第17話 上位ハンター試験(1)
千年京の朝は早い。夜が明けると同時にほとんどの人が活動を始める。我が家も同じく早々に布団から出て支度を始めるわけだ。
食卓にお米がある喜びを噛み締めながら食事を済ませ、俺は庭先で準備体操に励む。天球礼拝地に存在するハンターギルドで活動するには上位ハンター試験に合格しなきゃいけない。下位のハンターでは受けられる依頼が限られているからだ。人間種は舐められてしまう。上位ハンターになって力を示さなければ依頼が舞い込むことはないだろう。
「よし! 頑張るぞ!」
「なにを頑張るんじゃ?」
庭先に出てきたセンビは小首を傾げている。
ハンターギルドのことは現在俺だけの秘密ということにしているのでどう言い繕ったものか。身の安全のためにも報告連絡相談は必要だとわかっているが、無性に一人で冒険したい気分になってしまっている。この試験くらいは一人で挑んでみたいんだ。
「いやぁ、その、な? 聖地でちょっと個人的な用事があるっていうかさ」
「ほーん」
「だから今日は俺一人でちょっと行ってくるよ。俺のことは気にせず過ごしてくれ」
「……あやしいのぅ」
「何も怪しくないだろ! じゃあ俺行かないとな!」
一人で危険なことをしようとしているわけなので悪いっちゃ悪いことだ。けれど男には挑まなければいけない時がある。それが今日なんだ。センビの追求から逃げて自室に戻る。装備を整えて部屋を出たところ、リシュルゥが俺の部屋の前に立っていた。
「せんせぇどこか行くの?」
「ま、まぁちょっとな? 体力作りっていうか剣の素振り? みたいな」
「ふーん」
リシュルゥはあからさまにジトっとした目をしている。俺の後ろめたさを見抜かれているようで冷や汗が出る。
「わたしも行く」
「えっ? その、ごめんなリシュルゥ? あー、険しい山とかに行くつもりなんだ。今日は魔法の練習じゃなくて剣の練習をしたい気分でな? だから悪い。一人で行かせてくれないか?」
「……せんせぇ嘘ついてる」
リシュルゥに思いっきり疑われてしまった。ぷくぅと頬を膨らまし不満顔だ。
「嘘じゃないって……」
「わたしには言えないんだ。わたしが邪魔なんでしょ」
「そういうことじゃなくてな! とにかく急がないと!」
上位ハンター試験を受ける。そう決めたからには後戻りはできない。疑われていても関係ない! 俺は行くぞ!
時刻は七時半。天球礼拝地に転移した俺はハンターギルドに向かう。寂れたギルドの中に入ると昨日と違ってピリピリとした緊張感が漂っていた。朝早い時間だというのに、ざっと見て五十人以上の人。種族はバラバラで案の定というか予想通り人間種の姿はない。ギロっと俺に視線が集まる。誰も彼もが嘲笑っているようだった。
「おいお前」
いきなり話かけられ心臓が驚く。こういうのはやっぱり慣れないな。
話しかけてきたのはゴリラに似た姿の男性。
「な、なんでしょう?」
「強そうには見えないが、人間種か?」
「人間種ですけど、魔法には覚えがあります」
「ま、頑張れよ。他人の目なんて気にすんな。お前を嘲笑ってるやつらもそろって泣きべそかくことになるからな」
ゴリラの男性に怒りの視線が集まる。話しかけられた時は怖かったが、俺を励ましてくれているらしい。人間種以外の人に優しくされたのは初めてだ。なんだか嬉しい。
「あの、俺ナナセって言います。アカイナナセです」
「おう。俺はボルボだ。ただのボルボだ」
ボルボさんは体が大きく上半身が裸だった。裸と言っても毛に覆われているが。
装備らしき装備は纏っていない。肉体強化系の人なのだろうか。
「ボルボさん、試験ってどういうのか知ってますか?」
「いんや、俺は最近この聖地にやってきた口でな。前は魔鉱石掘りをしてたんだ。この拳一つでな」
ぐいっと掲げた拳は岩のようにゴツゴツしていた。毛むくじゃらの腕は丸太のように太く強靭だ。相当なパワーの持ち主と見た。
「すごいですね……腕の太さなんて俺の三倍はありますよ」
「この腕で稼いできたからな。このハンターギルドなら相当稼げるって風の噂で聞いて聖地まできたのさ」
試験の時間が近づくにつれ人が増えていく。いつの間にかギルドの中はごった返していた。この中からどのくらいの人数が合格できるのだろう?
ついに時間がくる。ギルドにある大時計がカチッと音を立てて八時ちょうどを指し示した瞬間、昨日話したずんぐりしたパンダの職員さんが出てきた。
「ほんじゃ、時間だ。今月の上位ハンター認定試験を始めるぞー。まず一次試験を発表する。一次試験は裏に待機してる現役上位ハンターに一撃入れること。順番に呼ぶからギルド内で待機しておけ。えーまずはザザム、奥に行け」
最初の試験は現役ハンターとの模擬戦らしい。相手に一撃入れるというシンプルなものだが、簡単ではないんだろうな。
一番手はカメレオンのような種族の人。体は細く、腰には小さな投擲用のナイフをたくさん装備している。器用な立ち回りをしそうだ。試験会場は扉の奥。
「へへぇ! 俺っちが一番だぜ! サクッと合格してやらぁ」
調子よくにやにやした顔で扉の奥へ消えて行った。
俺の順番はいつになるかわからない。ギルドの隅に座り壁にもたれる。同じようにボルボさんも俺の隣に座った。
「試験の様子が見られないのが残念ですね」
「だな。んま、相手の戦い方がわかってちゃつまんねぇし楽しみに待つとするか」
最初の挑戦者が扉の奥に消えていって一分も経たない頃、爆発音に似た轟音が響いてギルド全体が揺れた。ギルド内で待機している俺たち受験者は驚きを隠せない。一体何が起こっているのかと全員がギルドの裏に続いているというドアを見つめる。
「あーい次、ブロッコフー」
前触れもなくドアが開き、最初に出てきたのは白黒パンダのギルド職員さん。その後担架で運ばれてきたのは先ほど入って行ったカメレオンの人だった。容赦なく担架からギルドの床に投げ捨てられる。カメレオンの人は白目を剥いていて、腰に装備していた小さいナイフはすべて捻じ曲がってボロボロになっていた。
「ブロッコフ! いないのか!」
「は、は……い。俺……です」
「なに突っ立ってるんだ。さっさと奥に行け」
あまりの光景に誰もが目を疑っていた。呼ばれた次の人は混乱しており怯ているようだ。さすがに、俺でもこのタイミングで呼ばれたらパニックになるな……。
次の挑戦者はおそるおそる扉の奥に消えて行った。
「一体あの扉の奥でなにが……」
「おうちに帰るんなら今の内かもな。どうすんだナナセ?」
「まさか。挑戦もしないで逃げるなんて男がすたりますよ」
「言うじゃねぇか。ふっ、一次試験で何人残ることやら」
ギルド内には百人近い人数がいる。しかしこの様子だと一次試験を通過できるのは十人もいないかもしれない。その中に俺とボルボさんがいればいいのだが。
壁に背中を預けただ待つ。
「か、母ちゃんー!!」
一人、また一人。
「あんな化け物にどう一撃入れろってんだ!! こんなギルド二度とくるか!」
奥のドアから人が吐き出され、ボロボロになった状態でギルドを去っていく。
担架から捨てられた人が折り重なっていく。
「お前さんは二階の部屋に行け」
どうやら初めての通過者のようだ。
「あいつ鬼人族だな。鬼人族には剛の者が多いとは聞いていたが」
うげ。最初の通過者は鬼人族の剣士だ。やっぱり鬼人族って顔が怖い上に強い人が多いのか……。
「えー次、次は……アカイナナセ、こい」
「呼ばれたぜナナセ。精々小便漏らさず帰ってこいよ」
「正直どうなるかわからないけど、行ってきますね」
最初の通過者が出たタイミングで俺かぁ。周囲の人々は結果が見えているような目で俺を憐んでいる。舐められっぱなしは嫌だ。ここで実力を見せないとだな。
パンダの職員さんと一緒にドアの奥へ向かう。歩きながら、パンダの職員さんは緊張感がまったくない声で俺に言う。
「お前さんは正直呼ばれる前に逃げ出してると思ってたがな」
「怖いっちゃ怖いですけど、認めてもらいたいですから。あなたに」
「どう転ぶか知らないが、見届けてやるよ」
たどり着いたのは屋内練習場だった。かなり広く天井も高い。壁にはひび割れや焦げついたような跡があちこちにある。全部戦闘でできたモノなのか。
三人の人物に出迎えられた。
「試験の相手はAランクのハンターだ。三人の中から一撃獲れそうな相手を選んでいい。大剣使いのダルタニアン、炎の魔法使いアポロ、大盾のルーズベルト」
俺が対戦相手を選ばなくちゃいけないのか。どうしたものか。戦いやすいのは誰なんだろう。俺ができるのは肉体強化と風属性魔法と雷魔法くらい。剣はほとんど素人だから本職の剣士と張り合うのは難しいと思う。かといって魔法の撃ち合いだと俺の決定打が弱い。頼みの綱は雷閃くらいだ。となると……。
「決めました。ルーズベルトさん、お願いします」
「私を選んでくださるとはお目が高い。トロい盾使いなら一撃入れるのも簡単というお子様のような素晴らしい考えですねぇ」
ルーズベルトさんはメガネでヤギ頭の人だ。表情はにこやかだが隙がまったくない。さすがAランクハンターだ。大盾を構えて立ち塞がる。
「さぁどこからでも」
「じゃあお言葉に甘えてさせてもらいますよ」
俺は腰に携えていた剣を床に置く。大盾相手に剣では勝てないだろう。俺には剣の技術なんてない。ここはセンビ仕込みの格闘術でいく!
魔力を拳に集め、瞬間的に打ち込む。大盾を合わせられて流される。拳の方は大丈夫だ。どうにか隙を作りさえすればいける。
「ははは。筋はいいですね! 魔力操作の切り替えも素早くて美しい。さぞ努力を積み重ねたのでしょうね」
すみません。これ一日で身に付けたんです。
間合いを見極め攻撃を続ける。鈍い衝突音が響く。素手で盾を殴ってもまったく痛くない。魔力強化ってのはすごいな。
しかしルーズベルトさんは巧みな盾捌きで俺をあしらう。なんというか動きに無駄がないんだ。俺の行動を読まれている。いや、誘導されているような感覚がある。
「受験者をまだまだ捌かなくてはいけませんからね。手加減はここまでです」
大盾に魔力が集まる。点滅するように魔力が鼓動している。
腰を落として、盾を腰元に引く。
一体なにがくるんだ!?
「空圧衝」
盾全体から放たれた魔法。それは風のように速く壁のように迫ってくる。
回避が間に合わず全身に魔法が打ちつけられた。ガクンと意識が飛ぶ感覚を堪えて風属性魔法を背中に集中させる。吹き飛ばされて背中を打ちつける前に衝撃を緩和できた。
「ほう! 私と同じく風属性魔法が使えるのですね。もろに食らったのにも関わらず強靭な精神力で意識を繋ぎ止め、風魔法で受け身を取った。素晴らしい! あっぱれです。あなたには戦場で生き抜く覚悟が備わっているのでしょう」
「はは……お褒めにあずかり光栄です」
「しかし、です。覚悟だけでは世を渡れない。惜しいですね。次の一撃で終わらせて差し上げましょう」
空圧衝。今のはすごい魔法だった。魔力の点滅。いつ放たれたのかわからなかった。すごい衝撃だ。全身を魔力で防御したが骨まで響いてきた。立っていられるのが奇跡みたいなもんだ。
いい魔法だ。空圧衝か。
「あ、あなたなにを……」
思い出せ。さっきの一撃を。
魔力を集めて、魔法の構造を理解するんだ。
腰を落として、手の中に魔力を蓄える。次第にバチバチとした魔力が信号のように点滅を始める。
「そんな!? その構え、その溜め方は……!」
腰元に構えて、腕を引く。
「これが俺の、雷閃衝……!」
風魔法で構成されていたそれを雷魔法に変質させる。
全身で押し出すように空を圧殺する!
「ぐ、ぐぅぅぅ!! なんですかこの魔力純度は!? ありえない!」
大盾を突き破り雷閃衝が駆け抜ける。
「がぁ……!! はぁ……はぁ……」
ルーズベルトさんは盾を手放し、片膝を床に付いた。
初めてやった魔法だが完璧にできたみたいだ。雷閃衝。思い付きで無意識に口走った名前だがぴったりなネーミングじゃないか? 俺の魔法レパートリーが一つ増えたな。リシュルゥにも見せてあげよう。
「まさか、私の空圧衝を一度受けただけで再現して見せたと言うのですか? それも、あの一瞬で雷魔法に昇華して……私の負けです」
「あーナナセ、合格な」
やった。一次試験突破だ! おまけに新しい魔法まで習得して一石二鳥だな!
「ありがとうございます! ルーズベルトさんすごく強かったです! またいつかお手合わせしてください!」
「はい。私でよければぜひ。ナナセさんと言いましたね。あなたは必ず凄腕のハンターになる。肩を並べて戦える日を心待ちにしていますよ」
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