第20話 上位ハンター試験(4)
時計は進んでいく。
一番乗りで帰還した俺だが多少の不安はある。一時間で狩猟した魔物の大きさを競うこの試験だが、合格できるのは八人の内わずか四人なんだ。
「コッペさん、今回不合格でもまた来月の認定試験は受けられるんですか?」
「ん、ああ受けられるぞー。試験内容は毎回違うがな」
毎月試験を受けられるのなら落ちても悲惨ではないか。もちろんみんなには受かって欲しいけど。あの嫌味な鮫兄弟は脱落してもらいたいが。
「一人帰ってきたな。蜥蜴人族のボンクレーか」
コッペさんの視線の先には蜥蜴人族の魔法使いがいた。しかし様子がおかしい。体を庇って歩いている。
「魔物を持ってきてないですよ? 怪我してるみたいだし、俺行ってきます!」
慌てて蜥蜴人族のボンクレーさんの元へ走り寄る。
装備は一部砕けていて流血もしていた。
「今から治します! じっとしていてください」
「おぉ……君は治癒魔法の使い手か……かたじけない」
「いえ、ところでなにがあったんですか? 危険な魔物でも?」
「違う……魔物じゃないっ」
ボンクレーさんは怒りの表情で拳を強く握っていた。
ゆっくり歩いてきたコッペさんが問いかける。
「一応聞いといてやる。なにがあったんだ?」
「試験官殿……襲われました。あの魚人の兄弟にっ……!」
「襲われたんですか!? どうしてそんな酷いことを……」
「つけられていたのです。狩りを終えて戻ろうとした瞬間に魔法が飛んできて……応戦したのですが二人相手では厳しく……」
あの鮫兄弟……競う相手とはいえ限度がある。襲って魔物を横取りとは。
「コッペさんこれは明らかに逸脱行為です。あの二人を失格にできませんか?」
「いんや。俺は時間内に魔物を狩猟してこいと言った。道中何があろうと、獲物を持ち帰ったやつが正義だ」
「あんまりですよ……」
「いいのです。これも不徳の致すところ。鍛え直してまた臨むとします」
被害者のボンクレーさんは悔しいだろうに受け入れている。
こんなの間違っていると思う。こんなことをするやつらと一緒に合格するなんて俺は到底受け入れられない。みんな純粋な気持ちで頑張っているんだ。
「コッペさん質問があります」
「……なんだ?」
「コッペさんは試験官として、受験者同士でどんなトラブルがあろうと関与しない、ということですね?」
「あーそうだ。誰がどこで何をしてようと、時間内に魔物を持って帰ってきたやつが審査の対象だ」
コッペさんにも考えがあってそういう判断をしているのだろう。けど、俺は間違っていると強く思う。
「わかりました。俺、あの鮫兄弟をぶっ倒してきます」
「……お前さん本気で言ってるのか?」
「はい。俺めちゃくちゃ怒ってますから。どんなトラブルがあってもいいのなら、あの鮫兄弟をぶっ倒して時間内に帰ってこられないようにします」
困ったようにため息をついて、頭を抱える。
「はぁ……勝手にしな。俺はお前さんの行動を咎めることはしない。ただし、時間内にこの場に戻ること。そうじゃなきゃお前さんも失格だ」
「わかりました。制限時間内に戻ってきます。ボコボコになったアイツらと一緒に」
これは俺の試練だ。与えられた課題をクリアするのではなく、俺が今この瞬間正しいと思ったことをやる。時間内に戻って試験に合格してCランクの上位ハンターになる。そして上位ハンターに相応しくない悪いやつをぶっ倒す。
残り時間は二十分を切っている。急ごう。ボンクレーさんがきた方向に走る。神経を研ぎ澄ましてどんな気配だって逃さない。
「敵は二人、狩りを終えた受験者を襲い魔物を奪っている。ということは、もう一人襲うはず! 次の犠牲者がでる前に倒すんだ!」
きっともう一人襲うはずなんだ。どこにいる?
走っていると音が聞こえた。
「この音……魔法か?」
音の発信源へ急いで向かう。
そこには兎人族のクインシーさんの姿があった。そして鮫の兄弟が三又槍から魔法を放とうとしていた。俺は夢中で飛び込む。剣を引き抜き、薙ぎ払う。
「ナナセ様!? どうしてここに……」
「あの鮫の兄弟に蜥蜴人族のボンクレーさんが襲われたんです。それで次の犠牲者が出る前に倒そうって。ごめんなさいクインシーさん」
「大丈夫ですナナセ様。私元気ですから。少し足を痛めてしまいましたが……」
右足を負傷していた。あの三又槍にやられたのか。
「少し下がっていてください、俺一人でアイツらを倒します」
「どうかご無理はなさらず!」
怪訝な顔で俺を見る二人。俺を敵とも思っていないらし。
「にいちゃん今の聞いたか? 最弱種族の分際で俺たちを倒すとか言ってるぜ?」
「ギャハハハァ! ゴミクズが、俺様を!? グッグッハハァァ!」
「いいからかかってこいよ、お魚野郎」
笑うのをやめてギロリと俺を睨む。二人揃って三又槍を構えた。
「あのお二人は水属性魔法の使い手です! 速射攻撃にご注意を!」
「ありがとうクインシーさん!」
水属性魔法か。風属性以外の属性魔法を見るのは初めてだ。
槍使いらしい素早い攻撃が得意なようだが……そうとわかれば対処はできる。
「ベリッツ、そろそろ試験が終わる時間だから一瞬で終わらせるぞ」
「わかったよにいちゃん。こんなザコさっさと倒しちまおう!」
時間がないのは俺も同じ。出し渋らず全力で終わらせよう。
「その体ズタズタにしてやらぁ! 激流槍!」
乱れ突きのような魔法が放たれる。
こんな魔法、怖くもない。
「所詮魔力でできてるんだ。この程度なら、喰える」
「な、な、なんだ……どうなってる!?」
黄金の炎で飛来した魔法を包む。炎が水魔法を喰らって燃え上がる。
「どうしてだ! 水属性魔法が炎属性に負けるなんてありえねぇ!!」
「にいちゃん俺がやる! 魔法じゃなくて槍でブッ刺しちまえばいいんだ!」
三又の槍を構えて飛び込んでくる。急所を狙って的確に繰り出される穂先は的確過ぎるため避けるのも容易い。勇者の力で全身が大幅に強化されているこの状態なら敵じゃない!
「クソ! クソ! なんでブッ刺せないんだ!」
「所詮人間種だ! べリッツ畳みかけるぞ!」
二人は抜群のコンビネーションで攻撃を仕掛けてくる。
どうしてちゃんとした実力があるのに卑怯な真似をするんだ。クインシーさんまで傷つけて……こんなやつらの好きにはさせない。
襲いくる槍、襲いくる水魔法。どうやらこれ以上手札がないらしい。突き出された槍を片手で掴み、焼き切る。
「や、槍が!? にいちゃん!」
「いい加減くたばれゴミカス人間! 激流槍……!」
魔力が膨れ上がっている。数倍の数の魔法を放つつもりだ。
この量じゃクインシーさんまで被弾してしまう。力を剣に集めて、薙ぎ払う!
「ぐあああああ!!」
剣身から光が迸ってすべてを飲み込む。
「体が!? 焼かれる! 体の魔力が喰われてる……っ!!」
眩く燃える黄金の炎は魔力を喰らう。魔を絶やすための炎だ。勇者にしか備わっていない、勇者の力。魚人族の兄弟は地面に倒れ伏す。俺は剣をしまってクインシーさんの元に駆け寄った。座り込んだクインシーさんの白い毛並みの丸っこい足には痛ましい傷が見える。
「治癒魔法で治します」
「……ナナセ様は、勇者様だったんですね」
「あはは、わかりますか?」
「あの力は勇者様しか持たない力ですから。ありがとうございます。助けていただいて。私のせいでナナセ様まで試験に間に合わなくなってしまいます……」
あ……! そうだ時間だ! 俺は慌てて時計を取り出す。
「い、一分切ってる! あと二十……いや十五秒! クインシーさんが狩った魔物はあれですか!?」
「は、はい? あのツノジカですが……」
「クインシーさん! あのツノジカのそばに行ってください! 俺はあの二人を!」
「えぇ!? はい? わかりました??」
俺は急いで地面に伏している鮫兄弟の元へ向かい、二人の足を掴み引きずり走る。
十秒……! あと五秒か!? 間に合え!!
魔力を展開してクインシーさんとツノジカの体を包み込む。
「この魔法は一体……」
「大丈夫です! 行きますよ!!」
ぐにゃりと視界が歪む。思い描いた場所へ飛び込んだ。
「な、なんだぁ!? ナナセお前どっから湧いて出たんだ!?」
「ボルボさん! ちょっとクインシーさんと鮫兄弟を連れてきました」
「一体どうなってんだ……」
コッペさんは肉球に時計を持って立っていた。俺を見てニヤリと笑う。
「一……ゼロ。んじゃ計量を始めんぞー」
俺は安心して座り込む。どうにか間に合ったみたいだ。
「えーボンクレーは負傷により棄権。べリッツとガンガーは狩猟失敗で失格。残った五人から四人が合格だ。計量するからちょっと待ってろ」
そう言ってコッペさんは魔導力機を取り出して作業を始めた。
ボルボさんとカーペインさんが俺の元へ集まってくる。
「なんだか色々あったみたいだな。そのゴロツキ兄弟はナナセとクインシーで倒したのか?」
「いえ、ナナセ様がお一人で倒しました!」
クインシーさんはニコニコした顔で答えた。
「へぇーすごいねぇー。魔物を狩ってくるだけで大変なのに余計なのまで狩ってきたんだ。しかも転移魔法でしょあれ? 僕初めてみたよ」
「ナナセお前ってすごいやつだったんだな」
「いやぁ、まぁ、なんか照れるな……」
鮫兄弟の悪事を止めることができた。クインシーさんも無事に魔物を時間内に持って帰ることができた。あとは結果を待つだけか。
「えー結果を発表する。これから発表する者には今日付けで上位ハンターだ。まず一位……大きさ、重さがぶっちぎりでアカイナナセ」
俺が一位……か。うれしいが、なんだかすっと入ってこない。鮫兄弟を懲らしめることに気を取られ過ぎて、試験のことを忘れてしまうところだった。ちょっと頭に血が上り過ぎだったな。反省反省。
「あー二位はボルボ。デカさはナナセと同じだが、重さがイマイチなんで二位だ」
ボルボさんは無事合格。顔を見合わせて親指を立てて健闘を称え合った。
「三位はカーペイン、四位はクインシー。五位はグレウス。グレウスは不合格だ。以上。狩ってきた魔物はギルドで買い取ってやる。そんじゃ帰るぞー」
俺たち四人は揃って合格だ! 五位となったのは鬼人族の剣士のようだ。離れた場所で腕を組み、舌打ちをしてどこかへいなくなってしまった。
ボルボさんは毛むくじゃらな太い腕を俺の肩に回す。すごい重い。
「トラブルはあったみたいだがついに上位ハンターだな!」
「僕は予想通りって感じだけどね。棄権と失格で三人減ったから合格できたけど」
「私もナナセ様のおかげで合格できました。なんとお礼を言っていいものか……」
長い兎耳をぺたりと垂らして元気なくうつむくクインシーさん。
「顔を上げてくださいよ。あのツノジカを倒したのはクインシーさんの実力なんですから。あの兄弟のことは別の問題です」
「合格したんだからへこたれんな。聖地に帰って一杯やろうぜ」
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