第16話 大陸最大都市に進出(3)
天球礼拝地と呼ばれるこの都市はどうも味気ない。
食べ物もそうだが文化もそうだ。街を練り歩き珍しい物はないかと探し回ったが収穫はなかった。たくさんの建物があって、たくさんの店があって、たくさんの人がいる。ただそれだけ。
「スラム街っぽい場所もあったけどそこまで酷い状態じゃなかったな」
「治安はあまり悪くないようじゃの」
物価こそ高いが需要と供給は一応保たれているのだろう。街のはずれの路地裏にも生活に困窮してそうな人の姿はなかった。
「職業斡旋所に求人が山ほどあったし、普通に生きていくには困らないのかもしれない。問題は魔王軍が近いってくらいか」
「つまらん都市じゃのー」
魔王軍に侵略されているこの時代に観光事業なんて発展しないのだろう。普通に働いて普通にご飯を食べて普通に暮らす。特別なことはない。
見慣れない街並みの空が赤く染まり始めている。飛行船であまり眠れなかったのかいつにも増してリシュルゥは眠たそうな目になっていた。
「長旅で疲れたし転移魔法で千年京に帰るか。場所は覚えたからいつでも転移してこれるし、あとは会議で出店計画を考えよう」
「結局千年京が一番じゃな!」
千年京以外の都市に初めてきたが、俺の肌に合っているのは千年京だ。人が賑わう大都会より畑に囲まれた田舎町が落ち着く。ご飯も美味しいし。この世界にきて一ヶ月足らずだが、俺にとって千年京は帰るべき場所になっているようだ。
翌日になって執務室に出勤した俺は千年京の二大商会主であるビッグマムとギエンじいにご足労願い、聖地天球礼拝地出店計画の打ち合わせを始めることにした。
「まずは店舗の確保だね。大きな倉庫を併設して、ナナセの転移魔法で商品を運ぶ。転移魔法の手間はかけるけどそれ以外はあたしに任しときな」
「この出店はナナセ君の転移魔法があってこそ成り立つ。どうかワシらに一任しておくれ」
「本当に任せちゃっていいんですか? お二人とも忙しいのでは?」
「これも都のため。ワシはオークの一件でなんの役にも立てなかった。商売一筋の人生が実を結ぶ時がやっときたのだからな」
ギエンじい率いるギエン商工会には世話になっている。都の整備など無償でやってくれているし、ビッグマムは俺に執務室を用意してなにからなにまで協力してくれている。俺は助けられてばっかりだ。
「忙しいけどね、これは美味い儲け話さ。親切心だけでやってるわけじゃないよ。儲けはきっちり取らせてもらうつもりだよ」
「お二人ともありがとうございます。出店についてはお二人にお任せします」
俺は転移魔法で送り届けるだけ。出店準備は驚くほど早く進んで行った。
二人と従業員さん数人を聖地に送って、夕暮れ頃に迎えに行く。それを何度か繰り返すと聖地に店ができ、倉庫ができ、開店準備はあっと言う間に整った。
「ここが千年商会さ」
「早すぎませんか……」
一月と経っていないが立派な商会が出来上がっていた。
身長がどデカいビッグマムよりずっと高い建物だ。
「ちょうどいい廃倉庫があってね。現地の組合に手早く改修してもらったよ。メインは搬入する倉庫の方だから早く仕上がってね。商店の方はもう少しかかるかね」
「びっくりですよ。こんなに早く仕上がるなんて」
「あたしもギエンじいも全力でやらせてもらったからねぇ。上手くいけばいままでの数倍の利益が見込めるはずだよ。ナナセの転移魔法頼みではあるけど」
「俺でよければいくらでも労働力として使ってくださいよ」
俺がだらだら爆裂矢を作ったりしている間に商会が出来上がるとは。商人の本気を見たな。これは俺も頑張らないと。
千年京に戻った俺はリシュルゥの元へ向かった。リシュルゥはセンビ宅の自室で魔導力機の研究を続けている。
「せんせぇ、どうしたの?」
床に転がる魔導力機に囲まれ小首を傾げる。リシュルゥの知識には驚くばかりだ。オークを倒せたのもリシュルゥの爆裂矢のおかげだし。
「リシュルゥに相談したいことがあってな。忙しいところ悪いんだけど、魔導力機の開発を手伝って欲しいんだ」
「うんいいよ。わたしに任せて。どういうの作るの?」
これから都市を跨いでの商売が本格化する。しかし、それは俺の転移魔法があって成り立つ。いつか、俺になにかあった場合破綻してしまう。天球礼拝地に取り残されて帰ってこられないなんてことも。
だから、俺が転移魔法を使わなくても転移できる仕組みが必要だ。
「転移門を作りたいんだ」
魔導力機に俺の転移魔法を刻み込んで、普通の人でも簡単に起動できるように。ぶっちゃけどう作ればいいのかわからない。わからないけど、なんだかできそうな気がしてる。リシュルゥの知識と合わせれば可能になる気がする。
リシュルゥは難しい顔でうんうん悩んでいる。
「かなり大掛かりになる。けど、できるかも」
「本当か!?」
「うん。時間はかかるけど、せんせぇならできる」
「よし! さっそく始めるぞ!」
千年京では現在二つのプロジェクトが進んでいる。
大陸最大の都市である聖地天球礼拝地に商会を開き流通網を作ること。そのために俺の転移魔法を刻んだ魔導力機を作ること。
俺はしばらく忙しい日々を送っている。千年京はスローライフを送るにはぴったりの場所だが、さらに住みよい場所にするためにみんな頑張っている。
「俺も頑張らなきゃいけない。とは思うものの最近細かい作業ばっかで、なんというか体を思いっきり動かしたい気分だな」
息抜きは必要……だよな?
俺は誰に言い訳しているのだろうか。誰もいない執務室で一人ため息をつく。
「モーゼフ親方がくれた剣だってしばらく振ってないし、訓練……そうだ訓練が必要なんだ。だから、すまん! みんな!」
俺はさぼることにした。本当にすまん。
元々体を動かすなんて嫌いだった俺だが、無性に運動したくなるようになるなんてな。肩周りなんてだいぶ筋肉が付いてきたし、魔法が使えるようになったからか感覚が冴え渡るようになった。俺も変わったんだな。
「さてどこで訓練するかだが。……そういや天球礼拝地には荒事専門のハンターギルドってのがあるって聞いたな」
どこかで小耳に挟んで以来ずっと気になっていたんだ。
ハンター。ギルド。どちらも心踊る響きだ。ワクワクする。
そうと決まれば行動するだけ。俺は執務室に書き置きを残して転移魔法を使った。
人通りのない路地に降り立つ。ここは聖地天球礼拝地である。
えっと、ギルドギルドっと。街中を歩いていると新鮮な感覚を覚えた。そういや一人で行動するなんて初めてだな。いつもセンビと一緒にいたし。脳裏にガハハと笑う狐耳の美女の顔がよぎる。よき相棒だと思っているが、俺だって一人になりたい日があるんだ。
ハンターギルド。それは寂れた雰囲気の建物だった。少し不安になりながら中に入るとお約束と言わんばかりに酒場が併設されていた。意外と広いが歓迎ムードではない。真っ先に目に入ったのは頬に大きな傷跡がある鬼人族の男だ。うっ、鬼人族には苦手意識を持ってしまう。教官の罵倒が聞こえてくる。
教官の幻影を振り払って受付と思われるカウンターへ向かう。
「あの、初めてなんですけど依頼を受けたりって可能ですか?」
「んあー可能だがな、お前さんに務まるような仕事はないかもな」
カウンターの向こうにいたのはパンダだった。紛れもなくパンダだった。
ギルド職員のパンダは笹のような物を咥えながら書類を取り出す。
「一応説明はしてやらぁ。このギルドは力仕事専門だ。あ、力仕事って言っても拳とか剣の方のな。大体はモンスターの討伐だ。あとは賞金首やら借金の取り立てやら護衛とか救助もたまにある。そういうのは信頼できるやつにギルドが直接指名する。断るのは自由だ」
ここまでは予想通りの内容。ザファンタジーって感じの組織みたいだ。
千年京にはこういう組織はないからいい経験が積める気がする。
「まずはランク分けを教えてやる。上位と下位があってDが下位ランク、Cから上位ランクだ。お前さんはまずDランクからな。下位ランクだと討伐クエストすら受けられない。勝手に狩って素材を持ってきたら適正価格で買い取るが依頼達成料はもらえない。そこだけ覚えとけ」
新人は下位ランクスタートでクエストは受けられないようだ。
「それだと下位ランクの人はどういう仕事をすればいいんですか?」
「金が欲しいんなら数合わせクエストを受けな。上位ランクの雑用担当だ。あと門番の仕事とかだな。ここで注意だが、いくら下位の仕事をこなしても上位ランクには上がれないってことだ」
パンダ職員は笹のようなもの咥えなおしてから紙を一枚取り出した。
「Cランク認定試験だ。上位ランクになれる唯一の方法だ。開催は月に一回だけ。ここで合格すりゃ晴れて正規所属の上位ハンターになれる」
「まずは合格しなきゃいけないんですね。次はいつですか?」
「止めはしねーが、人間種じゃ簡単に死んじまうような試験だぜ。運がいいことに明日死ねるぜ。どうするよ」
ちょうど明日認定試験があるようだ。これはグッドタイミング。明日は特に予定はないしもちろん参加させてもらおう。
「ぜひ参加させてください」
「はん、濁りのない目ぇしやがって。ただの命知らずか大馬鹿か。ここに署名しろ。明日自分の意思で死ににきますってな」
「俺が死ななかった場合はどうなるんですか?」
「ふっ、なにもねぇよ。ただ、一人前だって認めてやるだけだな」
「じゃあ明日またきます」
「朝のきっかり八時だ。遅れずこい」
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