょう! リシュルゥは背後に注意するんだ!」

「はい、せんせぇ!」


 ゴブリンは非力でリーチもない。数は……八体か。


「グゲ! グゲ! グゲェ!!」


 ゴブリンが一斉に襲いくる。

 低姿勢から俺の足に噛みつこうとしたゴブリンを足を引いて回避し、その勢いで蹴り上げる。潰れたような感触がした。魔力で強化していない素の蹴りでも大きなダメージになったようだ。


「ごらっ! 気持ち悪いんだよ!」


 ボルボさんの強靭な足による前蹴りはゴブリンを遠い壁まで吹き飛ばすパワーだ。

 リシュルゥの雷閃が俺とボルボさんの間を走り抜けた。


「ガガガ!?」


 バチバチと電流が肌を焦がして複数のゴブリンが地面に倒れる。

 アイコンタクトで俺とボルボさんは突っ込み残りのゴブリンを葬った。


「これで全部みてぇだな」

「他に気配はしませんね。ちゃんと絶命してます。洞窟もここが終点みたいですし、本流に戻りましょうか」

「そうだな。この二日でやっとまともな戦闘をしたぜ……」

「弱かったけど数がいましたからね」


 ゴブリンの死体を地下水道の入り口付近に転移させ、俺たちは地下水道の魔物退治を再開した。一時間ほど歩いたが魔物には出会わなかった。


「お、ここが東側の入り口か。これで終わりじゃねぇのか?」

「そうですね。……よし、すべての道を確認、と。それでこの辺りに横穴があって……あとは魔物の回収を昨日と同じ業者さんに頼んで終わりですね。お疲れ様でした」


 地上に出て空を見上げるとまだ太陽は高い位置にある。その足で業者に依頼し魔物の死体を回収してもらい、俺たちはハンターギルドへ向かう。


「んお? お前さんたちもう終わったのか?」

「えぇなんとか。死体も回収してもらいました。あとこの辺りに横穴があって洞窟と繋がってましたね。洞窟は長くなくてゴブリンが数匹いた程度でしたが」


 受付の向こうで暇そうに笹のような枝を咥えていたコッペさんは経路図を受け取り確認している。


「あー報告ご苦労。クエスト完了だ。こいつが報酬だ」


 報酬として約束の金貨十二枚を受け取った。一人金貨四枚の取り分だ。


「ボルボさんありがとうございました。こんなクエストで申し訳ないです。また機会があれば一緒にクエストを受けましょう。次は派手で報酬がすごいやつ」

「ははっ。そうだな。次は派手なのにしようぜ」


 こうして、無事俺の初クエストが幕を閉じた。

 ボルボさんと再会できたし、地味なクエストだがいい経験になったと思う。


「リシュルゥもありがとうな。疲れただろ?」


 ヒヨコのような黄色髪をフルフル揺らして首を振る。


「せんせぇと探検できて楽しかったよ」


 道中脳みそが働いてない顔してたけどな。

 

 

 

 

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