第19話 上位ハンター試験(3)
百人近くが挑んだ上位ハンター認定試験。
Aランクハンターに一撃入れるという極めてシンプルな内容の一次試験を突破することができたのは驚くことにわずか八人だった。
鬼人族の無口な剣士。兎人族のクインシーさん。昆虫人族のカーペインさん。蜥蜴人族の愛想のない魔法使い。魚人族の荒くれ兄弟。猿人種のボルボさん。そして、俺の八人。
馬車の荷台に押し込まれた我々は行き先もわからない。二次試験がどこで行われなにをするのだろうか。パンダ試験官のコッペさんは先頭の少し豪華な馬車にいる。俺たちが乗っているのは幌があって腰掛けるスペースがあるだけの簡素な荷台。
向かい合わせで座っていて距離も近い。しかし緊張感もあってか雑談するような雰囲気じゃない。全員黙りこくってひたすら馬車の揺れに耐えていた。
長いこと馬車に揺られようやくたどり着いたらしい。
荷台から降りて大きく伸びをした。森……というほど密度はないが木が茂っている。森ではないし草原でもない。丘って感じかな。
俺の隣にカーペインさんが歩いてきて言う。
「薄霧の丘だね。僕は何度か狩りをしたことあるけど」
「どんなところなんですか? 薄霧の丘って」
「年中霧に包まれてるんだってさー。それも濃い霧じゃなくてびみょーに薄いのが」
「それで薄霧の丘ですか。見通しはそんなに悪くなさそうですね」
少し空気が湿気っている。周囲ははっきりと見えているが、遠くの方はぼんやりしている。ここでどんな試験があるんだろう。
コッペさんが笹のような枝を咥えながらやってくる。
「ここで二次試験を行う。これに合格すれば今日付けで上位ハンター、Cランクへの昇格を認める。晴れて一人前のプロハンターだ。じゃんじゃん稼いでくれー。んじゃ試験の内容を伝えるぞ。まずこの時計を一人一つ持て」
馬車から降ろされた箱には懐中時計が入っていた。全員が手に取る。なんの変哲もない時計だな。
「お前さんたちには狩猟をしてもらう。一人一体だけここに持ってこい。いいか一体だけだぞ。デカくて重い魔物を狩猟してきたやつから順に試験クリアとなる。えー八人だな。じゃデカいの上から四人が合格ってことで」
よ、四人……!? この中から!?
より大きな魔物を狩ってきた四人だけが合格なんて……。俺たちは競わなくちゃいけないんだ。仲良くみんなで上位ハンターには上がれない。
「全員時計のネジを回せ。せーの」
言われるがまま時計のネジを巻く。時計は十二時ゼロ分を指していた。
「きっかり一時間だ。以上」
全員呆気に取られている。薄霧の丘で、できる限り大きな魔物を狩って持ってくるという試験。ここにいる半分の四人しか合格できない。時間は一時間で。
カチリと時計の針が動いた。鮫の兄弟、蜥蜴の魔法使い、鬼人族の剣士が無言で走っていく。出遅れた俺たち四人は目を合わせた。
「ここからは恨みっこなしでやるしかねぇな」
「そうですね……。やるからには全力でやりますよ」
「私、狩りは得意じゃないですが、皆様に負けるつもりはありません」
「僕も本気出しちゃうかなー、負けたら恥ずかしいし」
この四人がピッタリ合格できるのが理想だ。けど、そう甘くはないだろう。先に走って行った四人だって試験を突破してきた強者なんだから。
俺たち四人は別々の方向へ向かった。
より大きな魔物を見つけるんだ。幸い、俺はこの試験相当有利に戦えるだろう。なんせ転移魔法がある。スタート地点はもちろん記憶してある。俺は一瞬で戻ることができるんだ。だから時間を気にせず遠く離れた深いエリアまで探索しに行ける。みんな、悪いけど一位通過は俺がもらうぞ!
薄霧のかかる林を走る。そこら中に生き物の気配はある。しかしどれも小さい。
「あれはコボルトか、小さい!」
小さな魔物には目もくれず走り抜けていく。俺が今まで狩った大きい魔物といえばオオイノシシだが、ここに生息しているんだろうか。オオイノシシならぶっちぎりトップ間違いなしだと思うけど、そう上手くはいかない。みんなも大きい魔物を狩ってくるはずだから、こればっかりは運だな。
「薄霧の丘自体初見だし、魔物の知識も少ない。転移魔法があるから余裕だろって思ったが運が悪けりゃ手ぶらもあり得るぞ……」
焦りを感じて渡された時計を確認する。
「もう十五分も経ってるのかよ……!」
転移魔法があるから帰りに費やす時間を考慮しなくていいが、そろそろキープの一体くらい見つけたい。注意深く気配を探る。数百メートル先になにかいると気づいて距離を詰める。
「ダチョウ……なのか?」
怪しまれない位置で観察する。長い二本の足が伸びているが、特徴的なのはその体だ。シルエットはダチョウそのものなのだが、体が鎧のようにゴツゴツしている。鳥の羽毛ではなく、硬質の物質で覆われていたのだ。まるで戦車だ。
決めた。こいつにしよう。身長は俺より大きい。体重はかなり重いだろう。この鎧のダチョウならトップを狙えるかもしれない。
気配を殺して近づく。ダチョウだから逃げ足も速いだろう。絶対に逃してやるもんか。鎧のダチョウは木の実をついばんでいる。突然、クイっとこちらを向く。
「気づかれた! くっ、雷閃衝……!」
一瞬で駆け出して行った鎧のダチョウに俺は追いつけないだろう。右手に魔力を集めて構えて打つ。今日覚えたばかりの雷閃衝だ。
雷の障壁は疾風のごとく大地をかける。雷閃衝は逃げる鎧のダチョウの背中を打ち抜いた。バランスを崩してその場に転がり回る。
魔法がクリーンヒットしたはずだが見た目にダメージの跡は見えない。かなり頑丈みたいなだな。
「逃げられないぞ、勝負だ!」
鎧のダチョウは敵意をむき出しに俺を見る。どうやら戦う気になったらしい。
ガシャン! ガシャン! と翼を打ち合わせ威嚇している。あの脚力、そしてあの鎧。突進を受けたら無傷とはいかないな。
「雷閃衝じゃダメージはない。他に火力がある魔法はまだ身に付けられてない。悪いが時間がないんだ。手加減抜きで行くぞ!」
あの時の感覚を呼び覚ます。オークキングと対峙したあの感覚を。
勇者の力。この身に宿る魔力殺しの力。
血液が燃えるように熱い。それでいて、頭が驚くほどすっきりしていく。
剣を引き抜き、黄金の炎を纏わせる。
眼前には迫りくる鎧のダチョウの姿。踏み込みすべての力を乗せて迎え撃つ。
俺の足元は地面が抉れているがどうにか踏み止まれた。ダチョウの鎧はひび割れメラメラと黄金の炎が燃えていた。
よし、この炎ならあの鎧も燃やせる。
「あんまり燃やすと軽くなるからな」
体を蝕む黄金の炎に恐怖している鎧のダチョウ。隙を見逃さず剣を突き立てる。ひび割れた鎧の中に切先が食い込んだ。魔力を切り替え魔法を構成する。
「雷閃衝!」
剣の切先から直接収束させた雷閃衝を打ち込んだ。
雷が迸り、鎧のダチョウはその場に崩れ落ちる。呼吸を整えて、剣をしまう。
「久しぶりに勇者の力を使ったけど、ちゃんと使えたな……」
時計を確認するとちょうど三十分といったところ。
「三十分か……転移魔法がなければギリギリだったな。このデカさを運んで帰るのは骨が折れそうだし」
みんなはどれくらい大きさの魔物を狩ってくるのだろう。運んでくると考えると大変そうだ。物を軽くする魔法とかあるんだろうか? 宙に浮かせるとか。
「転移魔法でコッペさんのところに帰ろう」
魔力を広げ鎧のダチョウを包み込む。スタート地点を想像して魔法を発動すると瞬時に世界が歪み転移した。コッペさんは笹のような枝を咥えながら呑気に寝転んでいる。
「コッペさん、戻りました」
「な! え? どっから戻ってきたらお前さん……」
びっくりして飛び起きた。周囲に人の姿はない。俺が最初のようだ。
「転移魔法で戻ってきました。これが俺の成果物です」
「お前さん転移魔法が使えるのか!? 大魔法使いレベルじゃないか……」
「転移魔法くらいしかできませんけどね」
「それだけでも十分すごいことだぞ。あー、で、それが獲物か。こいつは鎧鳥だな。成鳥でしかも大きい個体だ。こりゃお前さんが一位だな」
鎧鳥とは見た通りの名前だな。コッペさんから見てもこのサイズなら一位通過できそうなようだ。残り時間は三十分を切っている。おそらくみんなも狩りを終えて戻ってくる途中だろう。
時間内に大きな魔物を狩猟することができた。ひとまず安心だな。
俺はその場に腰を下ろしてみんなの帰りをコッペさんと待つことにした。
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